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第66話 迷宮主と侵入者

 フェトーラの右手は、迷宮核ダンジョンコアである古龍の遺骸の透明魔石に触れていた。

 そして、その手からゆっくりと迷宮核ダンジョンコアに自身の高潔な魔力を流し込んでいく。

 魔石は一度、気高く気品のある深紅の魔力を吸い込んでその色に光ると、やがて消えて素の純白な光源へと戻っていた。


「これであたしの魔力が登録されたわ。アグヴィフィトレスの魔力も残してあるから、上手くいったわね」


 そう言った途端、魔石に魔力を流し込んで操作をしてみようと試みるフェトーラ。


 ゴゴゴゴゴゴゴッという音をたてながら第100層は縦に揺れる。その揺れは立っていられない程ではなかったものの、少々不安になる程度の大きさではあった。

 5分程度は続いていた不安感が収まると、アルウィンとオトゥリアはふぅと胸を撫で下ろす。


「上手くいったわ。

 この部屋とアグヴィフィトレスたちの部屋、あとは宝物庫のそれぞれを動かすのは面倒だったから廊下ごと戦闘した部屋と切り離したわ。

 次いでに、戦闘を行った部屋から新しい廊下、その奥に偽の迷宮核ダミーコアを設置する部屋まで作ったわよ」


「オレらの出入口は作ったか?」


「問題ないわ、第99層の家の暖炉と接続させたし。

 あとは外部にも転移できるように騎士団とは別の転移盤ワープポイントでも設置しようかしら」


「それって……迷宮の外にも転移盤ワープポイントを設置出来るのか!?」


 アルウィンやオトゥリアの認識では、転移盤ワープポイントというものは魔力の流れが繋がっている一定以上の濃い魔素のある場所同士でしか作動しないはずなのだ。

 けれども、この迷宮の外の地上部では魔素が大気に霧散してしまうため、転移盤ワープポイントが設置出来る基準を満たせない。

 それに、仮に魔素を留めておける場所があったとしても、魔法使いなどは魔力感知もしくは魔力探知を行えるために確実に場所がバレれば怪しまれる。


 そんなアルウィンの心配を、フェトーラは全く気にしていなかった。


「簡単よ。入口を遠く離れてて、元から魔素濃度の高い場所まで伸ばせばいいわ。

 例えば……あんた達2人の出身地の村付近の魔獣の森とかね」


「そんなことが出来るのか?」


 目を丸くしたアルウィンは、妙に上ずった声でフェトーラに返していた。


「出来るわよ。魔力を上手くそこに通せればだけど、幸いこの迷宮とあの森は地脈で繋がっているわ。

 地脈に沿うように魔力の繋がる道を作ればあまり苦労せずに出来そうだとは思うの」


「じゃあ……外部との裏口の接続先はズィーア村の近くの森の中ってことにしておいてくれ。

 いや待てよ。ゴブリン族の集落があるはずだ。知り合いもかなり多いし、秘密は守ってくれるからそこに繋げて貰えないかな」


「悪くないわね。オトゥリアはどうかしら?」


「私は騎士団の人間だから……怪しいことが無いように表から出入りするべきだと思ってる。

 フェトーラは完全に外部の人間で、これから裏からこの迷宮を支配することになるなら……裏口は必要だよね。

 私はあんまり使えないかもだけど、ズィーア村に戻れるのならそういう裏口もあっていいと思うな。

 久しぶりに会いたい人はいっぱいるもん」


 オトゥリアがズィーア村を出てから6年。

 彼女が会いたいと願う人はシュネル流の面々や面倒見のいい近所の人たちなのだろう。


「オトゥリアは休暇とか……取れるのか?

 取れるなら、この迷宮に来れば転移でズィーア村に行けるようになるな」


「そうだね!

 アルウィン、その時は一緒に帰ろ!」


 アルウィンの手を取って、口元を緩める仕草はあざとくて実に可愛らしい。彼はニヤけた口元を元に戻すために頬をパチンと引っぱたいて、フェトーラに向き直った。


「……まだ問題があるぞ。

 もぬけの殻になった99層、100層はどうするんだ?」


「それに関してはアテがあるわ。

 この迷宮内で登録された魔獣は守護者ガーディアンになって、ここの地脈の力によって復活できるらしいし……とびきりのものを考えているの」


「……なるほど」


 この後、アルウィンらは今後どう迷宮を運営していくのか、暫く協議することとなった。

 フェトーラは100層を守る守護者ガーディアンを作り出そうと提案した。

 彼女は大量の遺跡兵ゴーレムを迷宮層から召喚すると、それらを迷宮主ダンジョンマスターの権限を利用して一体の巨大な古龍の形に似せた透明の魔石遺跡兵ジュエルゴーレムに作り変えたのだった。


