……レオンハルトさまのような?私ったら、ずいぶんと図々しい妄想をしてしまったわ。レオンハルトさまのような素敵な方なら、たくさんお相手もいらっしゃる筈よ。
ほんの少し、ご近所だからという理由で構っていただけたからって、こんな妄想をしていいお相手ではないわ。レオンハルトさまはただ、お優しいというだけだもの。
イザークや父から逃げて、自立したいという私の夢を、応援してくれたというだけ。
強盗に入られて寝るところのなくなった私を心配してくださっただけ。それだけよ。
思わず恥ずかしくなって頬をおさえる。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません。」
というか、言えません……。
私はそう言って無言で朝ごはんを口の中に運んだのだった。朝ごはんはどれもとても美味しかった。特にパンをおかわりした。レオンハルトさまがご自分で焼いているらしい。
ひょっとして、パン作りもご趣味なのかしら?先日いただいたクッキーも、とても美味しかったし、料理がとてもお上手なのね。
料理の得意な男性というのはいいわね。一緒に料理を出来るというのもいいけれど、お互い得意な料理があったら、とても楽しいと思うわ。私も料理が好きだし、こうして時々一緒に作れたら楽しそうだと思った。
そうよ、これからはご近所さんなんだし、時々一緒に料理を作りませんか?とお誘いするのは、少しも不自然ではないわ。
レオンハルトさまは、掃除は苦手でも料理はお好きなようだし、今朝も一緒に朝ごはん作りを楽しんでくださったもの。
一緒に料理をしたいとお誘いしたら、きっと喜んでご一緒してくださるのではないかしら。もしそうなれたら素敵ね。料理を誰かと一緒にしたいというのは、私の夢の1つだ。
それに、料理を通じて、もっとレオンハルトさまと親しくなれるかも知れないわ。
騎士団を引退したということは、かなり時間には余裕がある筈だもの。
初めてお会いした時も、虫干しをしながら本を読んで時間を潰していらっしゃったし。
気軽にお誘いしてみようかしら?
そんなことを考えつつ料理を咀嚼する。
「食事が終わったら、私、レオンハルトさまの家の掃除をやらせていただきますね。
料理と、泊めていただいたお礼です。」
私は笑顔でそう宣言した。
「料理は一緒に作っただろう?」
「でも、突然泊めていただいたことは事実ですから。……それに、以前からずっと気になっていたんです。」
「──俺のことがか?」
「違います!その……ある意味違いませんけれど、レオンハルトさまのお家の廊下のことです。かなり汚れてらっしゃいますよね?」
……本当は少し気になっています。
なんて、そんなことは恥ずかし過ぎて口にだして言えないけれど。今はそれを言う権利もないし。いつか言える日がくるかしら?
……実際かなり気になっているのだから、あまり際どい冗談を言うのはやめていただきたいわ。ドキッとしてしまうもの。本当に毎回心臓に悪い発言をされる方だわ。
「ああ、まあ確かにな。俺は気にしないが、客を呼ぶにはあまりいい環境とは言えないかも知れないな。掃除してくれるのか?」
「はい、お礼にと思って。」
「そいつは助かるよ。そろそろ誰か人でも雇ってやらなくちゃならないかと思っていた頃だったんだ。任せて構わないか?」
「はい、どうぞお任せくださいね。」
「じゃあ、申し訳ないが頼んだ。いや、本当に助かるよ。やらなきゃとは思うんだが、掃除だけはどうしても苦手なもんでな。」
「だと思いました。」
私はそう言ってクスリと笑った。
やっぱりかなり苦手でらしたのね。
朝ごはんを食べ終えて、私はレオンハルトさまの家の掃除をすることにした。
掃除用具はさすがに持っているらしい。それを借りて、まずはずっと気になっていた、玄関周辺にたまっている、靴で踏み潰された泥の掃除から始めることにした。
