ピンポーン。師走を迎えたばかりのある日、来客を知らせるチャイムが鳴った。タツオがキッチンにいる母親の方を見ると、夕飯の準備に忙しく気づいていないようだ。リビングでゲームをしていたタツオは、自分でお客さんの対応をするんだと、テレビとゲームの電源を切り玄関へ走っていく。そこに居たのは、灰色の作業服を着た太めのおじさんだった。
「おう、サンタだけどよ」
「サンタってサンタクロースのこと?」
タツオはびっくりした。そして、自分の知っているサンタとあまりにも違う風貌に、疑いの目を向けた。
「赤い服は着ないの?ひげは?トナカイとかは?」
「ああ、そりゃプレゼントを配る方だろ。俺はもらう方」
「もらう方?」
作業服サンタの言葉の意味が理解できず、タツオはオウム返しした。サンタは「そうそう」とタツオにうなずきかける。
「プレゼントを配るったって、どっかからもらってこなきゃいけねえだろ?だから、配る方のサンタもいりゃ、もらう方のサンタもいるってわけだ」
サンタの言っていることはもっともだったが、タツオは釈然としなかった。もちろん、自然とどこかでプレゼントが湧き出していると思っていたわけではないが、見たくもない手品のタネを見せられたような気分だった。
「まあ、そりゃさ。サンタって言ったら配る方の印象が強いのは分かんだよ。プレゼントをもらえりゃ誰だって嬉しいからな」
サンタは肩をすくめてみせる。
「でもそれは俺たちがプレゼントをもらってくるから配れるわけでさ。プレゼントがもらえなきゃ、ホッホッホー、メリークリスマスとか言って愛想振りまかれたって、子どもたちも喜びゃしねえさ。そうだろ?」
「うーん、どうだろ」
タツオはプレゼントをくれないサンタのことを想像してみた。ただ赤い服を着て、トナカイにそりを引かせ、空から飛んでくるおじさん。言われてみれば、そんな人にメリークリスマスと挨拶されるだけだったら、ちょっと怖いかもしれない。
「ま、俺には関係ねーけどよ」
ぼそっとつぶやいたサンタの言葉で、タツオは想像の世界から引き戻された。そして不意に浮かんだ疑問を、サンタにぶつけてみる。
「おじさんは配る方のサンタはやらないの?」
するとサンタは苦い顔をした。
「前はやってたんだけどな。そりで着陸するときに、たまたま突風が吹いてすっ転んでよ。それで危ないからってサンタ協会に止められて、次の年からもらう方に回されたんだ」
「おじさんも大変なんだね」
タツオは同情した。こんなおじさんがサンタなんて、最初はひどい冗談だと感じたが、今ではすっかりもらう方のサンタを受け入れていた。
「それで僕のうちに何の用なの?」
そうタツオに問われたサンタは、ぽんとひとつ手を打った。
「そうだそうだ。忘れるとこだった。さっきも言ったけどさ、俺はもらう方のサンタだからよ。プレゼントをもらわなくちゃいけねえんだ」
「でも、僕はなにもあげられないよ」
さっきまで遊んでいたゲームを取り上げられるのではと、タツオは不安になった。しかし、サンタはそんなタツオの心配を笑い飛ばす。
「いや俺だって、さすがにお前さんみたいな子どもからプレゼントをもらおうとは思っちゃいねえよ。実はさ、今までプレゼントをたくさん提供してくれる大金持ちがいたんだけどさ。そいつがもうやめるって言い出したんだ」
「もうお金がなくなっちゃったのかな」
タツオはその大金持ちのことを心配した。しかし、サンタはそれをきっぱり否定する。
「いや、金はある」
「じゃあひどいね。子どもたちがサンタさんからのプレゼントを待ってるのに」
今度は怒りを覚えたタツオだったが、サンタはそれも違うと話す。
「子どもへはちゃんとプレゼントが届くんだ。そいつがタイガーマスクだとか手紙を添えてな」
サンタがタイガーマスクに変わると、何かいいことがあるのだろうか。タツオは首をかしげた。
「それって何か意味あるの?」
「要はサンタ経由じゃなくて、自分でプレゼントしたくなったってこった。それにタイガーマスクからだよーってやると、テレビとかで話題になるからな」
