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第73話 面会、そして

 翌日の夕方。


 彼は、第1王子リューゲルフトがけたたましい金管楽器の音と共に、赤に染められた装備で統一された親衛隊を引き連れて王城へ入城してくる様子を窓から眺めていた。


 ───オトゥリアを殺そうとした、諸悪の根源たる第1王子リューゲルフト。どんな面をしているんだろうな。


 湧き上がる思いがアルウィンの眉間を這って、数本の皺が刻まれていたちょうどその時。

 彼の部屋をコンコンとノックする音が、張り詰めた糸が切れたように突然響くのだった。


「アルウィン、いる?」


 ノックした声の主は、オトゥリアだった。


「いるよ。退屈すぎて寝そうだけどな」


 ドアの向こうのオトゥリアに、ふぁぁぁあっと欠伸をしながら返事をするアルウィン。


「まあまあ、元気そうでよかったよ。

 20分後に呼ばれるらしいから、身支度をしといて」


 そう言いながらドアを開けたオトゥリアだったが、アルウィンの姿を見て、


「ちょっ……!?」


 と、耳まで真っ赤に染めて、思わず顔を隠してしまう。


「し、新鮮だね……アルウィン」


 声が上ずって、たじたじになるオトゥリアがそこにはいた。

 なぜ新鮮だとオトゥリアが思ったのか。

 それは、アルウィンの外見が変わっていたからである。


 服装は昨夜までの冒険者らしい装備ではなく、きちんとした礼服に身を包んでいた。

 彼の前髪も綺麗に上げられていて、彼の力強い瞳が顕になっている上、整髪料の匂いがオトゥリアの鼻腔を擽っている。

 もちろん靴もきちんと磨かれていて、冒険者としてではなく、貴族の中に並んだとしても相応しい様相へと変貌していた。


 そんなアルウィンの変化に、彼を愛するオトゥリアはハートを矢で射抜かれたかのように「くぅぅぅっ」と心の中で悶絶するのだった。


「まあな。ここまでがっちりと相応しくして貰えると汚さないか心配になるんだけど……レオンさんから借りたやつだし、少しなら大丈夫かな」


 いつの間にかオトゥリアの預かり知らぬところで遊撃隊隊長を務めるヴィーゼル流剣士レオンから支援を受けていたらしい。


「見栄えは凄く良くなったね……

 前のアルウィンも、今のアルウィンもどっちも格好良いけど、こういう形式的な雰囲気も悪くないなぁ」


 落ち着いたのか、丁寧に感想を述べてくれたオトゥリアに気恥ずかしくなったアルウィンは「ありがとう」とだけボソリと呟くのだった。







 ………………

 …………

 ……






 アルウィンとオトゥリアは、第1王子の自室へと呼び出されていた。

 表向きではダイザール迷宮を攻略したオトゥリアとアルウィンに対して報酬を与えるという流れとなっているものの、実際の迷宮攻略はオトゥリアを殺害する名目で行われたものだ。

 そんな中、わざわざ呼び出していたのは何故だろうか。


「「失礼致します」」


 オトゥリアに緊張やぎこちない動作をどうにか見せまいと、彼は深呼吸をする。

 けれども、彼の胸中にはオトゥリアを狙った第1王子への煮え滾るマグマのような感情が隠されてあった。

 それは心臓の鼓動と共に全身に送り出されていて、身体中が燃えるように熱い。


 アルウィンとオトゥリアが入ったその部屋は、無駄なものが一切ない、質素で小綺麗な部屋だった。

 何故か上品さを同時に醸し出していて、意外にも豪華絢爛な王城の雰囲気とも似合っている。


 そんな中で、首筋の毛が逆立って、ピリつく感覚を覚えていたアルウィン。彼の脳は、警戒を緩めるなと警鐘を鳴らす。


 部屋の中には、堂々たる雰囲気を纏う男がいた。

 その男は、まるで大地そのものを支配する支配者のような威容を放っている。

 彼の肩幅は広く、全身を覆う豪奢な絹と毛皮のローブがまるで鎧のように重々しい。

 黄金の鎖と宝石が光を反射し、その筋骨隆々の巨体をさらに際立たせている。

 短く刈り揃えた頭髪から覗くのは、鷲のように鋭い瞳である。そしてその下の強く張り出した顎には、綺麗に整えられていた青髭があった。


 そう。この男こそが、エヴィゲゥルド王国の第1王子、リューゲルフトである。


 ───近付くだけで息苦しい威圧感を放っていやがる。この男、一体何者なんだよ……ッ!!


