目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第75話 古龍の被害

ちょっとグロ表現があるので注意してください……!!


____________________



「ゴットフリード領の魔獣の森と、ヴァルク王国国境の山岳地帯にて……古龍が出現ッ!!

 二体がゴットフリード領の各所を襲っているとの情報ですッ!」


 途端、アルウィンの顔から血の気が失せた。

 オトゥリアも顔面を蒼白にし、身体は僅かに震えている。

 アルウィンにとって、先程のやり取りは最早どうでもよいものにまで成り下がっていた。

 この件の方が、遥かに重大だと彼は思ったのだ。


 二体の古龍が、故郷を蹂躙している。

 その事実だけで、彼は居ても立ってもいられなくなったのだ。


「……ッ!!」


 彼は、無我夢中でリューゲルフトの部屋を転がるように飛び出していた。


 領地にはオルブルやジルヴェスタ、そしてゴブリン族のベルラントといったシュネル流の奥義を習得した強者がいる。

 けれども。

 古龍というものは、天災に匹敵する化け物である。

 意志を持って暴れ回る自然災害とも言われる化け物が、二体同時にゴットフリード領を襲っているのだ。

 例え、強い剣士が居ようとも、意志を持って暴れ回る自然災害を撃退することは難しいだろう。

 戦力は多いに越したことはない。


 オトゥリアが追い掛けながら「待って!」と言うものの、故郷を想う彼は一目散に駆けているので止まらなかった。


「……」


 そんな二人の様子を、心配そうにミルヒシュトラーセは眺めていた。







 縮地を乱発して駆け抜けたアルウィンは、両親が炎に呑まれたときのように、周りの事など知らぬ存ぜぬ我関せずという状態で無我夢中で駆けていた。

 城の跳ね橋へ爆速で突入する彼の姿を見た衛兵たちは何事だと怪しむも、風のように駆けていって振り切るのだった。


 走りながら、彼はどうしたら最速で戻れるかを考えていた。


 ───最適なのは、ゼトロスだろう。

 ゼトロスならば、一日でダイザールから王都に突っ走った実績がある。ゴットフリード領には二日……道を走らずに最短距離を走ればもしかしたら一日で到達出来るかもしれない。