そういえば、そんなニュースを見たことがある気がするとタツオは思った。でも、なんでタイガーマスクなのかはやっぱりわからない。
「それなら、ちゃんと自分の名前で出せばいいのにね」
「まあ、そりゃあれだ。このプレゼントをしたのは俺だって、自分だけ分かればいいんだろ。承認欲求はあっても、そこまで強くねえんだ」
サンタの話がよく理解できないので、タツオは難しい顔をしたまま固まってしまった。サンタはタイガーマスクから話を戻す。
「それでよ、今までプレゼントをくれてた大金持ちがだめになっちまったから、ほかにくれるとこがねえか探して回ってるんだ。この辺って金持ちの多い、いわゆる閑静な住宅街だろ?」
「うん。でもうちは無理かな。お母さんいつも、お金がないって言ってるもん」
家のローンが大変で、何かにつけて金がないと言う母親のことを思い浮かべ、タツオは悲しくなった。
「そうか。でっかい家のわりに貧乏なんだな」
「でっかい家を建てたから貧乏なんだよ」
タツオは少しムっとして言い返した。自分で言うのはいいが、人に貧乏だと言われるのはいい気がしない。
「それじゃあよ、どっか大金持ちのうち知らねえか?大金持ちって言っても、自分のためにしか使わねえようなケチはだめだからな」
「そんな人いるかな?」
カズくんちは大金持ちだけど、家族そろってドケチだし、カケルくんちは大金持ちってほどでもないんだよなぁ。タツオは誰かいないかと頭を巡らす。すると、ある老人の顔が浮かんだ。
「竹原さんなら引き受けてくれるかも」
「おお、いるのか、プレゼントをくれそうな人」
サンタは笑顔を見せた。タツオは竹原さんについて、思い出せたことを話していく。
「うん。うちを出て右にまがってずっと行くと、瓦屋根の家があるんだけど。そこのおじいさんは、絶対めちゃくちゃお金を溜め込んでるって、近所の人が噂してた」
「へー、金持ちばっか住んでるとこでも金の話をすんだな。おかげで助かったぜ」
サンタは感謝して笑みを見せたが、このあたりの人は金に汚いと言われたようで、タツオは素直に喜べなかった。そんなタツオに、
「じゃあ行くか」
とサンタが声をかけるので、
「え、僕も?」
と、タツオは驚いた。竹原さんのことを説明し終えて、もうサンタをお見送りする気分になっていたからだ。
「そりゃお前さんにも来てもらわないとな。こんなおっさんより、お前さんみたいな子どもが頼んだ方が、その竹原さんも、はいよろこんでってなるだろ」
「そうかな?」
「そうだ。間違いねえ」
サンタが自信ありげに言い切るので、タツオはもう少しサンタを手伝う気になった。
「うーん、わかった。じゃあ行くよ。おかーさーん、ちょっと出かけてくるー」
タツオは部屋の中に呼びかけた。返事はなかったが、「たぶん大丈夫だよ」とタツオは靴を履いて、日の暮れかかる通りへ出た。
「コートとか着てこなくていいのか?寒いだろ」
薄着のタツオをサンタは心配したが、
「ううん、大丈夫。子どもは風の子だからね」
と、タツオはサンタの前に出て、竹原さんの家を目指し歩き始めた。そしてせっかくサンタに会えたのだからと、サンタの方を振り返りながら、ずっと気になっていたことを聞いてみることにする。
「そういえばサンタさん、えーっと、配る方のサンタさんって、毎年いつうちに来てるのかな?いつも待てずに寝ちゃうんだ。配る順番が遅いのかな?」
「ん?配る方のサンタは、お前さんちには来ねえよ」
「え?」
意外な答えに思わず声が出た。サンタは、それを話が理解できなかったからとでも思ったのか、かみ砕いて説明する。
「親とかプレゼントをくれるヤツがいる子どもは、そいつからもらえばいいだろ?だからサンタは、プレゼントがもらえねえ子どもたちのとこへ行くんだ」
「そうなんだ……」
「ん、どうした?」
急に表情が陰ったタツオを気づかうサンタに、「なんでもない」と答えてタツオは前を向く。配るサンタの来る時間が分かれば、その時間まで起きていて会いたいと思っただけなのだが、思わぬ事実を知らされてしまい、タツオはショックを受けた。
そのあとは、ふたりとも黙ったまま歩いた。といっても、竹原さんの家までは数分で着いた。
