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第3話 恋愛はさておき、精霊師になろう!

 クラスメイトの自己紹介のあと、担任のロジャー・オニキッド先生の簡単なオリエンテーションが終わると解散となった。本格的な授業は明日からみたい。


 王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、平民とまんべんなく入っているAクラスだけど、平民が少ないのは全体数も多くないからだろう。30人で男女比は半々、平民はわたしを入れて3人だった。

 自己紹介でニコラス殿下以外はピンとこなかったから、攻略キャラはいないのかもしれないけど、油断は禁物。男子生徒には近寄るべからず。

 すでに知り合いのように会話をしているクラスメイトたちの横をささっとすり抜け、わたしは廊下に出た。


 ひとまず女子寮に行って、ひとりになって情報を整理したい。

 混乱気味の頭を落ち着かせたい。

 なにか甘いものが食べたーい。

 頭を使ったり、ストレスが大きいと、甘いものが欲しくなるの、女の子あるあるよね。

 アシュリーは甘いものをたくさん食べた記憶はないけど、灯里の舌が欲しがってる気がする。

 作るクッキーもあんまり甘くなかったなぁ。



 さて、学園生活のスタートは、まずは居心地の良い拠点作り。それが今から入寮する女子寮だ。

 孤児院の大部屋から夢の個室に変わるのを楽しみにしていたので、入学式よりこっちのほうがメインイベントよ。


 はやる気持ちをおさえつつ学園の向かいの女子寮に入ると、目の前の管理人室に声をかけた。

 入寮が入学式のあとになってしまったので、手続きが必要なのです。

 書類を書いてから、30代くらいの管理人さんが部屋まで案内してくれるみたい。


「わたしは、メリア・グロッシュラート。ここの卒業生よ。3年間よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「あなたも災難ね。入寮の案内が遅くなるなんて、案内状はどこに消えたのかしら?」

「そうなんですよね。おかしいって問い合わせてなかったら、孤児院から通うことになっていたかも。部屋が空いていてよかったです」


 片道徒歩で1時間の孤児院から通学なんて全力で遠慮したい。かといって、貴族のように馬車を持っているわけでもないし、辻馬車代も払えないから、寮生活できるのはありがたさしかない。

 案内状が届かなかったのは、なにかの手違いだと思うけど、先着順で部屋が選べるので、良い部屋はもう残っていないかも。とほほ。


「空いているのは2人部屋になるけど、2階の角部屋206号室ね。もう荷物は運びこんでいるわ。これが部屋の鍵。案内するのでついてきてね」

「はい」


 やっぱり個室は空いてないみたい。ゲームではどうだったのか、う~ん、思い出せないなぁ。

 灯里の記憶を整理したり、ボロを出さないためにも個室が良かったんだけど───残念。


 そんな気持ちをおくびにも出さず、メリアさんとお喋りながら部屋に移動する。

 メリアさんは子爵家の令嬢ということで所作がすごくきれいだ。わたしも学園生活で身につけられるのかな。それとも貴族の家庭教師の教えのたまものかな。

 2階に上がって長い廊下を歩いた突き当りに細長い窓。その右側のドアに206号室のプレートがあった。


「ここがあなたの部屋よ。同室者はピアリー。まだ入学式から帰ってきていないみたいね」

「わあ、素敵!」


 ドアを開くと、思ったより広い部屋に驚きの声が出た。

 正面に2つの窓。南向きなのか採光は充分だ。

 左右の壁際には手前からドア、シンプルなドレッサー、ベッド、扉、窓際には窓に向かってデスクとチェアと左右対称になるように配置されている。

 どれもシンプルだけど、ちょっとした装飾が女の子の部屋って感じでかわいい。

 手前のドアは、右手が浴室、左手がトイレと洗面所、窓際の扉はそれぞれのクローゼットだとメリアが説明をしてくれた。


 ヒロインの部屋だからゲームで何度も見たはずなんだけど、初めて見る感覚だ。

 2次元のイラストと3次元の現実の違いなのかな。それとも入寮の遅れで設定が変わっちゃったとか?

 ゲームは入学式がオープニングだったから、ヒロインが遅れて入寮したのかはわからないんだけど・・・・・・。

 どちらにしろ部屋はひと目で気に入ったので、これからの生活が楽しみだ。

 あとは、同室の相手と仲良くなれたらいいなぁ。


 ん? ゲームでアシュリーに同室者っていたかな? う~ん。


 どうやら思い出すことがたくさんあるみたい。

 うん、これから少しずつ思い出していこう。


 メリアさんに案内のお礼を言うと、わたしはカバンを開けて荷物を取り出した。

 孤児院から持ち出したのは最低限の身の回りのもので、このカバンひとつ分だけ。

 あとは学園から支給された教科書や制服、勉強道具をデスクやドレッサーに入れていく。

 平民は国からの補助金が出るので、生活する分には不安なく過ごせるはず。


 オールストーン学園に入る条件は、ただひとつ。

『精霊力』という精霊と通じあえる能力がある者、だ。

 この『精霊力』を持つ者は貴族に多い傾向があるが、平民にも少数ながら存在する。貴族は財力があるので学園に通うのも問題はないが、平民はその日の糧にも困窮する場合があるので、等しく学園生活を送れるように国が補助してくれる制度がある。

 そのおかげで、孤児院育ちのアシュリーも学園に通えるというわけね。


 精霊と遊べるという設定は大好きだったなぁ。

 契約した精霊のデフォルメ姿がめちゃかわいいんだよね。

 アシュリーの精霊は、ほんわかした光の精霊だったなぁと、ちんまりした姿が脳裏に浮かんだ。


 この国『オールグラン』は精霊の力を大切にしているので、精霊師の育成には力を入れている。

『ときめき♡ファンタジア』で主人公のアシュリーは、契約した精霊とともに成長しながら、攻略キャラとキャッキャウフフするゲームだ。

 灯里は、プレイでキャッキャウフフできなかったけども───。ふっ。


 他の乙女ゲームは、1人2人と気に入った攻略キャラがいたんだけど、どうして『ときめき♡ファンタジア』にはいなかったんだろうなぁ。

 なにが違うんだろう? 謎だ。


 荷物が片付いてベッドに腰掛けると、寝心地のよさそうなマットレスににんまりとする。孤児院の板のような硬さとは段違いで、よく眠れそう。起きて身体がバッキバキだと、ほぐすのもひと苦労なのよ。


 さて、情報を整理しよう。


 アシュリーの目標は、立派な精霊師になって自立すること。それはゲームの記憶があっても変わりはない。

 美味しいものをお腹いっぱい食べたいし、きれいな洋服も着てみたい。自由に使えるお金も欲しいし、知らないことを知ったり、自分だけの部屋も欲しい。いずれは素敵な人と出会って結婚も───。


 なんて考えていたけど、恋愛はどうかなぁ。

 学園での出会いは攻略キャラ相手になるかもしれないから、卒業してから出会いたいかも。

 ゲームの結末は思い出せないけど、ゲーム通りに進行するのは自分の人生じゃないみたいでイヤだなって思うから。


 うん、ひとまず学園では勉強と精霊との交流を優先して、精霊師になるのを目標にしよう。


 そう決めたところで、部屋のドアが開く音がした。

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