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第16話 灼熱の残響

「まさか、刃を突きつけられるとは思っているまい」


 ロマネスは、メトディオス子爵を睨みながらそう呟いていた。


 最初、罠にかかった獲物となったのはロマネスだった。

 けれども、ロマネスが指示したことにより彼の軍のスライヴとヴァシラの隊が活気付いたのだ。

 彼らがメトディオス子爵の魔法騎槍ソーサーランス部隊を食い破ったことで、ロマネスは絶体絶命の危機を乗り越えて、こうやって子爵と対峙出来ている。


「実に面白い。まさか、追い詰めた獲物がここまで暴れるとは」


 メトディオス子爵は、こんな状況でもロマネスに迫られるとは微塵も思っていないようだった。

 ニヤリと不敵な笑みを見せる彼に、ロマネスは剣を構え直しながら言い放つ。


「その口を閉じろ。魔力を構築する間に十回はお前の首を斬れるからな?」


 態度を崩さないメトディオス子爵をロマネスはぎりっと睨む。

 しかし。

 そんな中で。


「やれるものなら……やってみてください」


 メトディオス子爵は、パチンと指を鳴らし───


「〝深紅終炎クリムゾンアポカリプス〟」


 そう、呟いたのである。

 途端に。

 彼らを取り巻く半径20ヤードの地面に巨大な魔法陣が出現したのだった。


「……なっ!?貴様ッ!?

 魔力を溜める素振りを見せずに……なぜ特級魔法をッ!?」


 ロマネスは、子爵の行動に驚きを隠せないながらも、魔法を断つために即座に剣に魔力を纏わせていた。


「簡単なことです。

 私は……魔力を溜めていましたよ?

