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第69話 仲が悪くなる2人

 私は数日後、トラウトマン商会に、絵の具を早く乾かす為の魔道具を買いに出かけた。

 結局先日はシュテファンさまの自宅に向かったことで、買いに行く暇がなかったから。


 初めて来たけれど、本当に大きな店ね。イザークのライバルだというのもうなずける。

 イザークもかなり手広く商売をしているけれど、ヴィリの実家であるトラウトマン商会もなかなかのものだった。


 朝食の時、トラウトマン商会に買い物に行くのだと伝えたら、イザークがライバル心剥き出しで、それはうちで用意するのでは駄目なのか、と言ってきたのだけれど、私が欲しいものを伝えると、それは残念ながら取扱いがない、仕方がないな……と呟いた。


 イザークの扱う商品は、貴族向けな高級路線、トラウトマン商会が扱うのは、平民も買うようなありとあらゆる商品、という違いがある感じね。


 これを扱っているのは、ヴィリが絵を描くからかしら?だってアデリナブルーをはじめとする、工房長の店で作られている絵の具がたくさん置いてあるわ。


 工房長の店に直接買いに来る人たちもたくさんいるけれど、町からはやっぱり距離があるから、気軽に手に入れようと思ったら、こうして他の店にも置かなくては、数を売り上げるのは難しいわよね。


 バルテル侯爵夫人主催の写生大会で、アデリナブルーを使っていた貴族婦人たちや、その従者らしき人たちを村で見かけることがあまりなかったのだけれど、トラウトマン商会を通じて購入していたというわけね。


 私はお目当ての絵の具を早く乾かす為の魔道具を購入し商品を包んでもらうと、店を出ようとして、ヴィリにばったり出くわした。


「ロイエンタール伯爵夫人!!お久しぶりです。うちにいらしていたんですね。」

 そう言ってニッコリと微笑むヴィリ。


「ええ、ちょっと欲しいものがあったものですから。」

「うちでお役に立てることがあって嬉しいですよ。何を購入されたのですか?」


「絵の具を早く乾かす為の魔道具が欲しくて……。ロイエンタール伯爵家では、取扱いがなかったものですから。」


「ああ。そういうニッチな物は、あまり取扱いがないイメージですよね。うちは総合的にいろいろな商品を仕入れてますから。」


 確かにね。各フロアごとに専門性のある商品が取り揃えられていて、家具ならこのフロア、画材ならこのフロア、みたいな感じに、色々取り揃えられているのが便利だし、見ているだけで楽しいのがトラウトマン商会の店の特徴といった感じね。


 こんな大店の跡取りであれば、本来ならヴィリは平民の中ではかなり有望なお婿さん候補だったのじゃないかしら。


 だって、平民の商会がロイエンタール伯爵家と対を成すほどに稼いでいるのよ?ロイエンタール伯爵家は、財産だけなら公爵家にも匹敵すると言われているのだから。


 平民でそこまで稼いでいるのは、トラウトマン商会くらいじゃないかしら。貴族にも顔がきいて、王室御用達の商品もあると聞いているわ。本当に凄いわね。


 このまま成功をおさめれば、叙爵もありうるのでは、と噂されている。それがヴィリの実家のトラウトマン商会会頭であり、ヴィリの実の父親なのだ。


 ヴィリが平民なのに、どこか気品があって知性に溢れているのも、トラウトマン商会の跡取りとして、父親が貴族に負けないくらいの教育を与えたのだろうと想像出来るわ。


 本人が絵師として活躍したくて、まったく後を継ぐつもりがないみたいだけれど。でも結果絵師として成功出来たのだから、彼の選んだ道は間違っていなかったということね。


「今日はこのままお帰りですか?よろしければこの後お茶でもいかがですか?」

「え、ええ……。構いませんけれど、ヴィリはお店に用事があったのでは?」


「絵の具を買いに来ただけですから。それは後でも購入出来ますし、せっかくロイエンタール伯爵夫人とお茶を出来る機会を逃したくはありませんので。」


 ヴィリがそんな風に言ってくるので、私はアンの村に行く前にヴィリとお茶をすることにして、ロイエンタール伯爵家の馬車には、もう少し時間をつぶしておくよう、護衛兼御者に伝えに行き、ヴィリのもとに戻った。


