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第53話 千棘雷雲

「アルウィン……どこにいるの!?」


 オトゥリアは必死に瓦礫を掻き分け、アルウィンを探し続けていた。

 背後でアリアドネがどうにか獄帝竜ヴェルミロスを足止めしてくれていることに薄々気が付いていたが、それでも彼女は手を止めない。


 ───今のアルウィンは崩落に巻き込まれて呼吸なんてまともに出来ていないはず。魔力も相当弱まっちゃってるだろうから、魔力感知だって使えないよ……


 けれども、彼女は諦めなかった。

 自分の掘り進めている所に必ずアルウィンがいる。

 根拠を説明することなど不可能だが、アルウィンが真下にいる気がするのだ。

 その確信だけを唯一の支えに、オトゥリアは掘り進めていた。


 必死に掻き出しても、10秒で数インチずつしか土砂を退けられない。

 もたもたしていたら、アルウィンの身は更に危険となるためオトゥリアは躍起だった。

 のだが……


 ───何かが……あった……!!


 掘り進めるオトゥリアの手が、硬いものに触れる。

 その周囲を掘り下げていくと、それはアルウィンの白鉄の剣の柄だった。


 ───やっぱり。アルウィンは近い。もっと奥だ!


 それと同時に彼女の手は、何故か段々と鉄臭くなっていった。

 退けた瓦礫に血が付着していたのだが、それはアルウィンのもので間違いなさそうだ。


 ───血の臭い……危ない。待ってて……!アルウィン!!


 更に掘り進めていくと───遂に。

 先ず彼女の視界に映ったのは、アルウィンの髪だった。

 そしてその下にあったのは───息が出来なかったのか、蒼白となってしまった整った顔である。

 口元は吐血で赤く染っていたが、目立った外傷は見えない。

 けれども、土砂を取り除いてやると、オトゥリアの目の前で、弱々しくも呼吸をし始めたのだ。


 ───よかった……!!生きてる!


 アルウィンの無事に安堵するオトゥリアは笑みを零す。

 けれども。

 その安堵の顔は、数秒後には失せていた。


「嘘……でしょ」


 それは、アルウィンを出すためにオトゥリアが掘り進めていたときだった。

 瓦礫の影から露わになった腹部が彼女の視界に入ったものはたった一つ、人間の頭部ほどの大きさの巨大な岩だった。


 大きく鋭い岩が、アルウィンの腹部を貫いていたのだ。そこからドクドクと流れ出すもので彼の衣類は濡れている。

 地面に滲み出た赤黒い液体が、刻一刻と彼の時間が失われつつあることを物語っていた。

 オトゥリアはその場に膝をつき、言葉を失った。震える手で彼の頬に触れる。


 今にも泣きそうな顔で、オトゥリアはアルウィンの全身を瓦礫の山から出していた。

 同様に、小さな破片が数カ所アルウィンに突き刺さっていたが、腹部ほど致命的な傷ではない。

 元々弱々しかった呼吸も、更に苦しそうになっているように彼女には感じていた。

 けれども。

 彼女は確りと止血を行い、丁寧に全ての瓦礫を取り除く。


「アルウィン……まだ苦しいかもだけど、ちょっとの辛抱だからね」


 彼女は携帯式魔法袋スペースポケットから上位回復薬ハイポーションを取り出していた。


 通常の回復薬ポーションに、増幅効果のある火竜の皮膜──彼女が53層で討伐したもの──を調合した薬品である。

 その蓋を開けると、彼女は中身を全てアルウィンの患部へと流し込んでいた。


 回復薬ポーションは、自然回復力を高める薬である。例えば、何週間も待たないと快癒しない骨折であれば数時間で元通りになり、魔獣にやられた内蔵の傷も一晩経てば完全に回復できるように自然回復力を促進させてくれる。

 けれども、それでは瀕死状態のアルウィンを回復させるには足りなかった。

 通常の回復薬ポーションでアルウィンが回復するまでの時間に、しっかりと彼が持ち堪えてくれるか解らない程に傷が深かったのだ。


 上位回復薬ハイポーションの効果は、即時回復である。

 火竜の皮膜の増幅効果によって、遥かに早いスピードで傷が塞がっていくのだ。


 最後の一滴まで彼の幹部に流し込んだ彼女は、ただただアルウィンに「まだ耐えて……お願いだから」と呟く。

 すると───光が射したように。

 目に見えて解る程の速さで彼の傷が塞がる光景が、彼女だけに映っていた。


 彼女は堪らず、彼の手を握る。


 と同時に、段々と弱々しかった呼吸の音が聞こえるようになってきた。

 顔色も徐々に良くなってきて、アルウィンの苦しそうな顔はまるで眠っているかのように和らいでくる。


 それに安堵したオトゥリアは振り返ると───アリアドネの戦いを見守ることにした。


 グワアアアアアッと響いた咆哮に負けじと魔力を展開していくアリアドネの姿。

 彼女の瞳に光が差す。


「〝千棘雷雲アッセンブルライトニング〟」


 叫んだその声は、オトゥリアの耳にも届いていた。


 巨大な魔法陣が三つ、空中に出現する。

 息を呑むオトゥリアと、冷静なアリアドネの姿。

 次いで、その魔法陣の中心から、突如として小さな雷光が走る。

 最初は細い閃光が幾筋も放たれ、まるで雲間から零れる光のように空中を舞った。

 しかし、瞬く間にその数は増え、光は細かな糸となって次々と降り注ぎ始めたのだ。


 それは、雷だった。

 それぞれの魔法陣から止めどなく放たれる青白い光がまるで雨粒のように空間を縫い、鋭い音を立てて地面や溶岩に触れるたび、バチッと火花を散らす。

 そして勿論、空から降る雷の矢が、まるで神罰であるかのような堂々たる音で空気を切り裂き、獄帝竜ヴェルミロスの外殻を襲っていった。

 その雷の棘の一本一本は儚くも小さいが、その密度は圧倒的で、降り続ける光の雨はまるで雷雲がそのまま溶岩洞の中に降りてきたかのようだった。


 しかし、獄帝竜の外殻はアリアドネの放った雷を寄せ付けないほど分厚かった。

 僅かに焦げている箇所があるものの、彼女の攻撃にダメージを負っていないようにしか見えなかったのだ。


「せっかくの魔力の割にダメだったのかしら……」


 口惜しそうな表情でそう呟くアリアドネ。

 けれどもオトゥリアの目からは、既にアリアドネに傷を付けられた外殻のみ焦げたことから、攻撃が通っているのではないかと考えていた。


 オトゥリアは剣を引き抜いた。

 そしてアルウィンを一瞥し、「行ってくるね」とだけ伝えるとアリアドネの横に立ったのである。

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