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第49話 溶岩洞での再会

 92層のマグマの川の中洲にて。

 地面を砕きながら飛び出て、アルウィンらを睨んでいたのは石炭のように燃える二十の瞳だ。


 蛇型の地竜が十体、彼らを取り囲むように出現したのである。


 けれども、数秒後には───その瞳の奥の炎はあまりにも呆気ない最後を迎えることとなった。


「「シュネル流!〝凪風なぎかぜ〟!!」」


 まるで時が止まったのかと錯覚するほどにしいんと静まり返る静寂。そんな中で、アルウィンとオトゥリアの声だけがアリアドネの耳に聞こえていた。


 白銀の剣閃が二つ、左右で煌めいていた。

 彼女の心臓がドクンと一つ鳴る。

 そんな時にまたも左右から血飛沫が飛び散り───左右にいた二体が仰け反りながら倒れて動かなくなったのだった。


 その瞬間に、周囲の音が忘れていた時間を取り戻す。

 アルウィンとオトゥリアが地を蹴った音に合わせ、アリアドネもゆっくりと魔力を練り上げていく。


 そして。


「〝辻風つじかぜ〟!!」

「〝翠嶂すいしょう〟!!」

「〝水穿銃フラッシュフラッド〟!!」


 アルウィン、オトゥリアの斬撃と、アリアドネの魔法が見事に炸裂したのだった。

 巨体を持つ地竜たちは、飛び散る自身の血飛沫に気が付かない。

 オトゥリアの剛剣は一撃で二つの首に太刀傷を与え、アリアドネも高速で飛ばした高圧の水の弾丸で二体に再起不能の傷を与えていた。

 けれども───地面から現れた巨竜らの群れは、やがてゆっくりとマグマの海に倒れ込むと動かなくなる。


「かなり速かったね!」

「お疲れ様」


 互いに労い合う。

 彼らが倒したのは、地竜の中でも火山に生息する溶岩竜という種類の竜の群れだった。

 その姿は蛇から短い四肢が生えたかのような骨格で、マグマの中や地中を泳げる骨格を有している竜だ。


 アルウィンの討伐した個体は地表に出している腹部から頭の天辺まで40フィート程度はある。全長ならばその2倍は優に越えていそうなものだが───丁度よくマグマの川に橋を架けるように倒れて絶命していた。

 その身体を伝いながら、彼らは対岸へ到着して下層へと足を進めていくのだった。








 現在騎士団の面々が攻略に成功した95層までの全ての層は総じて下り坂になっていた。

 92層ほどの巨大な空間ではないが、全ての層が反時計回りやや彎曲した形の空間で下降していく、螺旋状の構造が連綿と続いている。


 灼熱の空気と、襲い来る魔獣はは彼らの足取りをだんだんと重くしていった。

 アルウィンは懐中時計を見る。

 彼らが95層、現在騎士団が攻略できた最後の層に彼らが訪れたたときは二十二時頃であった。

 95層の終着点では、ある人物が彼らを待っていた。


 長い前髪を丁度よくセンター分けにした、焦げ茶色の髪の騎士。

 その騎士は、アルウィンとオトゥリアを見ると「久し振りだ。よくここまで来たな、お前ら……」と嬉しそうに言葉を漏らしたのだ。


 その声に、オトゥリアは相手が誰だったのか理解してぽかんと口を開けていた。

 一方のアルウィンは、その騎士の声を聞くなり、即座に追想にふけっていた。


 彼が思い出したのは、どうにか追いかけようと思った前を往く馬の背中を見る景色。

 そして、制圧したヤノシック盗賊団の拠点と、共に見下ろした本物の戦というもの。

 その騎士の男は───かつてアルウィンの初陣に参戦したシュネル流剣士のエウセビウだったのだ。


「エウセビウ……!?」


 よろよろと歩み出したアルウィンだが、「なんでここに」というセリフは彼の喉の奥でつっかえて口から出てきてくれなかった。


 エウセビウはヤノシック盗賊団討伐戦の後に更なる活躍を求め、オルブルのもとを去って傭兵団を結成した。


 ───それなのに、なぜ騎士としてここに居るんだ!?


