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第54話 煉獄の主の最後

 オトゥリアは、ゆっくりと歩みを進めてくる獄帝竜ヴェルミロスを横目に、アリアドネに話し掛けていた。


「アリアドネ。さっきの雷属性の攻撃だけど……場所によっては効いてたよ」


「え……!?」


 その言葉に、アリアドネは信じられないという表情を見せる。

 けれども。

 視線を前に向けると、確かに獄帝竜ヴェルミロスの動きは金縛りにあったかのように動きを止めていた。

 アリアドネに貫かれた四肢は、はっきりと判るほど震えている。

 確かにオトゥリアの言う通りかもしれない、そう気が付いたアリアドネは「よく見てたわね」と一言。


「私……相手の気持ちを理解するのが得意だったりするし……勘もあるからね」


 そう言ったオトゥリアの顔は、夏の日差しを浴びて輝くヒマワリのように眩しかった。


「あの分厚い外殻に阻まれているところは効いてなかった。だけど、壊れているところだけは確りと雷が通ってたよ」


 アリアドネはオトゥリアを静かに見た。

 毅然とした表情の彼女が放つ、覚悟の決まった眼光は鋭い。


「一部分だけ麻痺してるんだと思うけど、それでも痺れている時間は結構長いね。

 となると……雷属性が苦手なのかもしれない。

 あの爪は危険だけど、私が更に分厚い外殻を砕いてみせる」



 獄帝竜ヴェルミロスは雷属性の痺れが弱まったのか再度天を仰ぎ、そして肺に空気を溜め込んでいく。


 ───また、あの破壊的な衝撃波を伴った咆哮が飛んでくるんだろうな。

 そうなれば、後方で寝かされているアルウィンが危ない。


 彼女は、足に魔力を込めると一気に地を蹴り出していた。


「シュネル流〝蒼天そうてん〟!!!」


 天を仰いでいた黒銀に煌めく首筋に白銀の閃光が迫る。

 彼女の剣が甲殻に刺さったその途端、もうひとつの光が炸裂した。


 火山が噴火したような咆哮が煉獄の帝王たる巨竜のあぎとから放たれる。

 途端に空気が震え出し、共鳴して足元が割れた。

 割れた地面の下には、ポコポコと泡を出すマグマがある。

 その中から、幾つもの熱線が噴き上がる。


 彼女は腕を駆ける激しい抵抗に奥歯を噛み締めながらも一振り目を左下へ振り抜き───更に魔力を込めながら二激目の太刀筋を左前脚の関節部分へ狙いを定めて放っていた。

 その斬撃は───彼女に確かな手応えを与えてくれる。

 二連続で放たれた彼女の〝蒼天〟は、アルウィンの体重移動を参考にしたものだ。


 途端に、まるで空を薄い雲が覆ったかのような濁った怒りの眼を見せる獄帝竜ヴェルミロス。

 上腕筋の内側にまで剣は抉っており、溢れ出る血液がマグマに落ちてジュッと音を立てる。


 獄帝竜ヴェルミロスは、突如走った痛みに衝撃波を止めざるを得なくなっていた。

 視界の先には、マグマの熱線を躱しながらちょこまかと蠅のように動き回るオトゥリアの姿がある。

 まずは邪魔な剣士から片付けるべきだと思ったのか、巨大な槌のような尻尾は振り抜かれていた。


「くうっ!!トル・トゥーガ流〝不動〟!」


 オトゥリアは剣と足に纏った魔力で防御を選択していた。

 迫る槌は、王都の城壁すら崩壊出来るだろうと思われるほどの質量と速さを有している。

 けれども彼女は歯を食い縛り、カッと目を見開いて迫る槌の中心を視界に捉えていた。


 ガン!!!と音を立て、槌を防いだ剣。

 けれども、オトゥリアが魔力を込めたところで威力は槌の方が遥かに上だった。

 即死、骨折で済めばかなり運がいいだろうと言えるほどの威力で振り抜かれる尾の先端の槌。


 ドガガガガガッとオトゥリアのブーツが擦れる音が鳴る。

 剣を構えたままの体勢で、オトゥリアは砂塵を撒き散らしながら後ろに吹き飛ばされていたのだ。


 ───やっぱり。凄まじいパワーだ。


 オトゥリアはすぐさま縮地を発動させ、自分に向かって振り下ろされる鋭い惨爪の真下を潜り抜けていた。

 そしてその刹那。


「〝三段峡さんだんきょう〟ッ!!」


 ザシンッと快音が三つ。

 それと同時に、獄帝竜ヴェルミロスの腹部から鮮血が迸る。


 アリアドネがその場所を見ると、深く入ったオトゥリアの剣が巨竜の右後脚に深い太刀筋を与えている様子が伺えた。

 その傷は、あまりにも深かったのだろう。

 踏ん張れなかった巨竜は、そのまま倒れ込むようにして横に転がったのだ。


「アリアドネ!腹部はかなり柔らかいよ!