 あまりの威圧感に、アルウィンは無意識下で剣に手をかけてしまっていた。

 そんなアルウィンをギロリと睨む視線がリューゲルフトから放たれる。

 しかし、そんな時に。


「お止め下さい。お兄様。

 彼も此度の功労者なのですから」


 透き通った歌声のような声が、リューゲルフトの隣から発せられる。

 アルウィンがその方向に目を向けると、そこに居たのは王女ミルヒシュトラーセだった。


 ───あまりにも第1王子の存在感が大きすぎて、王女ミルヒシュトラーセに気が付かなかった。

 ジルヴェスタおじさんに迫られる時の敵軍の気持ちって、こんなもんなんだろうな。

 勝てるビジョンが……この王子からは見えない。


 ごくりと、アルウィンは唾を飲む。

 彼はミルヒシュトラーセの発言のおかげで剣から手を離していた。

 そして、アルウィンが視線を前に戻すと、オトゥリアはこの威圧感に慣れていたのか、既にリューゲルフトとミルヒシュトラーセの前で跪いていたのだった。

 慌てて彼もオトゥリアに並ぶように跪き、目の前のリューゲルフトを仰ぎ見る。


 オトゥリアに適当な罪を被せて、殺そうとした男。

 彼はオトゥリアを危険な迷宮に赴かせ、更には攻略されることも考慮して暗殺者を送り込んだ。


 張り詰めた空気が、辺りを支配する。

 そんな空気を変えようとしてくれたのは、ミルヒシュトラーセだった。

 昨日と同じく、仮面のような笑顔を浮かべた彼女。


「お兄様。それでは早速、功労者である二名に……」

「必要ない。褒賞は後でお前が勝手にやればいい。

 俺がこの二人を呼びつけた理由は別にある」


 妹の発言を遮った鋭い視線の先にいたのはオトゥリアだった。

 アルウィンは息をすることもままならない。


「鈴蘭騎士オトゥリア……クレメルはどうした?」


 凄みのある表情で、オトゥリアに向けて威圧を強めていくリューゲルフトの姿。

 その発言に彼女は一瞬だけ、ぽかんと口を開ける。


「クレメル……

 彼女と最後に会ったのは、迷宮に出発する前の朝です」


 オトゥリアはリューゲルフトに臆さない。

 トーンは低めで事実を述べる。

 そんな彼女の返答に、第1王子は不満の色を強めるのだった。


「嘘だ。

 お前らは……クレメルを殺した」


「意味が解りません。彼女はメイドでは……?」


 ───クレメル。彼女は、ダイザールの王国騎士団宿舎にいたメイドだったはずだ。


 アルウィンはじっと、二人のやり取りを見守ることしか出来なかった。


「私は……彼女を殺してなどいません」


「いや。お前らが殺したんだ」


 ───意味が解らない。


 違うだろ、とアルウィンは言いたかったが言葉が喉から出てこない。

 放たれる威圧感に、彼は動けなかった。


 ───何でオトゥリアが殺したと第1王子は言っているんだ……!?そういえば……!


 思い当たる節はあった。

 迷宮攻略後に現れた刺客の中の一人。

 パムフィルとシュネル流を齧った剣士たちが目立っていたが、その奥にフードを目深に被った女が居たのは記憶に新しい。


 メイドのクレメルについては、あまり覚えていない。けれど、彼の記憶の中のクレメルとその女は背格好が似ていたような気がしていた。

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