「若、追っ手が近づいていますぞ」
「早いな」
短い休息だったが、一刻(2時間)の間で体力は少し回復した。俺たちは追討の兵よりも高い場所へ登り、その動きを観察しながら道なき山道を進む。時折はぐれた足軽を見つけては急襲し、また山へ逃げ戻る。
ザクッ! ザクッ!
敵を倒し、また逃げる。それを繰り返しているうちに、自分でも不思議なほど戦える自信が湧いてきた。しかし、いつまでもこの方法が通用するわけではない。
「敵は小隊に分かれつつありますな」
六郎の声に目をやると、追討の兵たちが二手、三手に分かれ始めていた。山を登る隊、山間の
「六郎、少し戻ることになるが、敵の裏をかいて西の山へ移動しよう。あそこは手薄になるはずだ。途中で出会う小隊は撃退する」
「良策でございます。若、策士でございますな」
「九度山で剣術や忍術を学んでたからね」
それに、この刀のおかげで負ける気がしない。
しばらく山間を西へ進むと、敵の小隊が見えてきた。十五人ほどか。これくらいなら相手になる。俺たちは静かに近づき、大木へ登る。隙をうかがいながら間合いを詰めていく。敵はまだ気づいていない。
「今だ!」
俺は大木から飛び降り、六郎とともに急襲を仕掛けた。不意を突かれた敵は明らかに動揺している。
「おまえら、しつこいぞ!」
ザクッ! ザクッ!
立て続けに斬り伏せ、残る敵は一人。身なりからして組頭だろう。
「若、ここは六郎が」
「いや、俺がやる」
「な、何じゃ! 子供ではないか……!」
ザクンッ……!
組頭が倒れ込む。
「だからどうした?」
俺は太刀を引き抜き、次の行動を急かす。
「若、お見事です。さあ、西の山へ向かいましょう!」
西の山へ向けて走り続け、やがて夕暮れを迎えた。山間にある沢で野宿することにする。敵の気配はない。
「六郎、火を焚いても大丈夫か?」
「ええ、問題ないじゃろう」
川をのぞき込むと魚が群れを成して泳いでいる。俺は短刀を構え、渓流に足を踏み入れた。狙いを定め、一刺しで「アマゴ」を捕らえる。次々と仕留め、あっという間に十匹ほど手に入れた。
※アマゴ(サケ科タイヘイヨウサケ属)
日本の固有亜種。体長25センチ前後の川魚で非常に美味とされる。
「見事ですな、若」
「まあな、上出来だろう」
魚をさばき、串を作り、焚き火で焼く。川魚は皮をこんがり焼き、弱火でじっくり火を通すのが基本だ。水分がじわりと抜け、魚全体にふっくらとした焼き色がつく頃には、香ばしい匂いが辺りに広がっていた。
「若、こりゃたまらん!」
「うん、美味い!」
俺たちはホクホクに焼き上がったアマゴを口いっぱいにほおばった。
逃亡生活は過酷だが、こうして束の間の安らぎを味わえる瞬間がある。だからこそ、生き延びなければならない。