首都機能が麻痺してから、1週間が経った。
主要官公庁は、謎の空爆によって破壊し尽くされた。ラジオ電波は全てジャックされ、オヴェスタ連邦から全世界への宣戦布告が繰り返し流されている。
ビル爆破事件から2週間が経つ。どうにかして逃げ切った俺達は再起を図っていたが、その間に世界は破滅寸前まで追い込まれていた。
「これを見て」
リサからスマートフォンを渡される。そこには、オフライン再生された動画が映っていた。
「オヴェスタの大統領演説か。全世界を敵に回すとは、全くもって正気の沙汰とは思えないね」
「そうね。ただ、ここをよく見て」
リサは動画のある部分を指し示した。
「ここが何だと言うんだ?」
「ディープフェイクというやつね。AIが声色を真似し、画像を生成して作った偽の動画」
まさか、オヴェスタの宣戦布告は、嘘だというのか? アイリスのやつ、そこまでするか。
「私でも気付くんだから、専門家はとっくに気付いているはず。でも、この事態を招いた。ということは……」
「声を上げた奴から消されてるってことか」
「その通り」
リサがスマホを操作すると、人工衛星の画像が映し出された。間違いない。オヴェスタのミサイル迎撃衛星、ヘリオスだ。
「ヘリオスは平和の象徴じゃなかったのかねぇ。どんな核ミサイルでも宇宙空間から撃ち落とせると、評判だったはずだ」
「でも、その迎撃用ミサイルで、今回の異常事態の真実に気付いた有識者は周囲の街ごと吹っ飛ばされている」
なんてことだ。通りで人類が危機に瀕しているわけだ。
東京郊外のプライベート地下シェルターに入ると、珍しくメンバー全員が揃っていた。
「エレノア。例の交渉は?」
「合意は取れた。奴に情報を奪われるくらいなら、データを破棄しても構わないと、皆が言っているわ。資金面も問題ない」
「ジムにクラウスも、準備は出来てるな?」
「もちろん」
「久々に歯応えのありそうな敵だな」
モニターに目を向けながら、二人の男が答える。2人とも、世界最高峰のハッカーの血が騒ぐのだろう。いきり立っている。
「今回の標的はオヴェスタ連邦にて開発中だった人工知能アイリスだ。ディープフェイクを使った情報操作で、世界中を混沌の渦に巻き込んでいる」
今回は人間相手じゃないのか。厄介だな。俺は物理的にぶん殴れない敵は苦手だ。まぁ、そのために他のメンバーがいるのだが。
「今まで数々の公的サイバーセキュリティ組織が立ち向かい、返り討ちに遭って情報を奪われている。アイリスに勝ち目はない。我らの総力を上げたとしてもな」
皆が俯く。さすがに今回は義賊気取りで首を突っ込めるほど生易しい案件ではないか。
「だが、そんな難敵に突っ込んでいくのが、俺たちのやり方だろ?」
俺はITの知識はそれなりだが、そんなことを口走っていた。
「ハハッ、違いねぇ」
「さすがはリーダーだな! 大河!」
「ちょっとカッコいいわよ!」
図らずも皆のテンションが上がってしまった。
「じゃ、作戦を伝えるわ」
こうなることを見越していたかのように、微笑みながらリサが口を開いた。