泥の量が凄くて、何度もバケツの水を代えなくてはならない程、泥の量が凄かった。
だけどかなりきれいになったわね。
ようやく床が見えてきたわ。
「おお、随分ときれいになるもんだな。」
感心したようにレオンハルトさまが言う。
「玄関に靴の泥を落とせるように、足ふきマットでも置いてはいかがですか?」
お店や美術館なんかじゃ、そういったものを置いているものね。レオンハルトさまの家には必要なもののひとつだと思うわ。
「玄関マットか。まあそうだな。考えておこう。掃除しなくて済むようになるなら、そのほうがいいだろうしな。家の中も汚れなくなる。気になってないわけじゃあないんだ。」
「ぜひそうしてくださいな。毎回私が掃除して差し上げるわけにもいきませんし。」
雑巾を絞りつつ、そう言った。
「一緒に暮らしてくれる人がいれば、その人に掃除してもらうのもありだと思うがな。」
そう言って、私のほうをチラリと見た。
「そういう方がいらっしゃればいいでしょうけれど、今はいらっしゃらないわけですし。
きちんと毎日掃除をするか、掃除をしなくてすむようになさってくださいな。」
私はバケツを移動させつつそう言った。
玄関ほどじゃないにしても、やはり泥を踏んで歩いているから、キッチンとお風呂場と寝室以外の床は汚れていた。
そこもきっちり掃除をする。お風呂場とイッチンはお金をかけていると言っていたし、きちんと掃除しているみたいなのよね。その時に床も掃除しているということかしら。
暖房すらないと言ってたし、寝室にはお金をかけていないみたいだけれど、それでも寝室の床はきれいだったわ。掃除しているのはその3個所のみということかしら?
ついでに借りたお風呂も掃除して、ベッドマットを立てかけて天日干しにして、ようやく私の掃除が終わった。ふう、メッゲンドルファー子爵家以来ね、ここまでやるのは。
私の実家は貧乏子爵家で、ほとんど従者らしい従者を雇えなかったから、自分で色々やることが多かったのよね。私は半ば引きこもっていた関係で、世間の知識こそ疎いが、家事や掃除全般は一通り出来るのだ。
だからお金さえ稼げれば、いつでも一人暮らしが出来ると思っていたのよね。
手伝ってもらわないと脱ぎ着も出来ない貴族の服を着なければ、誰かに手伝ってもらわなきゃ暮らせないわけではないもの。
イザークには無理でしょうね。人がいないと何も出来ない人だから。だから私が家を出たら、困ると思っていたんだろうけれど。
一緒にしないでちょうだいと言いたいわ。
「おお……、見違えるようだな。」
感心したようにレオンハルトさまが言う。
「そう言っていただけて何よりです。」
私は汗を拭いながら微笑んだ。
「あんた、いい奥さんになるよ。どうだ?離婚したら、俺のとこに嫁にくるかい?」
「え!?」
思わずドキリとする。
「じょ、冗談はやめてください。」
本当に、心臓に悪いことを気軽におっしゃられる方ね。本気にしてしまうわよ?
「冗談じゃないんだがなあ……。」
そう言いつつ、まだ剃っていない顎髭を手でさすりながら、こちらを見て笑っている。
「そろそろ身を固めようと思っているのは本当さ。俺もいい歳なんでな。」
と言った。
「レオンハルトさまなら、引く手あまたでしょうね。元王国の第1騎士団長でいらっしゃるのですもの。国からも打診があるのでは?そういうのはお断りされているのですか?」
「いや?……まあ、確かにまったくないわけじゃあないんだがな。ちょくちょく話自体はもらうことがあるよ。国だったり、騎士団を通じてだったりな。先日も紹介を受けて、1人女性と会ってきたが、断ったばかりさ。」
やっぱりそうなのね。レオンハルトさまと結婚されたい女性なんて、きっとたくさんいらっしゃるに決まっているわ。でも、何が気に入らなくて断ってしまったのかしら?
