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【Stop 映画泥棒】

アンドロイドは映画館に入れない。


後、場所によるが美術館や博物館も“撮影”を禁止している所は確か入れなかった。


少し前に何処かの遊泳所にアンドロイドを連れてきた男性が「アイカメラで盗撮させている!」と他の客に疑われた話もあった。

その後、疑いは晴れたらしいが……


ともかく映画館に入れないというのが問題なのだ。映画を楽しみたいアンドロイドだっていることを世間は分かってくれそうもない。


おかげでうちのプレートが剥き出しになっている旧式アンドロイドさんは、あの大きなスクリーンに映し出される大迫力のカーチェイスも、スパイの主人公がすんでのところで脱出した施設が大爆発するシーンも楽しむことができない。あまりにもあんまりだ。


私のところに来てくれた、自分より少し背が高いアンドロイドさんは大の映画愛好家。

恐らく自分の趣味が移ったのだと思う。


空いた時間があればネットの海へ繰り出して、情報を集め、自分に教えてくれる。


『マスター。既にご存じでしょうが、あのスパイアクションの新作が上映されるようですよ。近場の映画館のスケジュールを調べますね』


『マスター。例のロボットが暴走する映画はご覧になりましたか?自我を獲得してからの行動が中々斬新で愉快だそうですよ』


『マスター。ご覧になった後は是非感想をお聞かせくださいね』


こうまでして情熱を注いでいるものに全く触れられないのは不憫だと思い、家庭向けの映画鑑賞サブスクリプションを契約したがそちらは触る気配が無い。

確かにサブスクリプションの特性上最新の映画は観られないし、そもそも私の趣味が移ったのなら映画館で楽しみたいというのが当然だろう。

現に契約しておいた自分も全く家では観ていない………


だが、突如としてこの頭を悩ませていた問題に光明が差す。


なんと、条件付きではあるがアンドロイドを同伴しても構わない映画館が近場のショッピングモールに開かれたのだ!


そのことを伝えて一緒に行こうと、朝食後の食器を下げている時にアンドロイドさんを誘った。

『マスターがよろしければ、是非ご相伴に預からせて頂きたく』と恭しく礼をされた。


極めて冷静な対応で表情を一切変えなかった……そもそも形相を変更できるフェイスプレートではないが、それでも自分は驚愕と興奮でアイカメラのレンズがキシシと音を立てて開いたのを見逃さなかったぞ。


善は急げ。外出の準備を済ませ、バスに飛び乗り、モール内の映画館に向かう。


受付の際に“アンドロイドを連れている際の注意事項”が細々と書かれた書類を、それとなく営業スマイルと分かる笑顔を浮かべた女性に渡されサインを求められる。下調べはしてきたが改めて目を通すと、やはりちょっとした“制限”はあるが意に介すものではない。同意の欄にチェックを入れ、名前を書き連ねた。


『マスター。ドリンクを購入して参りました』と受付を終えた私のもとに、少し場を離れていたアンドロイドさんが戻ってくる。

……トイレが近くなるから、基本私は買わないが伝えてなかったな。まぁそこまで長い映画でもないから大丈夫だろう。


上映室に入ると、スクリーンが視界に収まりきる正面後方の席へ座る。平日に来たおかげで自分達の他に客は殆どいない。さぁ、後は待つだけ………


………。


……………今更だが、アンドロイドさんは楽しんでくれるだろうか。いや、楽しみにしてくれているのは態度からして間違いないだろうが……


自分に気を遣っているのか道中で見たい映画を尋ねても、アイカメラのズームリングを少し動かした後に、

『マスターがご覧になりたいものを選んで頂ければ幸いです』としか言ってくれなかった。


いや、逆に考えよう。信用されているのだ。マスターである自分が選んだ映画なら間違いないと。


ちょっとした不安を胸に残したまま、スクリーンにカートゥーンチックなキャラクターが映し出され注意事項を述べる。


“前のイスをけらないで!”“ケータイは電源を切るかマナーモードにしてね!”“館内の写真撮影OK!けどスクリーンは撮っちゃだめだよ!”


“それじゃあ、映画を楽しんでね!”


動きに予算の低さを窺わせるアニメーションが終わり、上映が始まった──────


───────────

──────

────


………実に、良かった。


前評判から察せられる情報では軍を引退した老兵によるアクション映画、というものだったがその程度の表現で収まりきるものではなかった!


『そうでございますね。大変楽しめました』


そうだろう!いや、アクションに全てを割り振りきった映画だろうと高を括りきっていた自分が恥ずかしい!


