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第69話 いざ、王都へ

 オトゥリアが涙を鎮めるまでには、数刻の時間を要した。

 それでも立ち直った彼女は、アルウィンとフェトーラに満面の笑みを返すとそのまま、「エウセビウさんは……村に埋めてあげたい」と告げるのだった。

「ああ、任せろ」とアルウィンが返すと、同じような強い瞳をしたフェトーラが氷の魔力でエウセビウの肉体を氷漬けにする。

 これで、王都に行ったとしても数日は、エウセビウの身体は綺麗なままとなる。


 この迷宮の新たな主となったフェトーラは、オトゥリアとアルウィンをちらと見た。

 攻略したばかりのこの迷宮は、主が倒された途端に魔力の流れがスムーズに行われず、不安定な状態となってしまっている。


「さっきも説明した通り、一週間以上この迷宮を不在にしたくない。王女ミルヒシュトラーセを解放出来た暁には、直ぐにここに戻るつもりよ」


 フェトーラはそう告げる。


 王都のテマイクレンは、ここダイザールから馬を飛ばしたとしても最速で三日はかかるほど遠い地だ。

 だが、オトゥリアはその時間を短縮する秘策を持っていた。


「ルチナを呼び出して……ゼトロスを使って行けばいいんじゃないかな。山道を迂回しなくて済むから、行程は大幅に短縮出来る」


 その案に、アルウィンとフェトーラは賛成した。

 直ぐにオトゥリアはゼトロスを呼び戻すために迷宮の第40層へと飛んでいき、残されたアルウィンと冒険者アリアドネの姿に戻ったフェトーラは、転移盤ワープポイントで迷宮の入口へと戻る。


 オトゥリアが指示した集合場所は、騎士団の宿舎である。アルウィンが、六年越しにオトゥリアと再開した場所だ。











「久しぶりの本物の太陽が眩しいわね」


 太陽に目を細めながら、フェトーラがアルウィンに声を掛けた。


「お前……太陽の光は大丈夫なのか!?」


 吸血族ヴァンパイアは太陽光に触れると肌が焦げると聞いていたアルウィンは、平然としているフェトーラを不思議に思っていた。


「それは低位の吸血族ヴァンパイアの特徴よ。私は王族の上位吸血族ヴァンパイア。陽光は克服しているわ」


 得意気にそう言ったフェトーラの背後で溢れ出る魔力。

 それは、オトゥリアと白仙狼フェンリルのゼトロス、そしてルチナの魔力だった。

 どうやら、王国騎士団員限定の転移盤ワープポイントが、この宿舎にあるらしい。

 オトゥリアらはゆっくりと庭園を抜けて、アルウィンらの前に現れる。


「おっ、お疲れ様」


 さっとオトゥリアに手を振るアルウィンと、人間のアリアドネとして完全に振る舞うフェトーラ。

 そんなフェトーラに、興味を向けて匂いを嗅ぐゼトロス。


「ちょっと待たせちゃったね」


 笑顔を零すオトゥリアの隣には、騎士ルチナがいた。


「皆さん、迷宮攻略、本当にお疲れ様でした!!

