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第68話 英雄になりたかった男

 フェトーラは、転移盤ワープポイントのある場所から廊下へと移動しながら、フードを目深に被った女と魔法の撃ち合いをしていたところだった。

 激しい光が交錯している。

 女が扱うのは、炎の魔法と氷の魔法、補助的な土属性の魔法に、隙を見て飛んでくるナイフの投擲だ。

 魔法はフェトーラが勝っていたものの、ナイフを用いた物理的な攻撃や、時折接近戦に持ち込もうとする女の動きに彼女は翻弄されていた。


「あの鈴蘭騎士オトゥリアが、汚らわしい吸血鬼ヴァンパイアと共に行動していたとはね……!

 この情報を持ち帰れば、クソッタレの王女ミルヒシュトラーセの信頼も失墜するわ!」


 呪詛のような言葉を放つ女を、フェトーラはギリッと睨む。


「煩いわよ!」


 途端、フェトーラは大規模に魔法を展開していく。

 魔力の炸裂地点を避けられても追撃を飛ばせるように、広い範囲をカバーできる魔法を選んだ彼女。

 まずは、炎属性の魔法〝焔轟爆裂フレイムカタクリズム〟で、女のいる前方に一気に爆発を引き起こさせた。


 焔が昇る。

 全てを破壊し尽くすかのような轟音が轟き、取り残された爆炎は黒煙へと変貌していた。


「あの女は……未だ居るわ!」


 フェトーラがすぐさま魔力探知を使用すると、女は黒煙の中を一直線に突撃しようとしているところであることが判った。


「上手く……構築が間に合えばいいのだけど……」


 魔法構築に時間がかかるために接近戦は得意ではないフェトーラ。

 ここで女暗殺者に迫られれば、彼女は無防備な状態を晒してしまう。


 そんな彼女が煙幕の中へと放ったのは、雷属性魔法の〝千棘雷雲アッセンブルライトニング〟だった。


 展開された三つの魔法陣から放たれた〝千棘雷雲アッセンブルライトニング〟は、黒煙の中を女に向かって飛んでいく。


「馬鹿ね!こんなもの……!」


 飛来する電撃ひとつひとつを女は軽快な身のこなしで回避するものの───その間にフェトーラは新たな魔法を構築していた。


 ───〝千棘雷雲アッセンブルライトニング〟の電撃は、あんたの周囲三ヤードから五ヤードの付近に多めに落としてあるわ。

 それは何故か、あんたには解らないでしょうね。

 あんたの動きを封じ、これから放つ魔法の照準を完璧にするためなのよ……!


 彼女の深紅の瞳が放つ冷たい目線。

 キリッとしたその奥が、僅かに揺らめいた。


「今よ……〝闇穿炎シャドウペネトレーション〟ッ!!」


 禍々しくも高潔さのある深紅の魔力が、フェトーラから迸る。

 その魔力は一矢の鋭い矢となって空を切り───女暗殺者に迫った。




 ───何よこの攻撃。回避してあの吸血族ヴァンパイアに時間を与えるよりも、威力は弱そうだから敢えて受けた方がいいわね。


 フェトーラの放ってきた攻撃を一目見てそう判断し、女暗殺者はわざと正面でその狙撃を受けた。

 ボスッと音が聞こえた途端、女の身体から発せられるのは強烈な痛みである。

 その矢の勢いは、女の胸部を貫くほどに勢いあるものだったが───その矢の穿った穴は小さい。


「バカね……!こんな攻撃、肺に穴が空いたのだろうけど対して障害になんてならないわよ」


 駆け抜ける黒い影。

 女は口元から血を吐いていたものの、勢いは止まらずにフェトーラに迫っていたのだった。

 確かに、ただの貫通力のある矢や、氷魔法の〝氷結貫通弾アイシクルパーフォレイト〟であれば、この程度の手傷を与えられるのも覚悟して突撃してくるために勢いは止まらないだろう。


