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第20話 両翼の活躍

「お久しぶりです。フラウィウス将軍」


「アレス・ベルサリウス……!!」


 にこやかに現れたアレスと対照的に、フラウィウスは様々な感情をその顔に宿していた。

 完璧にアレスに出し抜かれてしまったことへの憤りや剣士としてのプライド。

 それ以外にも様々なものが彼の胸中で蠢いていたのだ。


「貴方とお話を少ししたかったんですが……無理そうですね?」


 そう言いつつ、アレスは槍を真っ直ぐに構えてフラウィウスを見る。


「あァ……貴様と口で語らうことなど何も無いわ」


 正眼で剣を構え、フラウィウスはアレスの呼吸を感じ取ろうと意識を集中させる。

 武人として、武器を通じて語り合おうということだ。


「私はここで死ぬ……だろう。だが……道連れはしっかりと確保するぞ」


 そう言った途端。

 フラウィウスの馬が嘶き───勢い良く地を蹴ってアレスへと迫ったのだった。

 砂埃が舞う。


 けれども、アレスは馬を動かさなかった。

 否、動かす必要がなかったのだ。


 アレスが鋭い突きをへ向けて放つ。


 するとその場所に吸い込まれるかのようにフラウィウスが突っ込んで───彼の胸の装甲が一瞬にして貫かれたのである。


 予めどの位置を狙えばフラウィウスを突けるのか、アレスは知っていたのだ。

 ズブリと、確かな感触が彼の腕に伝わる。


「が……はぁっ!」


 口から血反吐を吐き、それでも懸命に姿勢を維持しようとしたフラウィウス。

 だが、彼の心臓に突き刺さった槍が静かに引き抜かれ───フラウィウスは力を失って落ちていった。


 その様子を、アレスは静かに見つめる。


「敵将フラウィウスを、アレス様が討ち取ったぞ!!」


 アレスの率いた部隊から沸き起こる歓声。

 最高潮に達したそれは、左軍全体を巻き込んで巨大な鬨の声となり、アルウィンの居る中央やフェトーラの戦場にまで届いていた。






「アレスが……上手くやってくれたのね」


 右軍を指揮するフェトーラはそう呟くと、「じゃ……あたしたちも撃破に向けて動かないとだわ」と続ける。


「ゴブリンのルーベン族部隊に……そろそろ動いてもらおうかしら」


 そう言うと彼女は火属性中級魔法の〝火球ファイアボール〟を空に向けて炸裂させた。




 途端。


「合図が来たな。儂に続け。あの密集地帯をを蹴散らすのだ」


 中央の後方には、ベルラント・ゲクラン率いる冰黒狼ダイアウルフに騎乗したゴブリン部隊がいた。

 そこから勢い良く駆け降り、軍師セルゲイ率いる敵左軍に奇襲をかけるというのが今回の戦の作戦のひとつである。


「……出陣だ」


 冰黒狼ダイアウルフに跨った、緑色の身体の小さな戦士たち。

 彼らは一丸となって丘を駈け下ると、放たれた矢のような速さで突撃隊形となってセルゲイ率いるヒュパティウス軍の左翼へ突撃を開始していたのだ。


「狩りと同じだ。あれは魔獣の群れだと思え」


 静かにベルラントは口を開き、剣を引き抜いた。

 もう、敵軍は目と鼻の先である。


「やることはいつもと変わらない。馬の下を潜り抜けながら蹂躙するだけだ」


 そう言っている間にも、敵軍にどんどん迫っていく彼らゴブリン部隊。

 そして遂に、ベルラントは〝辻風〟を放ち───目の前にいた敵の馬の脚を斬り裂いていた。

 後ろに続くゴブリン達は、それぞれ弓を持ちながら放つ準備をする。


「今だ!族長が斬ったぞ!あとはいつもと同じだ!」


 ベルラントの隣にいたゴブリンが、声高にそう叫ぶなり、どんどんとセルゲイの率いる敵軍に突入していくルーベン族。


 冰黒狼ダイアウルフは馬よりも小さい。

 そのため、馬の足の合間をくぐり抜けることが出来ていた。

 騎馬の股下を潜り、その合間に超近距離から弓を放つゴブリンたち。敵兵を落馬させながら、彼らは次々と敵陣を斜めに駆け抜けていく。


 そんななかで。


「族長!敵本陣がすぐ左に見えますが……!!」

「族長!!何してるんすか!!チャンスですよ!?」


 斜めに走ったせいか、既に彼らは敵軍師セルゲイの本陣にまで目と鼻の先の所にいた。

 討ち取るチャンスだと幾人かのゴブリンが言うものの───


「構わない。無視だ。ただ走ればいい!」


 そう言うなり───ベルラントは敵左軍を斜走りで突破してしまったのである。


「族長!!何やってるんですか!折角の好機を!!」


 そう言われるものの、まだまだ駆け抜ける足を緩めなかった。


