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第65話 迷宮核

 悪魔アグヴィフィトレスの居た第100層は、迷宮主ダンジョンマスターの居住空間も兼ねていたようだった。

 アルウィンらが戦闘を行った部屋には、彼らが入ってきた入り口の反対側にも扉があり、その先は同じく廊下となっていた。

 その廊下には部屋が二つずつ左右にあり、突き当たりには巨大な扉が鎮座している。

 左右にある四部屋はそれぞれ、悪魔アグヴィフィトレスの部屋、夢魔サキュバスのクレイタの部屋、会議室のような部屋、そしてアグヴィフィトレスが収集していた宝物を貯めておく宝物庫となっていた。

 そして最奥の巨大な扉の中にあったものとは。


迷宮核ダンジョンコア……だね」


 オトゥリアの声。

 最奥の部屋は巨大な扉に似合わない、とても小さな小部屋だった。

 けれども、その部屋の中央には地脈の力を利用して白く光り輝く台座があった。その台座の上には、正十二面体の透明な魔石が置かれており、その魔石が地脈の力のポンプのように吸い上げて、迷宮内に魔力のエネルギーを供給しているようであった。


 アルウィンの魔力感知には、どんどん地脈の力を吸い続ける透明魔石と、そこから放たれる大河のような魔力が映っている。


「これが……そうなのか」


 迷宮核ダンジョンコアは、各迷宮の深部に存在する機構である。地脈の流れを魔力に変換し、それを迷宮全体に行き渡らせると共に、迷宮主ダンジョンマスターの操作次第では迷宮のシステムすら作り替えてしまう力を持つものである。

 自然発生型の迷宮では、主に迷宮核ダンジョンコアとなるのは死して朽ちた古龍の肉体であり、誰かによって創られた迷宮は独自の機構を持つ魔道具アーティファクト迷宮核ダンジョンコアとなる。


 今回の迷宮の場合は。

 この正十二面体のまま光り輝く透明な魔石は、とある古龍のもともと心臓だった部分が結晶化したものなのだろうと魔力探知で分析してくれたフェトーラが結論を出す。


迷宮主ダンジョンマスターはもう存在しない。アグヴィフィトレスは高位な悪魔なだけあってこれから復活することは確定しているけど……今のところはこの迷宮に主は存在しないわ」


 魔石に触れながらフェトーラは続けた。

 その表情は何故か緊迫したような、強ばった表情である。


「だけどこの迷宮核ダンジョンコアはまずいわ。

 主がいなくなったせいで、管理が上手く行き届いていない。

 この迷宮は、大きすぎる。本来、古龍の遺骸といえどもこの大きさの魔石で自然に制御しきれる大きさじゃないのよ。

 この状態は、いつ暴走してもおかしくない危険な状態だわ。いずれ管理に綻びが出る。

 あの悪魔は相当操作が上手かったのね……」


 それを聞いて、オトゥリアははぁっと息を吐く。


「まずいことになっちゃったね。折角私達が攻略したはいいものの、ここの宝物は全部リューゲルフト殿下の派閥に没収されちゃうって話だし、迷宮核ダンジョンコアには暴走の危険があるってことだし」