「なかなかいいんじゃねぇか?」

「だねっ、悪くないと思うよ!」


 アルウィンとオトゥリアの高評価に、フェトーラは得意げな顔になる。


 そうして───自然発生型の迷宮としての偽装を完璧に果たした所で、オトゥリアが最後の転移盤ワープポイントを第100層に配置した。



「これで、オレらの目的の第一段階は終了だな。

 オトゥリア。オレらは生き残って、無事に終えられた。あとは……お前の大切なご主人様を救いに行けばいいんだろ?」


「うん。今すぐにでも」


「あたしも力になるわよ」


 強い意志の瞳を輝かせるオトゥリアと、力になると言ってのけたフェトーラ。

 彼女は迷宮核ダンジョンコアの操作をしなければならないのに、どうやって力になるというのだろうか。


 けれども、そんな疑問を抱かなかったオトゥリアは「ありがとう」と言って、転移盤ワープポイントを使って久しぶりの地上へと戻ろうとする。


 その瞬間。

 オトゥリアの眼前で、まだ誰も足を踏み入れていない転移盤ワープポイントが光を放ったのだ。


「誰か来てる!?」


 びっくりしたのか、素っ頓狂な声を上げるオトゥリア。最終層に転移盤ワープポイントが設置されればすぐに騎士団が察知するということは知っていたものの、まさかここまで一気に飛んでくるとは思うまい。

 光は収束すると、中から出てきたのは一人の男だった。


「やあ、お疲れ様」


 前髪をセンターに分けた青年。

 騎士団の甲冑ではなく礼服に身を包み、腰に差した剣はアルウィンと同型である。

 漂う風格は、シュネル流剣士のもの。

 オトゥリアの叔父であり、ふたりの兄弟子でもあるエウセビウが彼らの目の前に立っていたのだ。


 途端。

 アリアドネは、真っ先に警戒の色を表情に浮かべていた。

 そんな様子を横目に、アルウィンもエウセビウが横領しているのだろうと推察していたことから、ある程度の猜疑心を浮かべたまま作り笑顔でエウセビウに向き直る。


「エウセビウさん……来てくれたんだね」


 笑顔を零すオトゥリアだったが、魔力探知を扱えるフェトーラには場の怪しさが感じ取れていた。

 エウセビウが現れたにも関わらず、未だ転移盤ワープポイントは発光していたのだ。

 それも、人ひとりふたりを転移させる程の魔力ではなく、もっと大勢───30人程度が一度に転移している強い魔力だったのだ。


「アルウィン……大勢の気配を感じるわ」


 オトゥリアにかまけていたエウセビウを他所に、そっとフェトーラはアルウィンに耳打ちする。


「解った。何かあるな。

 剣は直ぐに抜ける」


 その一言を聞いたフェトーラの放つ深紅の瞳の輝きに深みが増すその途端。

 光り輝いた転移盤ワープポイントから現れたのは、同じく騎士団の礼服に身を包んだ30人程度の男だった。


 それぞれが既に剣を抜いており、いつでも彼らに斬りつけられるような体勢をとっている。

 そして、その奥には。

 ボディラインが丸わかりの密着型の服の上にフードを被った女が、魔力を滾らせていたのだった。


 ───まずい!


「オトゥリア!暗殺者だッ!!」


 アルウィンがそう叫ぶや否や。

 剣を抜いた30人の集団が、縮地を用いて一斉にオトゥリアに突撃した。

 オトゥリアは息を呑む。

 そして、瞬きする暇もないうちにエウセビウはアルウィンに、フードの女はアリアドネにと迫っていく。


「ちょっと……これはッ!

 エウセビウさん……!?」


 オトゥリアに向かって伸びていく、無数の男たちの剣。

 しかし、そんな不意打ちも彼女には届かなかった。

 初撃を彼女の武器である圧倒的なエネルギーを内包した剣で叩きつけるように無効化すると、すぐさま体重を移動させて斬りかかった男の腹を裂いたのだ。

 けれども。

 オトゥリアに群がる剣士には統率が取れており、オトゥリアは一瞬のうちに囲まれると全方位から一斉に攻撃を受けたのである。


 すぐさま彼女は剣を対複数戦に強みのあるトル=トゥーガ流に切り替えて応戦するも、群がる剣士の勢いは削がれることを知らない上に。


「し……シュネル流!?」


 トル=トゥーガ流とは相性が悪い、まさに天敵とも言えるシュネル流の軌道でオトゥリアに攻撃を加えているのだった。


 一方、アルウィンはというと。


「おい……エウセビウ。

 テメェ、なんの真似だッ!?」


 顔には青筋が立ち、眼はギラギラと光っている。

 怒りに任せた剣で勢いよく踏み込むと、エウセビウに〝辻風つじかぜ〟を放っていた。

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