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第19話 フラウィウスの攻撃

「挟撃だァ!アレスを討ち取れッ!!」


 フラウィウスが叫びながら突撃部隊を鼓舞していく。

 彼に煽られ、鬨に似た歓声が轟くと───

 左右からアレスを狙わんと迫る勢いはどんどんと増していったのだった。


 そんな光景を横目に見ながら、本陣の中央にいるアレスは笑みを零すのだった。


「アレス様!フラウィウス軍が間もなく突入してきますッ!!!距離は200フィート!」


 魔法の有効射程内に入ったと、魔法部隊から報告が入る。


「弾幕でお出迎えしよう。魔法や矢を撃ち込んじゃって!」


 迫り来るフラウィウス軍に、アレスは弾幕で迎え入れろと命じていた。

 そして次々と、アレスの陣から放たれていく魔法。

 櫓の上からは氷属性の魔法が、地上部分からは他の属性の魔法や矢が次々と放たれていくのだった。




 フラウィウス軍の先頭の騎馬に、雨のように魔法と矢が降りしきる。


 けれども。


「うらああああああっ!!!!」


 何度も練兵を重ねた屈強な精兵が多いためか。

 彼らは魔法や鏃をものともせず、血を流しながらも果敢に突撃してきたのだった。


「アレス・ベルサリウスの首を取るぞォ!!」


 矢が身体中に刺さっているのにも関わらず、先頭で大声を上げて突っ込んでくるフラウィウス軍の兵。

 大矛が、アレス軍の最前線の兵の目の前にまで迫っている。


 そんな中で───


「アレス様!準備は整っております!」


「よし!今だッ!!狩りの時間だ!!」


 アレスはそう、嬉しそうに叫んだのである。

 倍近くの数で挟撃を仕掛けてきたフラウィウスの軍勢に対して、だ。

 そうして。

 アレスの発言に呼応するかのように───





 フラウィウス軍の最前線部隊が、消えた。




 正確には、地に沈んでいった。

 突如、地面が崩落し、前線部隊がその崩落に飲み込まれたのだ。

 それは左右同時に起こり、数多の兵が消えていく。


「な……!?」


 半狂乱になっていたフラウィウスだったが、自軍の最前線が消えたことを察知すると、怒声を上げる間もなく茫然とその光景を見つめていた。

 混乱と恐怖が後列の兵士たちに次々と伝播し、狂気に燃えていた彼らの瞳が徐々に恐怖と現実に引き戻される。


「落とし穴……だと!?」


 前方では馬の嘶きと兵士たちの悲鳴が交錯し、激しい戦鼓のリズムが一瞬だけ静寂に飲み込まれる。前方には深く抉れた落とし穴が、まるで無数の口を開けた地獄のように広がり、そこに吸い込まれた騎兵たちの姿が影の中へと消えていく。


 突撃していったフラウィウスの軍勢は、最前線が突如消えるという悪夢のような光景に直面し、その足を止めてしまったのだ。


「戻れ!一旦下がるのだ!」


 誰かが叫ぶが、その声は動揺に震え、指揮系統を完全に取り戻すには程遠かった。容赦なく魔法や矢尻が飛んで来る。下がれと言っていた指揮官の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。


 フラウィウスは歯を食いしばり、身体全身が微かに震えるのを感じていた。


 ───挟撃を仕掛けたのにも関わらず、形成は大きく逆転された。

 いや違う。

 アレスに誘い込まれたのだッ!!ヤツの狩場に……踏み入れてしまったのだ!!


 顔面蒼白。

 けれど彼は、どうにか残った部隊を撤退させようと息を吸い込んだ。


「ここで終わるわけにはいかぬ!我が兵よ!聞け!」


 彼は叫んだが、その声には自身を奮い立たせようとする焦りと恐怖が混じっていた。


 ───この場で……この混乱を沈められるのは私だけだ……!!


 フラウィウスは更に深いところから声を発する。


「皆よ落ち着け!!私は無事だッ!!

