「……おい、金は見つかったか。」
今度は別の男性の声がする。
「まだだ。……家主に見つかった。」
「なんだと?あの女か。」
──あの女?私のことを知っているの?
再びドサッと音がして、天井から誰かが降ってきたかと思うと、月明かりに照らされてその男の人の、顔を隠した目元が見える。
……?どこかで見たような顔ね……。──まさか!あの目元の2つ並んだ黒子は!
「あなた……あの時の御者の男ね!?」
「ちっ。この女、なんで気付きやがる。」
天井から降って来た2人目の男の人は、既に私に招待を見抜かれているにも関わらず、咄嗟に腕で自分の顔を隠そうとした。目元だけで気がついたのだから、今更遅いわ。
「どうして私を何度も狙うのよ!」
「お前はロイエンタール伯爵家から金を盗んだから、1人でこんな大きな家を借りているんだろう。月に中金貨2枚はかかる筈だ。」
「それを毎月払えるだけの金を盗んだってことだからな。その金をいただいちまおうってわけさ。お前は1人暮らしだしな。見つかったところで捕まえるのはわけないしな。」
私もそのくらいはかかるだろうと思っていたけれど、実際にはここの家賃は月に小金貨8枚だ。人が住まないより住んでくれたほうがいいということなのだろうけど。
それとも私が絵師で、アトリエ付きの家を探していたからかも知れないけれど。絵師を応援するつもりでこの金額なのかも知れないと、なんとなく思っている。
まあ、生活する為だけを考えたら、1階のかなりの面積がアトリエだから、単純に家族で暮らす用の家を探している人からしたら、無駄なスペースの多い建物ではあるけど。
「私は絵師よ!自分でお金が稼げるから、ここにアトリエ付きの家を借りただけだわ!
アトリエ付きの家なんて少ないから、この村に住んだというだけのことよ!」
もちろん、アトリエ付きであることは最重要な希望ではあったが、ヴィリのようにアトリエを別に借りるか、生活がたちいくまでは生活スペース内に絵を置くつもりだった。
「へえ、なら、その絵を売った金をもらおうじゃねえか。どっちにしろ、お前が大金を持ってることは事実なんだろ?……命が惜しけりゃ、大人しく金を出すんだな。」
「……絵のお金はまだ入っていないわ。
家賃だってその後に支払う予定で、まだ1回もお金を支払っていないのよ。この家にお金なんてないわ。おあいにくさま。」
「ああああ、ごちゃごちゃとうるせえなあ!
いいから手持ちの金を出しやがれ!
殺さねえと思ったら大間違いだぞ!」
「……そこのタンスの中よ。」
私が洋服ダンスを指差すと、御者の男は、その1番上の小さい引き出しを開けて、布袋の中からチャラチャラと金貨を手のひらの上に出して、枚数を確認している。
「おい、たったの小金貨3枚と、銀貨6枚と銅貨8枚じゃねえか!なんでこれっぽっちしか、金がありやがらねえんだ!」
「……だってそれが今の全財産だもの。」
「くそったれ!あてが外れたぜ!」
「なら、こいつの描いた絵とやらを持っていこうぜ、売れる絵を描くってんなら、そいつを売れば金になる。」
「やめて!それは依頼されて描いているものなのよ!依頼主以外になんて売れないわ!」
「そんなの知ったことかよ!おい、絵を探すんだ、根こそぎ持って行くぞ。」
「そうじゃないわよ!家族の肖像画よ!?依頼主以外に需要のない絵ということよ!」
「──家族の肖像画?おい、ちょっと絵を見て来いよ。ランプはあるか?」
「盗みに入るのに、持ってきてるわけねえだろ。明かりをつけたら気づかれちまわあ。」
「それもそうだな。おいそいつを貸せ。」
「……。」
私を押さえつけている男が、私が手にしていたランプをひったくると、御者の男にランプを手渡した。無理やり奪われたせいで、手のひらと手首が痛い。怪我をしたのかも。
「おい、お前の絵はどこだ?」
「……アトリエは1階よ。そこの扉の向こうに階段があるわ。家探ししたっていいけど、今はその肖像画しか、私の絵はないわよ。」
魔法絵は魔塔で鑑定に出しているしね。
「行ってくらあ。」
御者の男がランプを片手に階下に降りる。
そして、肖像画を確認したのだろう、再び2階にのぼってくると、
「巨大な絵があるが、ほんとに家族の肖像画だった。探したが、確かに他に絵がありやがらねえ。王族や歴史の偉人でも描いてりゃともかく、家族の肖像画なんて売れねえよ。」
そう言って、ハーッとため息をついた。
「何か他に売れるものがないか探せ!