「じゃあ、頼んだぞ」
「うん」
サンタに促され、タツオは玄関のチャイムを押す。ドアフォンでまず話すのだろうと構えていたが、玄関の引き戸が開いた。
「おや、何かな?」
姿を見せた小柄な老人は、タツオとサンタを交互に見る。それが竹原さんだった。サンタを見るときの目つきが、やけに鋭いとタツオは感じたので、
「あの、怪しい者じゃないんです」
と、慌てて話を始めた。
「僕は近所に住んでいる鈴木タツオで、こっちの人はサンタさんで、クリスマスに子どもたちに配るためのプレゼントを集めているんです」
それを聞いた竹原さんは、また鋭い目でサンタをじっと見つめた。サンタは緊張感のない様子で、その視線をまっすぐ受け止め続ける。タツオは自分の言ったことを信じてもらえただろうかと、ドキドキしながら竹原さんの言葉を待つ。
しばらくして、竹原さんは口を開いた。
「そうかね。そういうことなら、ほら」
ゆっくりとした動作で、竹原さんは財布からキャッシュカードを出した。びっくりしたタツオは思わず叫ぶ。
「だめだよ、すぐに人を信用しすぎだよ!」
「そうかい?」
「僕たちが詐欺師だったらどうするのさ」
「詐欺師なのかい?」
「違うけど……」
タツオがうまく返事できずにいると、サンタは落ち着いた調子で話しかける。
「すまねえけど現金とかはだめなんだ。プレゼントは現物じゃねえと。サンタ協会の決まりでね」
「おや、なんと。でもプレゼントを買いに行くのは難しいねえ」
ゆっくりキャッシュカードをしまいながら、竹原さんは困り顔をした。
「まあ、ネット注文して送ってもらえりゃいいんだ。前もそうしてもらってたし」
「パソコンもねえ。難しいことはよく分からなくて」
そう言われて、サンタも渋い顔をする。
「弱ったな……」
重い沈黙が流れ始めたが、長く続くことはなかった。ふたりの様子を見かねて、
「じゃあ、僕がやるよ」
とタツオが立候補したのだ。サンタは驚いてタツオの方に目を向ける。
「いいのか?お前さんも学校とかあるだろ」
「授業が終わってすぐ帰って来れば、けっこう時間を取れると思う。休みの日は午前中から使えるし。ダメかな?」
タツオは下校時間などを考えあわせながらそう訊いた。その申し出をサンタは受け入れる。
「よし、じゃあお前さんに頼むとしよう。竹原さんもそれで問題ねえか?」
「ああ、いいよ。パソコンはうちのを使ってもらっていいからね」
竹原さんはタツオに笑顔を向けた。
「ありがとうございます」
「よし、じゃあ決まりだな」
サンタは上機嫌で手のひらにこぶしを打ちつけた。
「それじゃあ、今日は帰ります。また明日」
「はいはい、いつでもいいよ」
タツオは竹原さんにあいさつをして、サンタと通りへ出た。サンタはタツオに向き直ると、
「じゃあ明日、竹原さんの家に行ったらここに連絡をくれ。いろいろ説明するから」
と言って、名刺を渡した。中央に配る方のサンタ、と大きく書いてあり、左下には電話番号が記されていた。
「うん、分かった」
タツオはそれを受け取るとサンタに家まで送ってもらい、ふたりは別れた。
翌日から、竹原さんの家へ行って、プレゼントを注文するのがタツオの日課になった。
「いいか、おもちゃは男の子用と女の子用が同じくらいの量になるようにすんだぞ。子どもたちが欲しがらないようなものはだめだからな。あと、テレビゲームを買う場合は、本体とソフトのバランスを考えろよ」
スマホでサンタに電話すると、プレゼントの送り先などとともに、そう指示を受けた。タツオは言いつけを守りながら、いくつもの通販サイトでおもちゃを購入していく。しかし、たくさんのおもちゃを買うことに不安を感じたタツオは、毎日のように竹原さんに尋ねた。
「ねえ竹原さん。いくらくらいお金を使っていいの?」
「いくらでも」
訊くたびにそう答えられ、タツオは困ってしまった。