「まだまだ全速前進だ。気になるのならば───駆けながら後ろを振り返ってもいい」


 そう言われたゴブリンが振り返ると。

 彼らが見たのは、いきなり現れたゴブリンに突破され、分断された挙句混乱している敵軍がいた。

 そして、容赦なく魔法を放ちながら攻め込んでいくフェトーラの姿もある。


 フェトーラが率いる前線は、もう間もなく敵軍師セルゲイへ到達する、という所だった。


「あれで仕事は半分完了だ。我々には別の目的もある……急ぐぞ」


 ベルラントはそう言うと、真東に向けて進路を変えたのだった。







 ………………

 …………

 ……








「フェトーラ様!敵軍師セルゲイを捕らえました!!」


 魔法を連発させながら前線を大きく押し上げたフェトーラのもとへ報告が入る。


「了解したわ。中央も丁度よい位置にいるし、こっちは早くその旨を敵陣に知らせて掃討戦に持ち込むわよ」


 彼女はそう指示をして、主を失った軍隊を苛烈に攻め立てていく。 


 ちょうどその時。


 雲間から真昼の陽光が戦場を照らし、空気は変化しつつあった。

 中央では敵味方が互いに激しく戦っていて、左右はユスティニア軍が勢いに乗っている。


 そんな中で、突然。

 東の丘の稜線に異変が生じた。最初は蜃気楼のように揺れる影が見え、次第にそれが形を成していく。


 東の平原に、新たな軍が出現したのだった。


 彼らの甲冑は太陽の光を受けて眩く輝き、青と銀で描かれたヘラジカの旗が風に棚引いている。

 その行軍の音は雷鳴のように地を揺るがし、馬の蹄が大地を叩くたびに砂塵が舞い上がった。丘を覆うように広がる軍勢は圧倒的で、見る者に恐怖と畏敬の念を抱かせる。


 ───絶妙なタイミングね。


 その軍を視認したフェトーラは、息を大きく吸い込んだ。


「東から援軍が来たわよ!カラザロフ侯爵が2000の騎馬を率いてきたわ!」


 敵将を捉えて士気が高い味方の陣に、更なる興奮が沸き起こると───残兵を狩り尽くす速度は増していった。


「フェトーラ様!掃討が完了致しました!」


 直ちに入った報告に、彼女はすぐさま中央を見る。


「こちら側の全兵に通達よ!今から十列になって、横に広がりながら中央を叩くわ!総員、配置につきなさい!

 侯爵の軍が突撃をかける前にね!」


 彼女の指示に、周囲の兵は大きく呼応した。








 ………………

 …………

 ……







「アルウィン様。左右両軍ともヒュパティウス軍の側面を叩いております。カラザロフ侯爵も配置につき、突撃準備が完了したとの報告です」


 アルウィンのもとに届いた報告。

 それを聞くと、彼は「中央の前線を押し上げよう」と指示を出す。


 馬に跨った彼は、前線付近に進むと旗を立てさせた。

 陽光を受けて輝き風を受けて力強く棚引くその旗は、彼の信念と希望そのものを象徴しているかのようだった。

 彼の瞳と同じ、エメラルドグリーンを地の色に持つもの。そこに銀の糸で刺繍されたのは、双頭の龍である。


 それは、嘗てヴァルク王国の政争に敗れたユスティニアが持っていた旗だ。

 その旗が、67年の時を経て再び、ヴァルク王国の地に力強く立つ。


 その瞬間に───


 旗の動きに合わせて、味方の兵士たちの視線がアルウィンに集中した。

 一瞬の静寂の後、地を揺るがすような歓声が前線に響き渡る。「アルウィン様の旗だ!」「押されていたがまだ戦えるぞ!」と声が飛び交い、兵士たちの表情が活気を取り戻していく。


 風に煽られた旗が翻るたびに、兵士たちの胸には勇気が満ちていった。

 旗はただの布ではない。それは、この戦いに勝つという誓いであり、全員の心を一つに結ぶ象徴そのものなのだ。


 アルウィンは旗を掲げたまま前を見据え、凛然とした声で叫んでいた。


「お前ら!天はオレに味方している!先程までは押されていたが───オレは今から先陣を切って敵を崩す!

 だから、オレに着いてこい!!」


 そう言うなり、彼は馬を走らせて───最前線に飛びし出ていた。

 敵を斬り崩していくアルウィンの姿を目の当たりにした兵士たちは剣を掲げ、声を合わせて突撃を開始していく。


 アルウィンの真後ろを追従するのは旗持ちの騎兵たちだ。

 風が旗を大きく揺らすたびに、突き進む総大将の背中を見る味方の士気はさらに高まり、戦場全体が新たな力に満ち溢れていった。




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