「そうだったのですね。どうしてお断りされてしまったのですか?よほど性格ですとか、価値観が合わなかったりしたのですか?」
レオンハルトさまに、国を通じて紹介されるくらいだもの。きっとおきれいな方に違いないし、それで駄目なら、他のところが駄目だったということに違いないわ。
……国を通じて紹介される程の女性というのは、どれ程地位が高くて美しい方なのだろうか。そんな方が気に入らないのであれば、私なんて目もくれないでしょうね。
「俺に紹介される女性は、俺の嫁になれる女性だとは思えないというだけだな。騎士の妻に憧れる女性は、現役の騎士団長じゃない俺に対して、必ずガッカリしちまうのさ。」
「……そんなものですか?レオンハルトさま程の方なら、現役だろうとそうじゃなかろうと、まったく問題なさそうに思いますが。」
「そう言ってくれるのは、お嬢ちゃんくらいのもんさ。現実は厳しいんだ。カッコいい現役の騎士を求めてやって来たら、怪我で引退したオッサンが待っているんだからな。」
そう言って自嘲気味に笑うレオンハルトさま。現役じゃないということは、それ程重要なことかしら?レオンハルトさまの魅力をもってしても、嫌になってしまう程に?
……わからないわね。現役の騎士というものは、騎士の妻に憧れる方からすると、それほど大切で、何かが違うものなのかしら。
私は騎士の妻に憧れたことがないから、少しも彼女たちの気持ちがわからないわ。
確かにカッコいい隊服を着ているレオンハルトさまは見てみたいとは思うけれど……。
きっと似合うでしょうね。立派な体躯に、背が高くて長い足。精悍な顔つき。騎士の隊服に袖を通して、甲冑を身につけたレオンハルトさまは、とても素敵に違いないわ。
現役の時に拝見させていただきたかったわね。……そう言えば、以前初めてお会いした時には、甲冑を虫干しされていたわ。
現役を引退される際に、下賜されたものかしら?着ていただきたいとお願いしたら、ひょっとしたら着ていただけるかしら。
見てみたいわ。あの甲冑を身にまとったレオンハルトさまを。どれ程素敵かしら。私それを見て、レオンハルトさまに夢中になってしまわないとは、言えないかも知れないわ。
それを妄想しつつ、ふとレオンハルトさまが気にしていらっしゃる、ご自身の年齢のことが気になった。そう言えば、一度も聞いたことがなかったわね。おいくつなのかしら?
「オッサンって……。レオンハルトさまは、おいくつでいらっしゃるのですか?」
「もう今年で30だ。かなりオッサンだろ?お嬢ちゃんから見てもな。」
「そんなことはありませんけれど……。」
「そうかい?」
「妙齢の素敵な男性に見えますわ。」
「はは、本気なら嬉しいが。」
「何を言ってらっしゃるのですか、私は本気ですよ!疑うなんて失礼です!」
私の言葉を、どうにも疑っていらっしゃるのか、自嘲気味な口ぶりでそんな風に言われて、思わず強い口調で否定してしまう。
「へえ……?なら、俺も本気にしちまうぜ?
いいのか?……本気になっても。」
妖しい眼差しで目を細めて見つめてくる。
「ど、どうぞ?私は本気ですし。以前虫干ししてらした、甲冑を身に着けた姿を、ぜひとも拝見さていただきたいと思うくらいには、私は本気で素敵な方だと思っていますわ。」
思わず心の中で妄想していた本音を話してしまって、私はカーッと赤くなった。な、何を思わず口にしてしまったのかしら……。
レオンハルトさまのことを妄想していたなんてことまで、気付かれたりはしていないわよね?だとしたら恥ずかし過ぎるわ。
「お嬢ちゃんの言ってる本気と、俺の言ってる本気は、どうにも種類が違うような気がするんだがな。まあいい、ゆっくりいくさ。お嬢ちゃんは覚悟だけしておいてくれ。」
……?どういう意味かしら。
ハハハ、と笑うレオンハルトさまに、私は思わず意味がわからず首を傾げたのだった。
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他作品がコミカライズと書籍化もすることだし、と思い……。
昔作って放置して以来です。
今インスタしか使ってない笑
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