 湧き上がる疑問を口にしようとしたアルウィンだが、それを遮るようにエウセビウは言葉を発する。


「よく頑張ったよ。もう時間もかなり経っているだろう?無理してないか?」


 アルウィンらを気にかける声は、何故かとても優しかった。


「エウセビウさん……なんだよね?」


 オトゥリアの声は、涙が入り交じったものだった。

 エウセビウは、オトゥリアの母方の叔父である。

 久し振りに再会した血縁者に、様々な感情の溢れがあったのだろう。

 エウセビウの胸に顔を突っ込んで泣き叫ぶ彼女の声を、アルウィンとアリアドネが見つめていた。


 けれどもアリアドネは、何故かエウセビウの存在を怪訝そうな、いや、警戒しているとも言えるような表情で視界に焼き付けている。


 それに気が付いたアルウィンが「なんでそんなにシケた顔をするんだよ」とオトゥリアとエウセビウの空気を壊さないように小声で言葉を発した。

 すると、アリアドネもアルウィンにそっと耳打ちをする。


「あの男……私は好かないわ。嘘ばかりに見えるし胡散臭い」


「……は!?」


 その発言は、アルウィンにとって衝撃そのものだった。

 何故ここに居るのかは解らないが、それでもシュネル流の先輩騎士であるエウセビウ。同門を怪しいと言われ、アリアドネに対して込み上げるのは唯ならぬ怒りだった。


「どうしてだよ!エウセビウをなんで怪しむんだ」


 小声で反論するアルウィンにアリアドネは軽蔑の表情を浮かべると、「あんただって……何か思うところはあるはずよ。聞いてみたらいいじゃない。先輩剣士のはずでしょ?」と返す。

 アリアドネは、アルウィンもエウセビウに気掛かりなことがあることを察知していたようだ。


 その言葉に、じゃあやってやろうじゃないかとやる気に火がついたアルウィンはエウセビウに向き直る。


「……エウセビウ」


「お、何だ?アルウィン」


 エウセビウはオトゥリアを離すとアルウィンに身体を向けた。


「お前は、騎士になれる実力が既にあるのに、規律だらけの騎士じゃ思う存分羽を伸ばせないと言ってわざわざ傭兵団を結成したはずだ。

 それなのに何で、今のお前は騎士になって95層の終着点を守る任務にいるんだ?過去の発言と矛盾してないか?」


 傭兵を行っていたはずのエウセビウの行動は釈然としない。

 そんなアルウィンの疑問に、エウセビウは口を開く。


「規律だらけだがな、安定した収入が欲しいと思ったからだ」


 その言葉に、まるで雷霆が身体を駆け巡ったかのような衝撃を受けたアルウィン。

 彼はエウセビウ言葉に度肝を抜かれて目を見開き、やがて力のない声で「……なるほど」とだけ返す。

 それが精一杯だった。


 ───アリアドネが……正しいな。


 彼のアリアドネに対する怒りは消えていた。

 そして残ったものは、アリアドネの観察力の高さの賞賛とエウセビウへの猜疑心だった。

 エウセビウを知らない人物が聞いたら、安定した収入が欲しいという話をまともに信じてしまうことだろう。

 しかし、アルウィンはエウセビウの傭兵としての活動を噂程度には知っていた。

 盗賊狩りの異名を持つ同門のルクサンドラは国内各地に派遣されて盗賊を討伐しているため、ある程度情報を齎してくれるのだ。


「傭兵暮らしじゃ、稼ぎが不安定だからな」


 ───嘘だ。エウセビウは金の匂いに敏感なんだ。傭兵活動の募集を嗅ぎ分けて相当稼いでいたのがエウセビウなのに。

 傭兵暮らしでも安定して金を稼ぐ力があるのにも関わらず、騎士の仕事をしている。

 とすると、騎士をやることで金銭面以外のメリットがあるはずだ。


 アルウィンは、エウセビウを睨む。


 ───エウセビウが騎士になってこの迷宮に派遣されたと仮定してどんなメリットがあったのか。


 ちらりとオトゥリアに目線を向けるが、彼女はエウセビウの怪しさに気が付いていないようだった。


 ───エウセビウならばシュネル流剣士ということもあって白兵戦なら相当な実力者だ。オレの初陣の時は目立った戦果が無かったけど、そのあと各地に出て活躍していったって聞いてるし……

 迷宮で生み出される莫大な利益を横領出来る、とかがあればあいつは傭兵を辞めて騎士団に入る可能性もあるな。


 かつての仲間だが、この男が傭兵生活で金欲に溺れたと結論付けるのは時期尚早だろうか。

 以後、アルウィンはエウセビウがこの迷宮内でそれなりの立場のある人物なのだろうとさらに考察を進めていく。

 しかし、アルウィンが最後に導き出した結論は「エウセビウが他の同門に迷惑をかけないようにシュネル流の身分を隠して迷宮の重要職に就き、横領を行っている」という、同門のエウセビウをそこまで疑いたくはないという甘い考えに基づいたものだった。


 彼は、オトゥリアやエウセビウ本人の前でこの推察の末路をアリアドネに伝えることが出来なかった。

 エウセビウは3人に、昨日使った70層の場所を使って寝泊まりするように指示をすると、転移盤ワープポイントに飛び乗ってどこかへと飛んで行ってしまう。


 久しぶりに親戚に会えて嬉しそうなオトゥリアと、猜疑心の抜けないアリアドネ。

 そして、同門のエウセビウの負の側面をこれ以上見たくはないアルウィンの苦しそうな表情。


 迷宮は、残り5層だ。

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