「上手くいったな」
「ねっ!!」
「いったわね」
もう動かない
「まあ、あたしを信じてくれればどうにもなるわよ」
アリアドネはそう言って、ニヤリとアルウィンに目を向ける。
「それを言える程の実力もあるしな。魔法の威力がとんでもなくてビックリしたよ。
オレ、風魔法は中級までなら幾つか使えるんだけど、あそこまでの威力は無理なんだよな……」
溜息に似た声。
「アルウィンは魔力はかなりあるのに中級魔法までしか使えないから勿体ないわ。
ま……あんたが頭を下げて教えを乞うんなら今度教えてやってもいいわよ」
「随分と上から目線の物言いだな……」
そう呟いたアルウィンはジト目でアリアドネを睨む。
そんな中───抱擁を解いたオトゥリアは空いた扉の先、次層への順路を見つめいた。
「次層は80層で、そこからは洞窟だね。色々な鉱石があるらしいんだけど、ここまで来れる人は限られているから、力のある冒険者だけがそれを採掘できる権利を持っているんだって」
オトゥリアに、アリアドネが静かに身体を向ける。
「ここが採掘エリアと呼ばれる80層への関門だったのよね?」
「ここを突破しないと採掘エリアには進めないから、鉱石を狙うような冒険者にとってはここが最難関の関所になるんだろうね。
確か、騎士団もここを突破するために三ヶ月かかっているらしいんだ」
その三ヶ月という言葉に、アルウィンは目を丸くする。
「その三ヶ月間を一撃で終わらせたアリアドネは規格外だな。あれは確か風の大魔法だけど、威力が大魔法の枠を超えているし……」
「そうね、威力だけなら特級魔法に分類されてもおかしくはないわ。
威力を高めるために魔力を過剰に使ったから」
得意気な顔で、アリアドネはそう言ってのけた。
───魔法は、込める魔力を高めると威力を上昇させることが出来るんだよな。アリアドネは相当の魔力を込めたのか。
「残像魔力量はどのくらい?」
「大丈夫よ。1割程度しか使ってないもの」
「あそこまで威力を高めたのに1割って……お前、本当にとんでもない戦力だな」
「褒められているのかしら?無駄なく魔法を撃っているだけよ」
「無駄なく?」
「えぇ。折角だからあなたの魔法を詳しく見てみたいわ。アルウィン、なにか適当な魔法を放ってみて。残存魔力を考慮して威力は低めでも大丈夫よ」
そう言ったアリアドネに、アルウィンは頷き───
「解った。じゃあ行くぞ!〝
途端、アルウィンの手の先に展開された青白い輝きを放つ魔法陣。
そして、そこから小さな氷塊が五つ出現したかと思うと一秒程で5インチほどの大きさに変貌する。
「五つ!?凄い…!」
感嘆の声を漏らすのはオトゥリアである。
つい数時間前までは三つまでしか同時に展開できなかったアルウィンの氷弾。
彼はより一層集中して、精密に魔力操作をしようと必死なのだ。
程々の大きさに育ちきった氷弾。
目をカッと見開いたアルウィンは
途端、ドガガガガッと雹が家の屋根に打ち付けられたかのような音が響き渡り、それと同時にキラキラとした白煙が周囲を薄く覆う。
氷の霧が晴れる。
すると、
蜘蛛の巣のようなヒビが五箇所、装甲を粉々に砕いた綺麗な円形で形成されている。
氷弾は
「おおっ。凄い!」
またもやアルウィンを褒めるオトゥリアに、ニンマリと笑みを零すものの、彼はアリアドネの発言で頭がいっぱいだった。
「アリアドネ、評価は?」
「剣ばっかりの今のアルウィンに期待はしていなかったけど、やっぱり精密さには欠けるわね。
まだ褒められた魔力操作ではないけど、如何せん込められた魔力が高いからか……威力はそこそこよ」
「一言余計だぞ。でもそうだよな。どのくらい精密さが欠如していたんだ?」
「7割よ」
その言葉に、アルウィンは目を丸くする。
「はぁっ!?」
「アルウィン、あんたは込めた魔力量のうち3割しか使えてないのよ。
あんたは魔力で身体を覆う方法しか学んでないから仕方ないと言えば仕方ないわ」
「やっぱ……身体強化と魔法は違う魔力の扱い方なのか」
呟いたアルウィンに、アリアドネは「そうよ」と返す。
「魔力を魔法や付与として身体の外部に放出する時に、残念ながら全ての魔力がきちんと思い通りに放出されないものなのよ。
魔法ひとつ放つにも、操作が精密じゃないと対象の魔法に魔力を注ぐときに空気中に魔力をかなり逃がしてしまう。
アルウィンの状態は、魔法に込められている魔力が3割で、空気中に逃がしてしまった魔力が7割ってことね。魔法を放つ時も魔力感知は怠らずに集中するべきよ」
「いや、5つ出すだけでも相当集中力を使ったのに更に制御しろだと…!?
