薄紅色の花吹雪のなか、白を基調とした学園の門をくぐる新入生たち。
その光景は、絵になるほどきれいで、オープニングのBGMも流れ出し───。
って、どういうこと?
あれ?
わたしは、この風景を知ってる?
おかしいな、女子寮の向かい側にある学園の正門は初めてくぐるのに、何度も見たような既視感が───。
桜に似た花びらが舞うこのスチル───ってスチルってなに?
頭の中でリフレインするこの音楽はなに?
混乱する頭を押さえながら、わたしこと
なんだかそうしないといけない気がして、とっさに取った行動だけど、これはのちのち幸いとなるのをわたしは知らない。
だって、頭の中が絶賛混乱中なのだから───。
なんだろうこの違和感というか、記憶?
思い出しそうで思い出せない中途半端な頭を抱えたまま、わたしは正門から次々と入ってくる生徒を見つめる。
同じ制服なのに、どの生徒も顔面偏差値が高い。高すぎる。こんなの日本人じゃない。
え? 日本人ってなに?
またもや新しい単語が出てきて、混乱が加速する。
そして、鳴り止まないBGMがうるさい。
「きゃあぁぁ♡」
カラフルな髪色の生徒の一部がと黄色い声を上げてる方を見ると、顔面偏差値が最高値の男子生徒の姿があった。目がハートマークの女子生徒たちが囲むのは、この学園の生徒会長だ。
名前は確か───。
「ニコラス・ダイアス王子殿下」
その名前を呟くと、脳内BGMが一層高く鳴り響き、乙女ゲームのパッケージイラストがババーンと脳裏に浮かび上がった。
「これって『ときめき♡ファンタジア』じゃない?!」
思い出したー!
これは、親友の美香っちに借りてプレイした乙女ゲームのオープニングだー!
あ~、すっきりした。
いや、タイトルを思い出しただけで、混乱はおさまってないよ。
どうして、わたしがゲームの世界にいるの?ってことよ。
はー、ふー、はー、ふー・・・・・・。
まずは深呼吸、落ち着こう。
わたしはアシュリー。
これは、『ときめき♡ファンタジア』のヒロインのデフォルトネームね。
って、わたしはヒロイン?!
わ~、ほんとに?
ヒロインになっちゃったか~・・・・・・。
いやもうどうして?って感じだけど、そのあたりが置いておこう。
だって、時間は進んでいる。
今日は、ここオールストーン学園の入学式で、ゲームでいうところのオープニングのはず。
だから、あのBGMが繰り返し聞こえてきたんじゃないかと思うわけで、なにかしらのイベントがあるんじゃないかな、と思うんだ。
そのBGMは、ゲーム名を思い出したら消えたから、ホッとしたけど。
そのイベントの主役は、視線の先にいるニコラス・ダイアス王子殿下だろう、多分。
思い出したばかりで、どんなイベントが起こるのかわからないのが困るなぁ。
だって、わたしがヒロインなんて無理無理無理ー!
なぜなら、わたしはヒロインになりたいって1ミリも思わないから。
美香っちにおすすめされてやってみた『ときめき♡ファンタジア』だけど、全クリアしてもときめいた攻略対象がゼロだったんだよ。
「大人気絵師さんのめっちゃきれいな絵のキャラクターがてんこ盛り! 乙女心がキュンキュンしちゃうヒーローしかいないから、やってみてね♡」
なんて美香っちが言うから、期待してプレイしてみたんだけどね・・・・・・ダメだった。
そう言ったら、美香っちに「乙女心が枯れてるの?」なんて言われたっけ(遠い目)
だけど、人垣の向こうにいるニコラス殿下を見ても、なんとも思わないのよね。
ゲームは2次元だから仕方ないと思うけど、実際に3次元の殿下を見ても、う~ん、微妙?
ニコラス・ダイアス王子殿下は『ときめき♡ファンタジア』の人気キャラの一人で、集合絵でも大きく出張ってる「王子様系キャラ」だ。うん、生粋の王子様だもんね。
サラッと指通りの良さそうな金髪に、凛々しさを感じる眉、クールな中にも柔和さのまじる碧眼、長身でほどよい筋肉のついた体躯に耳障りの良い美声と非の打ちどころのない青年だ。プレイヤーの3割はニコラスファンじゃないだろうか。
だけど、なんというか「これじゃない」んだよね。
にこやかに笑顔を振りまいている姿を見ても、ちっともドキドキしないかな。あ、ひとり笑顔に当てられて腰を抜かしている女子生徒がいるけど。取り巻きの男子生徒が、すみやかに排除していくのね。
う~ん、ここでなにが起こるんだっけ?
思い出せないけど、接触しなければだいじょうぶよね?
わたしがいなかったらイベントが発生しないかもしれないけど、ごめんなさい、わたしはヒロインを辞退します!
ということで、木の陰から陰を移動して校舎内に避難。
ニコラス殿下には視認されてないはず。
ふ~、ミッションクリア!
この調子で攻略対象には接触しないでおこうっと。
でも、イベントが発生しないと、ストーリーがおかしくなったりしないかな?
そこだけが心配───いや、ストーリーがおかしくならないと、わたしがヒロインルートに乗っちゃうから逆なのか。
心配なのは、変化したストーリーがわたしになにか危険とか、変な現象とかを起こすかもしれないという可能性だ。
どうしてこの世界にいるのかわからないけど、痛かったり、しんどい目にはあいたくない。
だから、ちょっとだけ確認しておこう。
正門でどんなイベントが起こるのか。
校舎の柱越しにうかがってみると、女子生徒の輪から抜け出して廊下に向かっているニコラス殿下が見えた。入学式のある体育館に向かっているみたい。
定番なら、ここでヒロインとぶつかって───る?!
なんと、廊下の角で出会い頭に女子生徒がぶつかってきたー!
こんなことある?
もしかして、あの子がヒロイン?
同姓同名の女の子なのかな?
遠目でちょっと顔が見えないけど、私の髪と同じミルクティー色かな?
髪型も似てるっぽい?
ペコペコ謝った女子生徒はささーっと風のように立ち去ったので、ニコラス殿下は何事もなかったように歩き出した。
は~、乙女ゲームのイベントを客観的に見るとこう見えるのね~。
あ~、もっと近くで見てみたかった。
自分ごとじゃなきゃ、美麗な光景が見られるのかもしれない。
できれば、ヒロインじゃなくてモブ子がよかったんだけどな~。
ああ、もうどうしよう~。
そんなことを思いながら、わたしはすささっと忍者のように校舎の柱の間を進んで、体育館に向かうのだった。