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第48話 蹄鉄!?バウムクーヘンだろ!

「何処だよ、ここ!!どうしてこうなった……!!」


 暗闇の中で、アルウィンはまるで絶叫のように叫んでいた。

 洞窟内に巣食う魔獣を悉く討伐してきたアルウィンら三人。

 けれども今はアルウィンただ一人で、今はどの層にいるのか、全く見当がつかない状態であった。


 身体はどんどんと落下していく。

 なぜ、こんな状況になったのか。


 それは、数分前に遡る。

 彼らが82層で螻蛄けら竜という、中型の地竜型飛竜の大群と戦っていた時だった。

 魔法で殲滅しようとしたアリアドネを護るように最前線で剣を奮っていたアルウィンとオトゥリアだったが───放たれた魔法が不幸にも、洞窟の崩落を促してしまったのである。


 その崩落地点が、問題だった。

 アルウィンは、別段崩落に巻き込まれて落ちたノロマというわけではない。

 崩落の範囲から直ぐに避難できたものの、その穴に興味を持ったのがアリアドネだった。

 どうやら、彼女は魔力探知で穴の底の近辺でうごめく魔獣の魔力や流れるマグマの熱気を感じ取ったらしい。


「あら……この下、何層かは解らないけど……迷宮のショートカットになりそうね」


 まるでわざと穴を開けたかのように、彼女は何か企んでいそうな視線をアルウィンに送る。

 それを聞き、攻略を急ぎたいオトゥリアは目を輝かせていた。


「やっぱり!?調べるために一応、誰か降りてみようよ」


 オトゥリアの声に続け、「じゃあアルウィン、行ってらっしゃい」と彼に行かせようとした悪い顔のアリアドネ。


「おい。オレは……」


「高所恐怖症だ」と言おうとした彼の声を遮ったのは、オトゥリアの「そうだね!アルウィン、行ってらっしゃい!」という容赦のない言葉。


 聞いた途端、アルウィンは青ざめる。


「待てよ……オトゥリア」


 落下の衝撃は魔力を用いれば何ともないため、落ちて死んだり怪我をすることが怖いという訳ではない。

 落下時の内蔵がふわっと浮くような感覚も、あまり苦手ではなかった。

 しかし何故か、崖などの高所から眼下を見下ろしたときや飛び降りるときに、自分の居る位置のあまりの高さに目眩を覚えてしまうのだ。


「無理だ。怖いもんは……怖いんだ。オレと一緒に降りてくれるってんなら考えるんだが」


 彼が高所恐怖症を理由に逃げようとしても、「アルウィンが苦手なのは落ちる時の光景だけだよね?大丈夫だよ。真っ暗なんだから!」と言われてしまい逃げ場は塞がれる。


 それでも彼はどうにか逃げ道を作ろうと色々な理由を付けたのだが、焼け石に水とはこの通り。

 オトゥリアとアリアドネに言いくるめられて、最終的に穴に飛び込むようになってしまったのだ。

 身には、アリアドネが草魔法で作り出したロープを括りつけて。

 もし着地に失敗してもいいように、身体全体に魔力を行き渡らせる。


 そして、涙目のアルウィンは満面の笑みの二人に見送られて暗闇へと飛び込んでいったのだ。







 ………………

 …………

 ……







 魔力を足に纏って着地したため、落下の衝撃はほぼ無いに等しい。

 周囲に魔獣の影などもなく、遠くに2,3体の赤い蛇のような生物がうごめいているが、それだけだ。


 ───やっぱり、マグマの中か。


 運良くマグマの川の中洲に着地出来たアルウィンは、周囲のあまりの暑さに苦笑いを浮べる。


 ───この中洲は幅が10ヤード程度はあるな。あの二人が降りてきても特に問題は無さそうだ。


 彼は直ぐに天井から伸びるロープを手で掴むと、小さくグイッグイッと引っ張って上の二人に合図を送った。


 すると、暫くの後にオトゥリアとアリアドネが同じように落下してきた。

 オトゥリアはアルウィンと同様に足に魔力を込めて着地したが、アリアドネは風魔法で落下速度を緩めながらゆっくりと着地する。