 本当は……冒険者の方々も巻き込んで宴会と行きたかったのですが、次の目的のことを考えると早く発たなければダメですよね……

 楽しめないのは残念ですが、王都に向かわれる皆さんを応援させてください」


 彼女はアルウィンに、「オトゥリアさまをよろしくお願いします」と視線を送る。

 彼女の意図を理解して拳を高く上げるアルウィン。


「アルウィン、フェトーラ。それじゃあ……行こうか。ルチナも……ゼトロスを見てくれて本当にありがとう。また今度、休暇を貰ったらダイザールに遊びに行くから!」


 ルチナの目には、ゼトロスの背に三人が座ることは少々キツそうに見えたが───それでも彼らを乗せて、白い身体は駆け抜けていき、気が付けば見えなくなっていた。






 ………………

 …………

 ……






 翌日。

 王都テマイクレン近郊の山の中。

 そこに、アルウィンらは潜伏していた。

 眼下には、〝父なる川〟と称される、エヴィゲゥルド王国で一番全長の長い大河、レヌヴィア川が流れている。


 そして、その奥にあったものは。

 山の上からでも全長がはっきりと見えないほどの、広大な城塞都市の姿があった。

 その城壁の中心にある、日を反射して白く輝く王城も、その隣にある煉瓦造りの南光十字教の建物も、辺境出身のアルウィンにとっては全てが荘厳で、神々しい光を放っている。

 さらに所々からは湯気が沸き立っているのもアルウィンにとっては興味深いものであった。

 この王都テマイクレンは、温泉が湧き出ているために国内有数の温泉地としても有名なのだ。

 ダイザールの街も巨大な城塞都市ではあったけれど、三倍近く大きなこの街の大きさには到底敵いようがない。


 彼らは山の中に身を隠しながら、王女ミルヒシュトラーセが軟禁されている山荘を目指して身を潜めているところだった。

 なるべく交渉で、無血で事を済ませたいオトゥリア。

 もしも流血沙汰になった場合、立場が故にオトゥリアに汚れ仕事は任せられない。それらは全て自分が請け負うのだとアルウィンとフェトーラは腹を括っていた。




 山に潜伏して、一時間半が経った頃。


「ほら、あそこがグリューネフェルス山荘なんだけど……守備がかなり頑丈になってるね」


「人間の気配が凡そ300だな」


 小さな砦ほどの大きさの山荘の下の茂みの中に、彼らはいた。

 気配に敏感なゼトロスは、静かに第2王子側の人数をオトゥリアに告げる。


「300……そこそこ多いし、見たところ王国騎士団の精鋭たちだ。

 その300人の中に、第2王子のフォルモーント様がいないといいんだけど」


 低い声で、呟くように言うオトゥリア。

 その表情は、第2王子フォルモーントが山荘にいて欲しくないという強い気持ちを如実に表している。


「第2王子って……お前の事を気に入ってるクソ野郎だろ?」


 ゼトロスには乗らず、足下の叢の中で見を潜めていたアルウィンは小声だけれども、やや荒い声でオトゥリアに問うた。


「そう。ダイザール迷宮攻略を第1王子のリューゲルフト様に働きかけて白紙にする代わりに、私の身体を欲した王子だよ」


「オトゥリアを狙うクソ野郎は……オレが斬る」


 そうボソッと呟くアルウィンに、「オトゥリアの事になると思考が短絡的になるのは良くないわよ」と諌めるフェトーラ。


「私がゼトロスと共に正面から入って交渉に行く。

 何かあったらゼトロスが気付くだろうから、それを見計らって入ってきてね」


 オトゥリアのその発言に、アルウィンとフェトーラはこくんと頷くのだった。






 ………………

 …………

 ……





「誰か来たぞ!白仙狼フェンリルに乗っている……ってことは鈴蘭騎士か!?」


 オトゥリアを見つけたのは、二人組の騎士団員だった。

 オトゥリアがゼトロスと行動を共にしていることは連日の迷宮攻略を報告する鳥が飛んでいたため、王国騎士団員にとっては周知の事実と化していた。


 魔獣を殲滅することが目的ある南光十字教と王国騎士団は切っても切り離せないような密接な関係であるが、魔獣を従わせる使役行為は聖典に禁止事項として定められておらず、罰則も特になく問題ない行為だ。

 段々とシルエットがはっきりしてくると、鈴蘭騎士オトゥリアだと解る。


「ダイザール迷宮は攻略したよ。ほら、これが攻略証。ここに匿われている王女殿下に会わせて」


 オトゥリアの瞳はアルウィンらと居た先程までとは異なって、氷のように冷たい光と化していた。


「間違いないな。待っていろ、確認してくる」


 そう言った団員の一人が山荘の中に姿を消す。

 暫くするとその男が戻り、「白仙狼フェンリルをそこに置いて中に入れ」とだけオトゥリアに伝えた。


「じゃあ、ゼトロス。待ってて」


 オトゥリアはゼトロスの顔に掌をそっと当てる。

 それから王女ミルヒシュトラーセに今すぐ会いたいという思いと、第2王子に会いたくない、いて欲しくない気持ちに挟まれた中途半端な胸中が故に、溜息を漏らす。

 釈然としない心境であるが、それを主であるミルヒシュトラーセに悟らせてはならない。

 そのため彼女は無理やり精悍とした表情に切り替えて、つかつかと二階の客間へと歩みを進めるのだった。





「失礼します!

 鈴蘭騎士オトゥリア、只今ダイザール迷宮より帰還致しましたッ!」


 ノックし、ドアをそっと開いたオトゥリアはごくんと唾を飲み込むとゆっくりと周囲を見た。

 緊張の糸があちらこちらに張り巡らせられているかのような重苦しい空気感を持つ部屋は、六大魔公アグヴィフィトレスの持つ魔法に似て非なる、別種の重さを有していた。


「オトゥリア……よく戻って来ましたね」


 けれども、その部屋の中心の人物が零した満天の星空のような笑顔に、オトゥリアの心臓を掴むような重圧がある程度緩和されていく。


 流れるような、ラピスラズリブルーの髪は月に輝く夜空を彷彿とさせる。

 そして、彼女の瞳は異色虹彩ヘテロクロミア、若しくはオッドアイと呼ばれる銀色の右の瞳と金色の左の瞳だった。

 あどけなさの残る十二歳という年齢ながら、王女らしく気品のある優雅な振る舞いをするその少女。

 それは勿論、オトゥリアの仕える主たる王女、ミルヒシュトラーセだった。

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