「お待たせしました。それではいきましょうか。」

 トラウトマン商会の店の前で待っていてくれていたヴィリと合流し、ヴィリおすすめの店へと共に町を歩いた。


 トラウトマン商会から歩いてすぐの、可愛い感じの店構えのそのお店は、緑に囲まれテラス席では鳥籠の中で小鳥が囀っていて、とても優雅で落ち着いた雰囲気の店だった。


「ロイエンタール伯爵夫人は甘いものはお好きですか?」

「ええ、大好きよ。」

 私がそう答えると、それは良かったと微笑むヴィリ。


 ヴィリが慣れた様子で入っていくので、私も後に続くと、可愛らしい制服を着た店員さんが対応してくれた。

「いつもありがとうございます。」


 そう微笑む店員さんに、

「いえ、今日は新しいお客さまを連れて来ましたよ。」

 と答えるヴィリ。


「ロイエンタール伯爵夫人、こちらの店は最近オープンしたばかりなんです。ケーキが美味しいと評判の店でして。」

「とても素敵なお店ですね。」


「ええ。ここはトラウトマン商会の茶葉を扱っているお店なんです。ここはカフェも併設されているケーキ屋で、お持ち帰りも出来るので、よく利用しているんですよ。」


 そう言って微笑むヴィリにつられて、私も微笑み返すと、彼はおすすめの紅茶でよいですか?と尋ねてきた。私がうなずくと紅茶を2つ注文し、それから店員から受け取った、ケーキのメニュー表を手渡してくれた。


 ヴィリが案内してくれたお店は、店内が明るくて可愛らしい雰囲気だった。

 アンティーク調の家具で揃えられており、所々に置かれた小物もとてもお洒落だわ。


 店内にテーブル席とカウンター席があるこぢんまりとしたお店だった。お洒落な雰囲気で、アンの村のあのお店を彷彿させるわね。

「素敵なお店ですね。」


「ロイエンタール伯爵夫人に気に入っていただけたようで良かったです。ここは店長も王都から来た平民でしてね。貴族だと平民の店は軽く見られることもあるかもしれませんが、平民には親しみやすいお店なんです。」


「そうなのですね。確かにとても気軽な感じのするお店ですね。」

 私たちは向かい合って席に着き、ヴィリおすすめの紅茶をひと口飲んだ。


 美味しそうなケーキが多くて、色々と目移りしたけれど、私はアップルパイを頼み、ヴィリはイチゴたっぷりのショートケーキにチョコレートソースをかけたものを注文した。


「この店は、最近オープンしたばかりなのですが、ケーキの美味しさから、貴族もお忍びで買いに来るほどの人気店なんです。だからぜひ連れて来たいと思っていました。」


「そうだったのですね。確かに店内はとても可愛らしくて素敵ですもの。……それにこのケーキもとても美味しいわ。」


 私はアップルパイをひと口食べてそう言った。サクサクのパイ生地がとても美味しい。

「ありがとうございます。ロイエンタール伯爵夫人にお褒めいただけて嬉しいです。」


 ヴィリはそう言って微笑んだ。それから私たちはしばらく他愛もない話をしながらお茶を楽しんだ。


 窓の外を馬車が通りすぎる度に、ヴィリの身なりと見た目を見て、かなりの高位貴族と勘違いしているのか、馬車の中の貴族女性たちがチラチラとこちらに目線を向けてくるのだけれど、ヴィリは特に気にすることなく、私のことだけを見つめていた。


 まあ確かに今のヴィリは貴族にも見えるわよね。トラウトマン商会の会頭の息子として恥ずかしくない服装だし。そのくらい堂々としている方が、貴族にも平民にも受け入れられやすいのかもしれないわ。