 私が無事ならば……何度でも盛り返せる!!だから今は……撤退だッ!!」


 その言葉を信じたのか。

 周囲の兵士たちは互いに顔を見合わせながらも後退を始めていた。

 アレスの罠が引き起こした惨状が、彼らを現実へと無情に引き戻したのだ。



 が、その様子を静かに見ていたアレスは。


「僕のことを侮ったのに……帰す訳ないでしょ」


 そう、ねっとりとした口調で言ったのである。


「フラウィウス軍の、彼がいる側は最早1000人にも満たない。騎馬300を用意して。僕が彼をこの地に沈めるから」


 部下に指示を飛ばし、彼は右手に持った長槍を高々と掲げるのだった。


「今から突撃をかける」


 すぐさま集結した300の兵士たちに、アレスはそう告げると駆け抜けて行った。


「罠の位置は本陣の四方にしかない。斜め方向には一切仕掛けていないんだ。そこを通るよ!」


 そうアレスは叫ぶと、湧き上がる300の歓声。


 撤退を続けるフラウィウスの部隊の側方に、最短距離で駆け抜けたアレス率いる300名が魚鱗の陣で迫っていく。


 そして。


「前線を突き崩すんだ!」


 アレスの指示の元、みるみるうちに横っ腹を食い破るように突撃を開始する300の騎馬。


「て、敵の勢いが……!!」

「な、何としても止めるのだァ!」


 フラウィウス軍の一部が防御に回ろうとするも、勢いで勝るアレス軍を止めることは不可能だった。


「百人隊長が!!次々と討死していますッ!!」


 そう叫びながら本陣へ駆ける伝令兵の方向に目を向けて、アレスはフラウィウスの本陣を見つけていた。


「目指すのはあのフラウィウスの旗だ!一直線で突き進むんだ!」


 彼が指差した方向へ雪崩込んでいく騎兵たち。その勢いは突撃の時と同等にまで強まっており、敵将の首を我こそがが討つのだと躍起になっているのが解る。


「フラウィウスを殺せェ!!」

「邪魔だァ!!」


 先を往くアレス軍の兵たちがどんどんと敵を斬り、道を作っていく。

 けれどもフラウィウスの本陣を守るのは屈強な兵士であり、なかなか本陣に突破することは厳しいようだった。


「仕方がない。僕が行くよ」


 槍を手にしたアレスはそう呟くと、一気に魚鱗の陣の中央から最前線へと駆け抜けていく。


 そして。


「ヒュパティウス公爵を討つために、僕は精一杯やってみせますからね」


 そう言いながら、アレスは手にした槍で勢い良く三撃の突きを放ったのだった。

 彼の流れるような動作に、三人の屈強な兵士の背面の装甲に穴が空く。

 胸部を突き刺したアレスの槍が、貫通したのだ。


 一秒にすら満たない間に飛び散った血飛沫に、周囲の兵たちは唖然とする。

 小さな身体でありながらアレスが放った鋭い突きに恐れ戦き、士気が大きく下がってしまったのだ。


 その好機を、アレス軍は見逃すはずがなかった。

 アレスが指示を出すことすらなく、彼の騎兵は守備を突破し───最奥で剣を構えた偉丈夫へと襲いかかったのだ。


 けれども。


「この程度で私を殺せると思うなァ!!アレス・ベルサリウス!!」


 フラウィウスは横に高速で剣を振り、迫ってきた兵二人を同時に真二つにしたのである。ヴィーゼル流の剣技、〝紫宙しそら〟を用いて。


「フラウィウスはここに居る!!貴様の槍の実力は知っているぞ!出合え!一騎打ちをしようではないかァ!!」


 一度は落ち着きを取り戻したフラウィウスだったが、ここまでアレスに翻弄されてしまい、もう逃げられないことを悟っていた。

 最期こそは剣士として華々しく散ろうと覚悟を決めて名乗り上げる。


「アレス様。どう致しましょうか」


 隣にいた兵士がアレスにそう尋ねるのだが、彼は楽しそうに笑顔を浮かべていた。


「そうだね。折角誘われてるし、一騎打ちに出てみようか」


 ゆっくりと、アレスは馬を進めていったのだった。


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