さらにタツオを困らせたのは、竹原さんが、ことあるごとに一万円を渡そうとしてくることだ。玄関であいさつ代わりに一万円札を出され、休憩しようとお茶とともに一万円札が出され、もちろん帰りにも一万円札が出された。しかしタツオはすべて断った。これはサンタの代わりにやっているのだから、サンタがお金を受け取らないなら、自分も受け取るべきではないと思ったからだ。あと、単純に怖かった。
「う~ん、これで終わりかな」
数日後、通販サイトのめぼしいおもちゃは、売り切れか、配送予定日がクリスマスを過ぎていた。タツオはプレゼント購入の終了を知らせるため、サンタに連絡を入れる。
「あ、おじさん?もう買えるものはなさそうだよ」
「おおう、いいんじゃないか?いつもより多いってサンタ協会も喜んでたぞ」
サンタの声は満足そうだったが、タツオはまたそれに不安を覚える。
「そうなんだ。ちょっと買いすぎたかな?」
「まあ余るってことはねえから大丈夫だよ」
タツオが心配したのは竹原さんのお金のことだったが、サンタは見当違いな答えをした。サンタは「じゃあ、お疲れさん」と言って電話を切ってしまいそうだったので、タツオは慌てて声をかける。
「あ、あのさ。僕、配る方のサンタさんが来るところが見たいんだけど」
「んー、そりゃ無理だな。配る方のサンタは、プレゼントを配るとこ以外には行っちゃいけねえことになってっからな」
やっぱりだめか、とタツオの声は暗くなる。
「そう。いいんだ、言ってみただけ。本物のサンタさんに会えたし、ぜいたく言っちゃいけないよね」
「ま、もらう方のサンタだけどな」
電話を終えたタツオは、竹原さんにもプレゼントの購入が終わったことを告げた。少し残念そうに「そうかい」と言った竹原さんは、やっぱり一万円札を渡そうとしたので、もちろんタツオは断って家に戻った。
二十四日の夜。タツオは早めに二階の自分の部屋に引っ込んでいた。今までなら、サンタさんが来るまで起きてる、と言っていたタツオだが、プレゼントは両親が置いていると知り、それなら早く寝てあげようと思ったからだ。タツオは明かりを消し、ベッドの中に入る。
きっと明日の朝には枕もとに、頼んでおいた発売したばかりのゲームソフトが置かれていることだろう。明日は早く起きて、学校へ行く前にやっちゃおうかな。そんなことを考えていると、不意に鈴の音が聞こえてきた。タツオは驚いてベッドを飛び出し、窓の外を見る。すると、そこへトナカイに引かれたそりに乗るサンタがやってきた。
「ホッホッホー、メリークリスマス!どうだ、これがイメージしてたサンタって感じか?」
それは先日会った、もらう方のサンタだった。タツオは驚きの声を上げる。
「え、どうしたの?配る方はできないって言ってたのに」
「竹原さんから事務局に電話があってよ。俺をお前さんのとこに行かせないなら、プレゼントを全部返せって。そしたら特別に行っていいことになってよ。ついでに今年はプレゼントが多いから、お前も配れって。いい迷惑だ」
そんな言葉とは対照的に、サンタの顔は喜びにあふれていた。
「へー、よかったね。そういえば髭はどうしたの?急に生えてきたの?」
「そんなわけねーだろ。つけ髭だよ。髪もそうだけど、どっちかっていうと地毛でやってるサンタの方が少ねえよ」
「そうなんだ」
この人はどうしてこう、人をがっかりさせることを平気で言うのだろうと、タツオは心の中で苦笑いをした。
「あとこれはお前さんに。竹原さんからだ」
サンタは小さな包みを差し出した。突然のことに戸惑いながらも、タツオは喜んで受け取る。
「ありがとう」
「礼なら竹原さんに言いな。俺もプレゼントをもらったようなもんなんだからよ。じゃあ行くな」
「うん。バイバイ」
タツオが手を振ると、サンタも振り返した。そしてトナカイに手綱で指示を送ると、一気に遠ざかっていった。その様子をしばらく見ていたタツオだったが、ふと手に持ったプレゼントが気になった。
「そういえば、何をくれたんだろ」
タツオが包みを開くと、中には小さな箱が入っていた。
「なんだろ、これ」
実は本革の立派な名刺入れだったのだが、そうと理解するにはタツオは幼な過ぎた。それでもタツオは、名刺入れのふたを開けて中を見てみる。
「……」
そこには折りたたまれた一万円札が、ぎっしり入っていた。