「──そういえば、聖女さまが現れたという噂は聞きましたか?」

「聖女さまですか?いいえ?」


 聖女さまというのは、国が困窮した際に現れるとされる、人を癒やし、病気すらも治し、時に魔物を討伐する力を持つこともある人のことだ。


 今の我が国は、聖女さまが必要とされるほど、魔物の被害がひどいわけでも、病気が蔓延しているわけでもないから、聖女さまが現れるのを待たれているわけではない。


 それなのに聖女さまが現れたというの?そんなケースもあるのね。

「まだ人々の噂にのぼっている程度ですが、いずれ国も確認に動くのではないでしょうか。本当に聖女さまであれば、国の保護が必要になるでしょうからね。」


 聖女さま……ねえ。確かにそんな方が現れたら、教会に囲い込まれる前に、国が保護したいと言い出すことだろう。


 学生時代に教わった歴史によると、聖女さまが現れた国が聖女さまを保護しないと、教会に縛られて、自分たちの国に現れた聖女さまなのに、優先的に瘴気をはらってもらえなくなるらしい。


 それくらい、聖女というものは貴重で、教会と国とで取り合いになる存在なのだ。

 そんな聖女さまが我が国に現れたなんて、ひと目拝見したいものね。


 そこへ、ドアがあいて1人の男性が店の中へと入って来て、ショーケースに並んだケーキを選び始めたのだけれど、私はその姿を見て思わず、あら、と声をもらした。


「フィリーネさま!こんなところでお会いするとは。偶然ですね。」

「ええ、本当に偶然ですね。ケーキを買いにいらしたんですか?シュテファンさま。」


 私はショーケースの前のシュテファンさまに話しかけた。

「はい、祖母がここのケーキを好きでして、それで買いに。」


 どうやら貴族もお忍びでケーキを買いに来るというのは本当のようだ。

「お久しぶりです、トラウトマンさまも。」

 シュテファンさまはそう言って、ヴィリに微笑みかけた。


「バルテル侯爵夫人のお茶会以来ですね。お久しぶりです。」

 ヴィリは立ち上がって礼を尽くした。


 2人とも、バルテル侯爵夫人と親しくしている関係上、時折顔を合わせていた筈だけれど、そこまで親しくはないのね。どこか儀礼的だわ。シュテファンさまは、ヴィリと一緒にいる私のことが気になっているようで、先程からチラチラとこちらを見ている。


「お2人は、親しかったのですね。」

「バルテル侯爵夫人の写生大会以来の関係ですね。アデリナ嬢と3人でピクニックに行ったりと、親しくさせていただいております。」


 そうヴィリが説明をすると、

「ピクニック……。そうですか……。」

 と、何事かを考えるようにそう呟いた。


「そういえば、アデリナ嬢とも暫くお会い出来ていないわ。2人の家に、ペットの絵を描きに行かせていただいて以来ね。また3人で出かけたいわね、ヴィリ。」


「ええ、ぜひ。」

 私がそう言うと、ヴィリがニコリと微笑んだ。そして、シュテファンさまが、


「フィリーネさま、彼のご自宅に……行かれたのですか?失礼ですがトラウトマンさまは、ご家族とお住いでいらっしゃいますか?」


「──いいえ?1人暮らしですが?」

 なぜかヴィリの雰囲気が、スンッと感情を殺したような感じになる。


「そうですか……。ああ、フィリーネさま、祖母がまた家に遊びに来て欲しいとせがんでおりまして。ぜひまた祖母にも会いにいらしていただけませんでしょうか?」


「まあ、本当ですか?ええ、ぜひ。」

「──フィッツェンハーゲン卿は、ご家族に彼女を紹介されたのですか?」

 なぜだか冷たい口調でそう言うヴィリ。


「ええ。祖母がたいそうフィリーネさまのことを気に入りまして。ぜひにと……。」

 それに微笑みで返すシュテファンさま。


 なぜかしら……。2人の間に不穏な緊張間が漂っているような気がするのは、私だけ?

 互いにニコニコと微笑みあいながら、牽制し合っているようなそんな空気を、私はこの日確かに感じたのだった。


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