 あなたが私を目指している間に……ですがね。

 私は、その時に溜めたままの魔力を、いま放出しようとしているだけなのですよ」


 迸った魔力は、先程ユスティニア軍中央の前線を壊滅させた魔法と同程度の圧を放っている。


 ロマネスの額には、玉の汗が浮かんでいた。

 足元からは息を呑む暇もないうちに魔法が炸裂するのだろう。


 その魔法が発動した瞬間に、彼を待つのは死のみである。


 けれども。


「私は……負ける訳には……ッ!!ならんのだァ!!」


 死ぬのだとしたら、道連れを用意しないとこの戦は負け戦となってしまう。

 どうしても、ここで子爵を討ち取らなければ、この戦に勝利はない。


 ロマネスは、剣を持つ手に力を込めた。


 その刹那。

 彼の足元に敷かれた魔法陣から、ごぉぉぉぉっと音を伴いながら赫灼とした紅炎が立ち上る。

 それは、激しくうねりながら彼を包む込む。


 〝深紅終炎クリムゾンアポカリプス〟という魔法は、鉄を融かすことが出来ると云われる程の灼熱で敵を焼き滅ぼす特級魔法だ。


 その炎に焦がされた瞬間に人間は身体全身が沸騰してしまうほどの熱である。

 例え魔力で防御しても、身体の内側から臓器が次々と溶けていき、数秒のうちに死んでしまう。


 そんな魔法を、メトディオス子爵はロマネスに向けて放ったのだ。

 ロマネスは、無事でいられるはずがない。


 けれども。

 荒れ狂う猛火の中でも、彼は、そして、彼を乗せた馬は止まらなかった。


「ヴィーゼル流ッ!!〝真澄ますみ〟ッ!!」


 彼のカッと開かれた瞳が、ぎらりと輝いた。

 奥歯をぎりりと噛みながら、フンと鼻息を鳴らす。

 そして───魔力を纏った彼の剣が、左下から右上へと振り上げられた。


 ビュッフッと、快い音が周囲の鼓膜を揺らした。


 その瞬間に───メトディオス子爵の放った魔法は消滅する。

 有り余った魔力が魔素へと戻り、大気へと霧散していった。




 そんな中で。

 渾身の一撃として放った特級魔法を覚悟のもとに一刀両断されてしまったメトディオス子爵は───


 完全に狩れると思って全く予想し得なかった展開に、そして迫り来るロマネスの姿に驚き、恐怖を隠せなかったのだった。


 今までは、全てが彼の予想の内だった。

 だからこそ、余裕を持った飄々とした物言いが出来ていた。

 彼は、ここでロマネスを焼き殺せると思っていた。

 ヴィーゼル流の技であっても、この魔法は斬れないだろうと思っていた。


 けれども───予想が外れた瞬間に、展開は大きく狂い出したのだ。


 彼は、何も考えられなかった。

 ただただ、身を縛り付ける金縛りのような恐怖に震えながらも───ロマネスの進撃を防ぐために水魔法を放とうと魔力を構築させていく。





 ロマネスの馬のたてがみは、尻尾は───

 ごうごうと燃え盛る太炎に炙られて火を放っていた。

 それと同じように、ロマネスの髪の毛には火が昇っていた。

 灼熱の魔法を決死の思いで断ち斬った彼らだったが、当然無事では済まなかったのだ。


 彼と、彼の馬の毛は灼熱の色に光る。

 彼らは、身を焦がす黒煙を纏いながらも討ち取るべき首級を目指して突き抜けていく。


 彼は、奥歯をぎりっと噛み締めると───馬の手網をぐいと引いた。



「子爵ッ!次なる魔法を!」


「…………解っている!」


 ロマネスの目線の先には、悪足掻きのように魔力を放出させようとしているメトディオス子爵がいた。


「メトディオス子爵ッ……!!」


 炎は激しく、彼と彼の馬の皮膚を焦がす。

 突き刺す痛みを麻痺させるように、脳汁を激しく分泌させる血走った目が子爵を睨んで離さない。


 そして。

 更なる魔法を放とうとしていたメトディオス子爵に向かって───彼の馬は飛びかかったのだ。


「ヴィーゼル流ッ!!〝残響ざんきょう〟ッ!!」

「…………え?」


 最上段に剣を構えると、白銀に煌めく光を子爵に向けて思い切り振り下ろしていた。

 刃は首と肩の付け根に鋭く入り、骨を断つ確かな衝撃を腕に与えてくれる。


 そして───ロマネスは勢いのまま振り抜いた。


 噴水のように吹き上がる血潮と一緒に、普段のミステリアスな姿とまるで違う表情の首は、戦場の奥へと高く飛んでいった。


 ロマネスは、メトディオス子爵を討ち取ったのだ。


 途端に。

 血の色の小規模な爆発が、ロマネスとメトディオス子爵のいる中心で巻き起こったのだった。

 子爵が撃ち損ねた水属性魔法が、彼が絶命した瞬間に血を吸いながら暴発したのである。


 それは周囲に水気と生臭さを撒き散らし、ロマネスと彼の馬を焦がす炎の勢いを完全に止めていた。


「子爵が……討たれたッ!!」


 首が飛んだ瞬間から、子爵の率いていた魔法騎槍ソーサーランス部隊や重装騎兵らの間に衝撃が走っていた。


 そんな中で。


「我が主を救出するぞッ!!蹴散らせッ!」

「蹂躙するんだッ!!」


 同時に二箇所から檄が放たれ、気が付けば子爵の軍の兵士が次々と吹き飛ばされていた。

 藍色の旗が、曇天から差し込む光に力強く揺れる。


 スライヴとヴァシラの部隊が、勢い付いていた。

 その二隊は真っ直ぐに主たるロマネス目掛けて突撃してくる。


「「ロマネス様ッ!!」」


 スライヴとヴァシラが彼の元に到達したのは、ほぼ同時だった。


「よく戻ったな……二人とも……」


 そう言ったロマネスの顔は、髪の毛についた炎に焦がされて酷い有様となっていた。

 けれども息はしっかりとしたリズムを刻んでいて、命に別状はないようである。


 一方で、彼の馬はというと。

 死に瀕するほどの熱に焦がされたのにも関わらず、必死に主たるロマネスを落とすまいと立っていた。

 その身体はボロボロで、誰がどう見ても走ることすらままならないと判る。


「領主……私の後ろへ。安全にお守りします」


 スライヴは、その馬を捨てなければと考えたようだった。

 ロマネスの愛馬であるが、これ以上走ることは不可能な馬は置いていかねばならない。


 ロマネスの馬は、震える脚で、でも確りと踏み出してスライヴの馬に身を寄せる。


 その馬は───もう自分ではロマネスを運べないから、代わりに頼んだぞと言っているような表情でスライヴを見詰めていた。


 彼が、ロマネスを引き寄せて後ろに乗せると───

 主の姿を目に焼き付けながら、彼の愛馬は倒れて動かなくなった。


 その馬は、責務を全うして死んだのだ。


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