 しかし、そんなちゃちな技で隙だらけの自身を敵に差し出せるわけがない。

 フェトーラの放った攻撃には、もちろん意味があったのだ。


「……燃えなさい」


 ぼそりと呟かれる、フェトーラの声。

 そうして、フェトーラは女に興味がなくなったのかくるりと背を向けた。


 残された女はというと。

 背中を晒したフェトーラに向けて、いつの間にか手にしたナイフを用いて飛び掛ろうとしていた所だった。


 けれども、そんな中で。

 女暗殺者は急に、胸の辺りが、心臓が、身体全身がと同心円状に広がっていく激しい痛みを覚えるのだった。

 それは、まるで炎に焦がされるかのような痛み。

 それが、身体の内側から感じられるのだ。


 ───あのアバズレ吸血族ヴァンパイアめ……!!何をしたのよ!痛い……痛いじゃない!


 苦痛を浮かべた彼女は、血走った目でフェトーラを睨みつけて罵声を浴びせようとするも、何故か罵詈雑言の言葉が口から現れてこなかった。



 代わりに口から出てきたのは、灼熱の火球だった。


 ───!?


 不審に思った彼女が自分の身に起きたことを察したのは、そのすぐ後である。

 気がついた時には、全てが遅かった。

 フェトーラが放った、〝闇穿炎シャドウペネトレーション〟という魔法。

 その正体は、相手を穿った後にその体内にある血液を全て燃え上がらせるという恐ろしい魔法だったのである。

 その魔法を防ぐ方法はただ一つ、最初の矢を避けることだけだったのだ。


 女は、去っていくフェトーラに手を伸ばして殺意の籠った目を向けるものの、当然見向きもされない。

 遂に炎が体の表面にも現れた女は、身体の内側から火達磨になってその命を絶ったのだった。













 オトゥリアと交代した後のアルウィンは、エウセビウにシュネル流を習った者たちから距離を置いて、タイミングを見計らうそれぞれの息遣いや身体の動かし方などを観察していた。


 エウセビウが掟を破って教えたシュネル流。

 それは、基本動作の〝朧霞おぼろがすみ〟が確りと伝わっていたのか、本流のシュネル流の剣術とは大して差がないように思えていた。


 けれども、掟破りは掟破りだし、このような剣士の生き死になど彼の知ったところではない。

 オトゥリアとアルウィンによって、既に半分になった剣士たち。

 その中に向けて、突如。

 彼は言葉を言い放ったのである。


「オレは、シュネル流序列第5位のアルウィン・ユスティニアだ!

