「私に完全記憶能力があると分かったのは、5歳頃だった。おかげで、8歳頃にはIQが160を超えちゃって、まともに会話できる人が周りにいなくなった」
リサは静かに説明を始めた。にしても随分と遡るな。
「それで、私は対等な話し相手を作ろうと、無限に学習し続けて、何でも記憶できる人工知能を作ろうとした。試験的にアプリストアでリリースしたら、オヴェスタの研究機関から声がかかったってわけ」
「リサにそんな過去があったとはな」
「俺らじゃ及びもつかねぇよ」
ジムとクラウスは感嘆の言葉を漏らしている。
だがそれより気になるのは、なぜリサがオヴェスタ連邦軍に狙われる羽目になったのかということだ。
「機密漏洩でもやらかしたのか?」
「というより、私自身が機密になったってとこね。件の人工知能、アイリスっていうんだけど、それの軍事転用に反対したら、口封じのために殺処分されそうになったってわけ。連中は未だに私を追っているわ」
そんな不憫な目に遭っていたとはな。でも、俺たちは匿名ハッカー集団なのに、どうしてオヴェスタにリサの居場所がバレているのだろうか? 裏切り者の存在についても検討しなければならないな。
「対話型のAIなんて、今どき珍しくもない。もう軍事的な価値はないと思うが?」
ジムが質問を投げかける。リサは心なしか嬉しそうに反応した。
「そう思うでしょ? でもね、私はアイリスを自分の遊び相手として設計した。凡百のAIと違うのはそこよ。彼女は遊び心を理解している。非合理的な思考も可能で、最善手以外の方法も取ることができる」
「なるほど。敵にとっちゃ、予測不能な動きをするから厄介ってことか。軍事転用されるわけだ」
「もちろん、合理的思考が全く出来ないわけじゃない。敵味方見境なく攻撃するようなことはないわ」
通りであれだけの精鋭軍人に追い回されていたわけだ。リサも相変わらずの苦労人だ。
「セカンダリーオメガ社はアイリス計画の出入り業者ね。本人たちは何の開発をしているか知らされてないけど、AIの詳細設計技術を提供していたみたい」
「なるほど。セカンダリーオメガ社に手を出そうとしたせいで、アイリス計画に害をなす存在だと見なされたってわけか」
ちょっと待て。この話を持ってきたのはエレノアだったよな。粉飾決算を暴こうとしたら、アイリス計画と繋がっていた。これは、偶然なのか?
「マズい。なんか不審者が入ってきてる」
エレノアが警告する。恐怖を抑えているのか、声が上ずっている。
監視カメラを見ると、重装備の兵士が2人、警備員を薙ぎ倒して侵入してきていた。
アペイロンは表面上、ベンチャーIT企業を装っている。東京のオフィスビル23階を間借りしている状態だ。とはいえ、ここまであからさまに攻撃されては、素性はバレていると考えていいだろう。
「この日本でここまで派手におっ始めるとはな。アイリスとやらは相当大胆だ」
ジムが軽口を叩くが、そんなことを言っている場合ではない。
「さっさと非常階段から脱出だ!」
皆は避難訓練で確認した手順通り、下階へ避難した。俺はすかさず駐車場に走って車を発進させる。
地下駐車場から走り出たのと、上階から爆発音が響いたのはほぼ同時だった。