魔法、ごちゃごちゃしてて難しいな」
「確かに、あたしに追いつくのは修羅の道ではあるわ。だけどアルウィン。あんたは確か氷と風魔法をもう使えるはずだし、総魔力量はあたしと遜色ないでしょう?訓練次第で魔法使いとしても相応の実力を有せるはずよ」
そう言ったアリアドネに反応したのはオトゥリアだった。
「アルウィンは魔法とシュネル流の両刀使いになれるのかぁ……」
彼女は顔を輝かせていた。
今までは、自信を目標に剣を磨いてきたアルウィンが、アリアドネから魔法を学ぼうとして、更に強くなろうという姿勢を見せたからだ。
「両刀か。オレの左手は確かに空いてるな」
だが、オトゥリアの黄色い声援に似た感情に気付かないアルウィンは左手をまじまじと見つめている。
「あんたの左手の魔力回路はまだまだ細い上に貧弱ね。だけど、魔力回路は人間なら18歳までは成長すると言われているわ。あと2年で回路を太く出来れば、あんたはよりいっそう強くなれるのよ」
「そうだな。騎士を目指す以上、魔法も強いと便利かもしれないしな」
そのアルウィンの言葉に、「騎士……ねぇ……」と言葉を濁したのだったが───しばらく考えた末に、彼女は「まあいいわ」と僅かに笑った。
「あっ……あんたがどうしてもと言うなら、魔法について教えてあげても……いいのよ。どうしてもっていうならね?」
しかし、アルウィンは彼女から目を逸らす。
「魔法を使えるようになりたいから教わりたいんだけど、勿体ぶった感じで言われるとなぁ……」
「……え!?」
揶揄うようなアルウィンの表情だが、アリアドネには見えていない。
「アリアドネには劣るだろうが、騎士団には魔法を使える人間は沢山いるだろうしな。戦い方なんて教わり放題かもしれないし……風魔法と氷魔法ならゼトロスから学べばいいよな」
「ちょっと……アルウィン、待って」
アリアドネの言葉は届かない。
踵を返し、つかつかと去っていくアルウィンを追いかけるのは───オトゥリアだった。
アルウィンの表情を覗き込むと、直ぐに彼女の手が動く。
ぴしゃりという音が部屋を震わせた。
「ぶっ……」
「馬鹿っ!私以外の女の子の気持ちだって解ってあげてよ!」
アリアドネが見ていたのは、左頬を赤くしてそのまま床に倒れ込むアルウィンと、声を荒らげたオトゥリアの姿である。
「アリアドネ、気に病まなくていいよ。アルウィンが揶揄っていただけだから」
そう言うなりアリアドネに抱きついたオトゥリア。
アリアドネはオトゥリアの圧に挟まれ、少し苦しそうな表情を浮かべる。
「アルウィンは人をよく揶揄う癖があるよ。今回は結構悪質だったね。いつか慣れるとは思うけど、気に病んだらいつでも私が助ける」
そう言うオトゥリアに、アリアドネは安堵の表情を浮かべて目を閉じたのだった。