 確かに、オトゥリアが課せられた任務の指令書にはそのような内容が記されていた。

 この迷宮攻略の任務は王家からの任務であり、この迷宮は攻略され次第、この地を治めるホッファート公爵と第1王子の持ち物となることが確約されている。

 それだけではない。彼女が課せられた指令には、


 ・現在95層まで突破済みの迷宮を最終層まで突破すること。

 ・各層のゴール地点に迷宮転移版ワープポイントを設置すること。

 ・迷宮主ダンジョンマスターが存在した場合には、討伐の上に居住区域にも迷宮転移版ワープポイントを設置すること。


 という内容が含まれている。

 ここで問題になってくるのは、注釈の3つ目である。

 迷宮というものは、迷宮主ダンジョンマスターが管理しているタイプの迷宮と、自然発生型で迷宮主ダンジョンマスターが存在しない迷宮の2種類が存在する。

 今回の場合は、迷宮主ダンジョンマスターとして悪魔アグヴィフィトレスがいた。

 迷宮主ダンジョンマスターがいる迷宮には、高確率で居住区域があり、そこには歴史的価値のある宝物が大量に置かれていることがあるのだ。

 そのため、金にがめついホッファート公爵と第1王子はそれすらも自らの手中にしようとしてこのような注釈をつけたのだろう。


「問題は山積みだね。2人にこの迷宮を引き渡した所で、迷宮核ダンジョンコアを上手く操作出来るかどうかはわからないし。

 もしも暴走させてしまったら、2人の怒りの矛先は私だけじゃなくてミルヒシュトラーセ殿下に向くから……まずいね」


 終始黙っていたアルウィンだったが、彼は何も考えていなかった訳では無い。

 指先で髪をクルクルと弄りながら、彼を口を開く。


「なあ、嘘つかないか?『迷宮主ダンジョンマスターなんて存在しなかった』ってさ」


「え……!?」


 オトゥリアの素っ頓狂な声が部屋中に響く。

 その声に何かを察したのだろうか、「悪くないわね」と同調したのがフェトーラだった。


「ごめん、話が見えてこないから教えて」


「まず、オレらのうちの誰かがこの迷宮核ダンジョンコアと契約するんだ。

 悪魔アグヴィフィトレスは消滅しているから、多分出来るはず」


「そうね、冒険者の間では迷宮主ダンジョンマスターを倒して迷宮核ダンジョンコアの権利を手に入れたという事はごく稀にある話よ」


「それでだ。オレは詳しくは知らないけど、迷宮主ダンジョンマスターの権能を利用して、どうにか自然発生型迷宮のフリをすることが出来ないかなって思ってるんだ」


 アルウィンが映るフェトーラの深紅の瞳。

 その視線の矛先が、オトゥリアへと向かう。


「悪くないわね。

 迷宮核ダンジョンコアと契約した人がこの迷宮の最終層を魔力を用いて改装する。さっきの廊下にあった4つの部屋の入口を消して、廊下と接続する部屋をこの部屋だけにするといいかもしれないわ。

 この部屋には偽の迷宮核ダミーコアを設置して、本物の迷宮核ダンジョンコアは廊下と接続しない部屋に置いてから偽の迷宮核ダミーコア経由で迷宮の中に魔力を通すといいんじゃないかしら。

 そうすれば、第1王子達に気が付かれることなくあたし達の成果を独占できるわね」


 アルウィンが発案し、その発案を全てを理解していたのか具体的な方法まで述べたフェトーラ。


「そんなことが…

 多分上手くいくだろうけど、よく思いついたね!?」


 2人の凄さに脱帽のオトゥリアだが、疑問点はある。


「じゃあ、誰が迷宮主ダンジョンマスターになるの?

 ここの管理をしなきゃならなくなっちゃうよね?

 私は王女殿下側仕えの王国騎士だし……無理だと思う」


 そんな彼女の心配に、アルウィンは静かに答えた。


「オレらのうち、魔力の操作はフェトーラが一番得意なはずだ。フェトーラにこの迷宮の管理を任せたいと思ったんだが……いいか?」


 アルウィンの静かなエメラルドグリーンの目線。

 それに交錯したのは、深紅の、自信に満ちた強気な視線だった。


「えぇ。寧ろ自分からやりたいと名乗り上げようと思っていた所だわ。

 だけど、お願いがある」


 ふうっと息を吐いて、アルウィンとオトゥリアの瞳を交互に見るフェトーラ。

 そのキリッとした切れ長の目は、覚悟に染まったものだった。

 瞳を見ただけで、心臓が早鐘を打つような圧迫感に苛まれるアルウィンとオトゥリア。


「六大魔公のアグヴィフィトレス、あいつが復活したらその身柄をあたしに預けて欲しいのよ」


 それは、爆弾発言だった。

 先程まで激闘した悪魔を、フェトーラは手駒にすると言ってのけたのだから。


「あの手の悪魔は〝契約〟を重視しているわ。

 六大魔公のような、2000年も生きる古い悪魔であればあるほど、〝契約〟を違反することを忌避するもの。

 そして、ここからが本題。

 あたしはあの場でちょっとした契約を結んだから、あの悪魔はあたしらに逆らえない」


「うん。それで?」


 視線を向けたオトゥリアに、フェトーラは続けた。


「あたしが迷宮主ダンジョンマスターになりたいのは理由も幾つかあるのだけど、他にやりたいことも色々あるのよね。

 だから、アグヴィフィトレスには補佐を任せて、あたしの不在時には迷宮の管理を任せようと思ったのよ」


 まるで遥か先を見据えて話をしているようなフェトーラの態度に、唯一、彼女の更なる秘密を知っているオトゥリアは何かを察したのだろうか。

 わざとらしい咳払いをすると、「あ、そうなんだねっ!確かに!」と続けたのだった。

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