かつてあった激しい戦争の最中凄まじい戦果を上げるも、その渦中に死亡したと軍に判断され名前を消された孤独な男。


しかし、彼は生きていた。軍には戻らず、僻地の村に身を寄せ自らがもたらした“戦果”という人の死に対し自問を続ける日々を送る……


年月を経て彼が白髪の似合う老人となった後、何故かかつて所属していた軍が村を襲う!


何があったのかは分からない。だが、救えるのは自分しかいない!彼は再び立ち上がる!


『熱が入っておられますね』


それだけの熱量を与えてくれる作品だった!


かつて操縦していたおかげで特性を熟知した戦車の欠陥をついて死角に潜り込むシーンだとか、アクションも勿論一級品だったが、個人的な一押しはあのシーンだな……


『…どの場面でしょうか?』


少し地味だったから印象に残りにくいかもしれないが、軍のキャンプ地を死傷者を出さずに制圧した後、備蓄のレーションを食べて昔の物と比べて格段に美味しくなっていることに驚いていたシーンがあっただろう?


『………ああ、ありましたね』


かつての部下にも昔の不味い糧食ではなくてこっちを食べさせてやりたかったな、という主人公が部下想いだったことをうかがわせる独白。こうして今の若い者が美味いものを食えるようになったのならかつての自分の活躍も意味が無かったわけではないのかとほんの少し救いを感じているのがとても良くて────


「お客様?大変申し訳ございません」


語りに夢中になっていると、来客用に作っていることが察せられる甲高い人間の声に引き留められる。

いつのまにか通路から出て受付の場所まで出てきたようだ。


「お連れ様はアンドロイドの方でいらっしゃいますので、最終チェックのご協力をお願いできますか?」


『……チェック、でございますか?』


……言ってなかったか?……あ、いや、言ってないな。ごめん。


データチェックがあるんだ。直近の映像と画像データを一応調べるんだ。そんなことはしないと分かっているが映画を撮っていない証明の為に。


笑顔のまま頷いた受付の女性が、カウンターにあるPCモニターを此方からも見えるように両手で大きな発条を巻くような動きで回転させる。


『……………そこに映すんですか?』


「はい。…如何なさいましたか?」


………様子がおかしい?


顔色が青ざめている、いや、そんな発色機能は備わってなどいないが、何となく顔色が変わったような気がする。

アイカメラが忙しなく動き回って、ズームリングやフォーカスリングが擦れる小さな音が聞こえる。


「…申し訳ございません。協力をお願い致します」


受付の女性から、張り付いた笑みが消えた。


いや、まさか……そんな。


アンドロイドさんが、側頭部に指を押し込み無線接続用のアタッチメントをおずおずと引き出す。

USBメモリのような形をしたそれを受付の女性が素早く手に取りPCへ繋げる。


そして、画像が映し出される────


まず、私の横顔とバス停が写った画像が現われる。撮影時刻と場所を見ると此処に向かうバスを待っていた時のものだ。

ろくろを回すように手を前に突き出して興奮した様子でこれから見ようとしている映画を語っている場面が切り取られている。


…次に私の横顔のアップが映し出される。背景に窓が写っていることから移動中の車内で撮ったものだろう。


……更に、この映画館の入り口に置かれたデジタルサイネージを興奮気味に指さしながらカメラの方向、つまりアンドロイドさんの方を見る私が映し出される。

確かさっき見た映画の広告が映し出されていて、私が主役を務める俳優のファンであることを熱く語っていた時のものだ。


………そして、次はアンドロイドさんの手からドリンクを受け取った瞬間の私が映し出される。受付の後に買ってきてくれたものだ。


…………そこから撮影時刻が一時間半程飛んで、上映室から受付までの廊下を興奮気味に歩く私の姿が映し出される。また両手でろくろを回している。そうしないと気が済まないのかコイツ。


……………少しいたたまれなくなって、アンドロイドさんの方へそれとなく視線をやってみた。


両手で顔を覆い、しゃがみこんでいた。周囲の空気がほんのりとあったかい……比類抜きに顔から火が出そうになっているのかもしれない。


受付の女性はこの惨状の中、全く表情を崩さず画像をチェックし続ける。なんなんだこれは。あっちがアンドロイドなんじゃないのか。


「……大変失礼致しました。ご協力、誠にありがとうございます」


「拝見したデータに当館が定めた事項に反するものは無くっっンッフフフッ」


人間だった。


………とりあえず、これからは、家で映画を楽しむ機会を増やそう。



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