「良かったな、降りてきた場所が安全な場所で」


 そんなアルウィンに、周囲を観察していたオトゥリアが返す。


「上手くいったね。多分……ここは92層の灼熱廻廊ってところだと思う」


 そう言ったオトゥリアは手記を取り出すと、ページをぺらぺらと捲って「あった!」と叫ぶ。

 彼女の指は、92と書かれた数字の下にある、馬の蹄鉄のような形をした絵を指差していた。


「92層は凄く広いんだって。入り口から出口まではずっと下り坂になってて、だいたい8マイルくらいの距離を歩かないと出口に辿り着かない。

 あと、こんな風に蹄鉄……!?どっちかって言うとバウムクーヘンみたいな形だと思うけど……まぁ、この層がそんな形をしているから廻廊って呼ばれているんだろうね」


 オトゥリアの指した箇所には、入口から出口まででかなりの高低差があると表記されている。

 上から見ると蹄鉄、もしくはバウムクーヘンのような形状であるが、入口から反時計回りに弓なりである地形は巨大な坂道であった。


 ───蹄鉄じゃなくて、確かにバウムクーヘンの方が似ているか。


 アルウィンは口を開く。


「ところで……今の位置はどのくらいだ?」


 流石は王国騎士団と言うべきか。

 地図にはマグマの流れの情報まで、精密に描かれていたのだが───似たような中洲の箇所が多く、どこに立っているのかが判然としないのだ。

 オトゥリアも「マグマの中の中洲は沢山あるからわからないなぁ」と溜め息混じりで答えている。


「現在の場所が判らなくとも、ここは迷路ではない上に入口から終点までずっと勾配が続くわ。だから……斜面を下っていけばいずれかは93層に到達出来るはずよ」


 もっともらしいことを言ったアリアドネ。


「判別つかないのならまあいい。下ればいいんだろ」


 ぶっきらぼうな口振りでそう言ったアルウィンに、「まあそうだよね」と従うオトゥリアとアリアドネ。


 だが、しかし。

 歩き出した彼らに、ゴゴゴゴゴゴゴゴッといきなり地響きが襲いかかったのだ。


「!?」


 途端、重心を低くして身を屈めるアルウィンとオトゥリア。

 地面の振動にはそのように素早く身体を屈ませて周囲を警戒することがいちばん重要なのだという教えは全ての流派の基礎段階にあるものだ。


 けれども。

 勿論、剣術を基礎ですら習得していないアリアドネにこの行動は理解できないものだろう。

 オトゥリアは呆然としていたアリアドネに、直ぐに同じような真似をしろと目線で語る。


 アルウィンは身体を低くして、素早く剣を引き抜いていた。

 いつでも地面を蹴られるように右足の爪先部分に魔力を溜め、どこから魔獣が現れても即座に対応出来るように睨みを利かせている。


 魔力感知を発動させると、地面の下からは微弱ながらも動く魔力の塊が感じ取れる。

 その魔力は段々とアルウィンに近付き、反応が濃いものになっていく。

 魔力反応の増大に比例するように、強くなる振動。

 気がつけば、その魔力反応と振動は彼らの周囲五箇所から発せられていた。


 その振動が最高潮に達したとき。

 アルウィンは思い切り大地を蹴り、大きく息を吸い込んだ。

 同様に、オトゥリアも低い体勢のまま、意識を集中させる。


 ドガガガガッと響いたのは、地表が割れた音。

 周囲は、地中から飛び出た破片に黒く染まっていた。


「「シュネル流!〝凪風なぎかぜ〟」」


 アルウィンとオトゥリア、2人の声がした。

 その声は何故か、周りの崩れる音に遮られることなく、やけにハッキリと聞き取れたアリアドネ。

 彼女の眼には、無音のまま放たれた白銀の閃光だけが見えていた。

 彼女の息を飲む音と、静寂であるが故に聴こえる鼓動の音。

 その鼓動に、息を呑んだアリアドネはゆっくりと魔力を溜めていく。


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