 今から外殻を割っていくから待ってて!!」


 そこから続け様に腹部に傷を与えていくオトゥリア。

 他の部位に比べると、腹部の外骨格のみさほど分厚くなく、刃が通りやすいのだった。

 けれども。

 古龍に準ずる強さを持つこの竜は、一方的に蹂躙されることを許さなかった。


 斬り刻んでいたオトゥリアに忍び寄る黒い影。

 左前脚が、その鋭利な爪が、背面からたちどころにオトゥリアを掠めたのである。


「オトゥリア!!!」


 アリアドネの絶叫が、周囲に木霊した。

 このままでは、オトゥリアは巨竜の左手に拘束されて───先程のアリアドネのようにその手によって地面に叩きつけられ、壁に激突、巨体に踏み潰される、尻尾の槌の直撃を受ける……などで悲惨なことになってしまう。


 そんな時に。


「私ごと撃って!アリアドネ!!」


 拘束されたオトゥリアの決死の叫びがアリアドネの耳に届くのだった。


「……!!」


 アリアドネは、険しい表情で魔力を溜めていた。

 彼女が魔力を構築して獄帝竜ヴェルミロスを攻撃し、オトゥリアを解放するのには数秒の時間がかかってしまう。

 その時間のうちにもしもオトゥリアが潰されてしまえば、彼女が見た未来は大いに狂うことになる。

 そんな中で。

 助けるためには───アリアドネはオトゥリアが指示をしたこの方法しか取れなかった。


「オトゥリア……辛いだろうけど我慢しなさい!

 〝青天霹靂サンダーボルト〟!!」


 獄帝竜ヴェルミロスの腹部のちょうど真上。

 そこから出現した魔法陣は、バチバチと雷の魔力を纏った重厚なものであった。


「穿てェ!!!!」


 アリアドネの絶叫。

 天を割いた雷は、小指の先ほどに細かった。

 けれどもそれは、魔力感知を用いればとても密度の濃い魔力。

 当たってしまえば、飛竜であっても即死するほどの強烈な雷の魔力が凝縮されていたのだ。

 と同時に、彼女は意識を雷の魔力と同一化させた。

 そして、オトゥリアに被弾することがないように精密に魔力の進路をコントロールしていく。


 ───絶対に……オトゥリアは無事で救い出すわ!


 アリアドネがオトゥリアに抱く感情は、彼女が気が付かないうちに、もう既に仲間や友人の類から超越したものとなっていたのだろうか。


 腹部を刺した雷撃は、オトゥリアに砕かれた外殻から体内に侵入し、身体を貫いていく。

 その衝撃に、獄帝竜ヴェルミロスは掴んでいたオトゥリアを離していた。

 転がったオトゥリアにアリアドネは駆け寄り───そっと抱き上げる。

 焦げた匂いが辺りに充満して、二人は顔を顰めていた。


 オトゥリアは黒煙に目を向ける。


「上手くいったかな?流石にこれで起き上がるなんてことは……」


 すると、アリアドネは長い息を吐きながら残念そうな顔を浮かべるのだった。


「正直なところ、これで終わりだと信じたかったんだけど……」


 言葉を濁した理由は明白だった。


「やっぱり……だね」


 黒煙が晴れ、快晴の空の眼がカッと開かれたのだ。

 あの魔法でも、巨竜は絶命しなかったのだ。


「次は、私に任せて。二度と起き上がらせはしない」


 そう言ったオトゥリアが纏う魔力は、存在感のある猛々しいものだった。

 足を大きく開き、地面が僅かに沈む。

 目の前の巨体を睨みつけ───そして。


「奥義……〝割天かってん〟!」


 魔力を込めた剣を、大きく引き絞りながら振り抜いた。

 途端剣先から放たれる、魔力によって作られた真空の衝撃波。

 彼女は目の前の獄帝竜ヴェルミロスのように身体能力だけで衝撃波を飛ばすなどという芸当は不可能だった。それでも、魔力を用いてならば衝撃波を飛ばすことが出来る。


 濃密な魔力で出来た刃が、ゴォォォォッと音を立てながら灼熱の地の帝王の眉間に吸い込まれるように飛んでいき、やがて鮮烈な閃光が走った。


 瞳は、挑んできた二人に賞賛の眼を向けているかのようだった。

 頭を真二つに割られた煉獄の主は、二人の強者を前に静かに地に伏したのだった。








 血の雨が降っていた。

 それは灼熱の大地に降り注ぐと、直ぐに蒸発してジュッと音を立てる。

 水分が飛んで残った固形成分も、新たなマグマの流れに覆われて隠れてしまった。


 壮絶な戦いを終えて、疲れきってはぁはぁと息をする二人の目の前で、「うぅっ……」と声をあげて目を開けたアルウィン。


「よかった……よかったよ……」と半泣きで彼を抱きしめるオトゥリアに対し、同様の感情をアルウィンに向けていいのかと思うアリアドネがそこにはいた。

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