 アルウィンは、魔力感知を発動させた。


 ───ゼトロスが待機している王国騎士団の本部は、どこにあるのかさっぱり解らない。

 けれども、王国騎士団本部に漂う魔力は強大なはずだ。

 ゼトロスもいるし、騎士団の面々は剣舞祭で勝ち残った強者のみなのだから、必然的に魔力量は高くなるだろう。


 そうヤマを張った彼は、濃い魔力の流れる方向へひた走るのだった。




 アルウィンが王国騎士団の本部を発見したのは、それから五分後のことである。

 エヴィゲゥルド王国の王都テマイクレンは三重の城壁に囲まれた城壁都市で、最奥の城壁に囲まれた区画には王城や貴族院、各貴族の屋敷などの重要施設が置かれている。

 けれども、王国騎士団の本部の場所は最奥の区画にはなく、二番目の区画に設置されていた。


 息急くアルウィンだったが、騎士団本部の荘厳な門の目の前には───オトゥリアの顔があった。


「オトゥリア……!?」


「アルウィン、お疲れ様」


 何故、自分を追いかけていたはずのオトゥリアが先回りしていたのかは聞かない。

 けれども、オトゥリアは心臓をバクバクと鳴らすアルウィンに革水筒を渡してくれた。

「ありがとう」と言ってキャップを外し、口に含むと程よい冷たさが口いっぱいに広がってくる。

 一息ついたアルウィンに、オトゥリアは言った。


「アルウィン、ゼトロスを使おうとしたでしょ」


「……まぁ、バレるよな」


「当たり前でしょ。

 アルウィン一人で行かせないよ?」


 アルウィンを見詰めていたのは、覚悟に染まった力強い瞳だった。


「私だって、ゴットフリード領を護りたい気持ちはある。ミルヒシュトラーセ様にも許可を得たから……」


「解った。じゃあ行こう。オレらで」


 故郷が気になって焦っていたアルウィンの言動は、かなり大雑把になっていた。







 ………………

 …………

 ……






 翌日の昼を過ぎた頃。

 ゼトロスは山を駆け上がり、谷を飛び越え、最短距離でアルウィンとオトゥリアの期待に精一杯応えながらジルヴェスタ領に入っていた。

 北方にはヴァルク王国と国境をなす山脈があるのだが、山脈は遠くから見てもハッキリと判るほどの暗雲に覆われている。


 そこには古龍がいるのだろう。

 ズィーア村近辺を流れる地脈に氷と風の力を流していた古龍が長い眠りから目覚めたのかもしれない。


 魔獣の森から現れたとかいう古龍の方が、アルウィンとオトゥリアは心配だった。

 彼らの故郷ズィーア村は、魔物の森に接する村だ。

 他にも森と隣接する集落はあるものの、ズィーア村が襲われている可能性だって低くはない。


「ゼトロス!魔獣の森沿いを進むよ!西に!」


「承知した……!!」


 オトゥリアの指示で、ゼトロスは森沿いを駆けていく。

 森沿いの集落を、オトゥリアは南側からしらみ潰しに確認していくつもりのようだった。

 もう既にホッファート公爵領のダイザールの街にいた王国騎士団の一部が、ゴットフリード家の騎士たちと協力体制を取りながら各地を回っているらしい。

 森沿いに向かっていくと、白い狼煙が空に上がっているのが確認できた。

 騎士団の面々は狼煙をあげる魔道具アーティファクトを持っており、それを使用しながら周囲の被害状況を迅速に把握しあっているらしい。


「救援活動の狼煙はね……白は問題なし、緑は僅かに被害あり、赤は甚大な被害ありっていう意味だよ」


 アルウィンにそう耳打ちしたオトゥリア。

 目の前の狼煙は白なので、その先の集落は無事というわけだ。

 ゼトロスは更に駆けていく。

 けれども、北へ北へといくら進んでいっても発見できた狼煙はすべて白だった。


 既にゴットフリード領の南部は走破し、残るは北部のみとなった。


 ───南側が全て白だということは、危険なのは北だ。


 アルウィンの、古龍に狙われているのがズィーア村なのではないかという不安感。

 それは、時間が経つごとに強大化していくのだった。

 さらに時間が進んでも、白い煙しか見えない。

 彼は、狼狽えていた。


 そして、遂に。

 この集落を越えたらズィーア村という、最後の集落を過ぎた時に。

 ズィーア村の手前側、旧領都ブダルファルの街との中間点に赤い狼煙が朦々と立ち込めているのを視界に収めたのだった。


 ───古龍は、やっぱりズィーア村を襲っていたんだ!


 彼の悪い予感は、的中したのだ。


 ゼトロスは、ズィーア村に向けてひた走った。


 ───まだ、生存者が居るかもしれない。


 その想いから、彼らはただひたすら間に合うことを願っていた。

 けれども近付くごとに、何故か腐臭に似た嫌な香りが彼らの鼻腔に侵入してくる。

 アルウィンやオトゥリアよりも鼻が利く白仙狼フェンリルのゼトロスは漂う臭気に顔を歪めつつも、どうにか四肢を動かして、ズィーア村の入り口へと足を進めた。


 村の入り口に着くと、オトゥリアは「ただいま……」と、僅かに一言だけ口にする。

 オトゥリアがこの村を出て、6年が過ぎている。

 アルウィンがダイザール迷宮に向かった時は、6年前と大して変わっていなかった街の様相。

 けれども、アルウィンが不在の一週間と少しの間に、古龍の襲来があってズィーア村は有り得ないほどに変わり果ててしまったのだった。


 収穫まであとひと月だったはずの麦の穂は全てが生気を失ったかのように枯れ果て、村の家々も多くが倒壊していた。


 アルウィンとオトゥリアの到着は、遅かったのだ。

 動植物が腐ったような饐え臭い臭気は、村中から漂っている。

 季節は秋の初旬なのに、アルウィンとオトゥリアは悪寒が止まらなかった。


「気配を感じない。

 この中で生きている者は……絶望的だろう」


 そうぜトロスが言うものの、アルウィンもオトゥリアも希望を捨てたくなどなかった。


「アルウィンだ!!!戻ってきた!

 誰か!いないのか!!!」


 村の中央にある広場で大声を張り上げるアルウィンだったが、周囲はしいんと静まり返っており、なんの返答もない。

 魔力感知を用いても、ゼトロスが言ったようにオトゥリアやゼトロスのものしか反応がない。

 腐臭がするなかで誰ひとり、見当たらないのだ。


「嘘……でしょ……!?

 誰も居ない……」


 オトゥリアの咽び泣くような感情を乗せた声が、周囲に木霊していた。


「ラルフ!!!!伯父さん!!!居るのか!

 返事しろよ!!!」


 アルウィンは家族同然のゴブリンの名を呼び、村長むらおさの家の戸を激しくノックする。

 すると、幾度か叩いた途端に耐えきれなくなったのか、戸がメリッと音を立てて裂けた。


 アルウィンは、すかさず出来た隙間から中を覗く。

 その瞬間。


「………………おい、嘘……だよな!?」


 中にあった

 それを見ただけで、アルウィンの希望を望んで諦めないような強い眼光を放っていた瞳が、絶望の色へと叩き落とされていた。

 どっと冷や汗が吹き出て、震えも止まらなくなる。


 彼が見たものの正体とは。

 腐臭を放ちながら朽ちている、アルウィンの伯父の姿だったのだ。


 彼らは、間に合わなかったのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?