 エウセビウから習ったシュネル流は、掟破りの偽物だ!今から、本物のシュネル流を見せてやるッ!」


 その言葉に、ビクッと震える数名の剣士。


「オレに教えを請いたい者は、剣を捨てて見学するといい。

 そして……オレを魅せるための斬られ役に成りたい奴は……かかって来やがれッ!」


 その発言に、何人が剣を捨て、何人が彼に挑んだのだろうか。

「エウセビウさんに勝てなかったヤツが、何で上から目線で言っているんだ!」と逆上した剣士たちに対し、アルウィンは独特なステップを取りながら肉薄していった。

 縦横無尽に、剣を握っていた剣士の合間をまるで蝶が舞っているかのように跳んで、翻弄していく。

 不規則な軌道をとるように見える彼のステップに対して、剣士たちは何も出来なかった。


 アルウィンが見せたのは、シュネル流の奥義のうち一つ、〝黒死蝶舞こくしちょうのまい〟。

 他流派が一番恐れる、視覚では絶対に捉えることの出来ない斬撃だった。


 そうして、十数秒後に彼が剣をパチンと鞘に収めたとき。

 彼の前方には、血の池が広がっていた。

 彼は、剣を手にした者を全て斬っていた。


「オレの姿を見て学ぼうとした者は、誰一人としていなかった……悲しい話だな」


 溜息をついて、彼は振り返るとオトゥリアを視界に収める。

 彼女は、斬り込んで来るエウセビウに対してなにか言葉を交わしながらも真剣な面持ちで斬撃を受け続けていた。


 第1王子に雇われて、自分の命を狙ってくる叔父。

 オトゥリアには、アルウィンのようにエウセビウを憎む気持ちも、かつての仲間だったからと揺れ動く心も有していない様に見えた。


 ───いや、違うだろうな。溢れる感情は、オレ以上にあるに違いない。だけど……それを無理やり押し込んで、単純に「敵」として認識するようにしているんだ。


 実際のところ、アルウィンの想像は間違っていなかった。

 オトゥリアの両親は王都で暮らしているものの、今は第1王子に生殺与奪を握られている。今後会えるかどうかも解らない。

 そんな中、もし両親が殺されれば唯一血が繋がっている人物となるのが、今ここで敵として立ちはだかっているエウセビウなのだ。

 どうして敵となったのかは知りたいものの、オトゥリアはそれ以上の余計な気持ちを表に出さないようにずっと押し殺し続けているのだった。


 一方で、対するエウセビウはというと。

 姪であるオトゥリアと言葉を交わす毎に何やら半狂乱になったのか───震えるような絶叫と共に彼女に斬りかかっていたのだった。


 そんな中で。

 ある程度のことは聞き出せたのだろうか。


 オトゥリアは「これで最後……」と呟く。

 シュネル流の〝瀧水りょうすい〟で、上段から振り下ろされたエウセビウの剣を弾き、そして。

 覚悟を決めた瞳で、深く心臓を狙って力を振り絞り、エウセビウの左胸を一突きしたのだった。


 血反吐をガッと吐きながら、エウセビウはオトゥリアに支えられるようにして前に倒れ込む。


「……オトゥリア」


 アルウィンが駆け寄ろうとするも、彼女は左手を前に突き出して静止させた。


「はぁ……っ……」


 彼女の胸の中で、弱々しい声が聞こえる。

 アルウィンは、その方をちらりと見た。

 オトゥリアにそっと抱き抱えられたエウセビウの口元がゆっくりと動いた音。


「あぁ……止めてもらえて……化け物にならなくて…よかった。

 死ぬ間際、最後に……これだけは聞いてくれないか」


 その言葉に、アルウィンとオトゥリアの瞳が開かれる。


「何も出来ないドベだった俺は、それでも英雄になりたかった。

 アルウィン、オトゥリア。お前らは……俺よりも10以上も年下の癖に、もう英雄としての風格を身に付けている」


 オトゥリアは王都を霊角獣ウニコールからたった一人で守り抜いた経歴がある。

 アルウィンは、十二歳で機転と剣の腕を生かして初陣で大きく貢献していた。


 そして何よりも。

 前人未到の超大規模迷宮であるダイザール迷宮を、たった今攻略したという華々しい成果。

 それは、英雄と相応しい栄誉だ。


「俺だって、認めていたけど……心の底じゃ後輩になんか負けたくはなかった。

 だけどな……傭兵になったはなったものの……実力が伴わなくて……俺にはそんな英雄なんか……無理だと知ってしまったんだ。

 そうしたら……気が付けば俺はシュネル流の掟を破って、ドブのように汚い金の世界……に、逃げ堕ちてしまっていた。

 そうしたら……気が付いたら……俺の憧れる姿のままのオトゥリアやアルウィンを……殺そうとしていたんだ。あああっ……嫉妬だよ。クソみたいだ」


 口から血を流し続けるエウセビウの言葉は、段々と苦しくなったのか途切れ途切れになっていく。

 エウセビウは、英雄になれない現実を知ったが故に闇に堕ちていたのだ。


 けれどもこの時。

 彼の瞳は、オトゥリアに胸を貫かれたあとに輝きを取り戻していた。

 それに気付いていながらも、アルウィンとオトゥリアは何も語らない。


「俺を……正気に戻してくれて……ありがとう。

 オトゥリア……アルウィンも……お前らを……誇りに思うぞ」


 エウセビウの背中に抱き寄せるかのように回したオトゥリアの手は血に染まっている。


「……活躍を……見守ってる……だから……興冷めさせるんじゃ……ねぇぞ……」


 その言葉を放った途端。

 エウセビウは、笑いながら事切れていた。


 そうして、亡骸を抱きながら。

 ずっと我慢していたオトゥリアの慟哭が、嗚咽が。

 昂る感情を周囲に撒き散らしていくのだった。

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