どこかに金を隠しているかも知れねえ。」
「わかった。」
御者の男が、家中をひっくり返して金目の物を漁っている。だけどこの家に他にお金なんて置いていない。家中をかき回されて汚された挙げ句、ようやくどこにもお金がないことを理解して、御者の男は戻って来た。
「しょうがねえな。この家に売れそうなものなんて見当たらねえ。……この女を連れて行くか。かなりの美人だ。こいつは売れる。」
なんですって!?
「こいつを縛り上げるぞ。まったく、あてが外れちまったが、こいつ自身がいい金になりそうだ。上品で頭が良さそうだし、貴族相手の娼館でも買ってくれるかも知れねえな。」
「そいつはいい!あそこは高級路線だけに、買うとなるとかなりの金を出すと聞いたことがあるからな!一気に大金持ちだ!」
娼館ですって!?冗談じゃないわ!
私は縛られないように抵抗したけれど、女1人で男2人を相手にするのだ。
さしたる抵抗も出来ないまま、私はグルグル巻きに縛られてしまった。
「大人しくついてこいよ。騒いだら殺すぞ。
さっさと歩け。そうだ。こっちに来い。」
後ろから小突かれながら、階段を降りるよう促される。……どうしたらいいの……!
そこに、ドサッと言う音がした。
「──ドッタンバッタン、夜だってのにやかましいと思ったら、お客さんかい?
随分と賑やかだな、お嬢ちゃん。」
レオンハルトさまが天井からスタッと床の上に降り立って、こちらを見て笑っている。
「レオンハルト様!助けてください!」
「誰だ、てめえ!」
「隣の家の者さ。夜だってのに、ベッドをひっくり返すような音はするわ、暗い窓にランプの明かりがチラチラしてたからな。泥棒かと思ったが、──強盗だったか。」
「以前アルベルトが捕まえた御者です!役人に引き渡されたのに、私がお金を持っていると思って、また侵入してきたんです!」
「──ほう?なら、次は二度と出てこられないな。犯罪奴隷いきだ。可哀想に。」
レオンハルトさまが肩を竦めて笑う。
冗談を言っている場合かしら?でも、そのくらい、レオンハルトさまにとっては、2人程度の暴漢くらい余裕だということかしら。
「なんだと!?こっちは2人だぞ!?」
「やっちまえ!」
男たちがナイフを取り出すと、一斉にレオンハルトさまに襲いかかった。
レオンハルトさまは、なんてことはない、という余裕な態度でそれを、ひらり、ひらりと躱しながら笑っていた。
「それで本気なのか?それとも、暗いからよく見えないのかな?そんなんで人を刺そうなんてやめたほうがいいぜ?」
「ぬかせ!」
「ちっ!フラフラと動きやがって!」
「おい、女を人質にとるんだ!」
「そうか!こっちには人質がいるんだぞ!」
御者の男が、グルグル巻きにされた私の首に腕を回して、グイ、と引き寄せる。力任せに引き寄せられて、息がしづらくて苦しい。
いくらレオンハルトさまでも、人質がいる状態で、それを守りながら戦うなんて難しい筈だ。今のうちに邪魔にならないよう、さっさと外に逃げ出すべきだったと思っても、今更遅かった。足手まといになるなんて……!
「それで勝ったつもりか?俺が建物の中にいて、こんな至近距離にいるってのに?」
「あん?どういうこったよ。」
意味がわからないらしく御者が首を捻る。
「こんな至近距離で人質って、建物の中に籠城しているならいざ知らず、建物中にこちらが入っているのに、意味があると本当に思っているなら、随分と間抜けだと思ってな。」
「建物の中だろうが外だろうが、人質がいるってことに変わりはねえだろうが!」
「変わるさ。人質がいて大変なのは、人質が建物に囲われてるって時だけだ。」
「く、くんなよ……。本当に刺すぞ?」
レオンハルトさまがジリジリとにじり寄るたび、御者の男が後ろに後ずさる。
「建物のどこにいるのか調べなくちゃならない。脱出ルートを探らないといけない。だから建物の中に囲われてる状態で人質がいると攻めづらくて大変なんだ。──だが。」
レオンハルトさまの長い足が、私の喉元に突き立てられたナイフを、男の腕を私の体から離すと同時に、高々と蹴り上げた。
「目の前に人質がいる状態で、おまけに俺の足が届くこんな至近距離で、だ。──元第一騎士団長である俺に、人質なんてもんが意味があるとは、思わないほうがいいな。」
空中に蹴り上げられて、クルクルと宙を舞っていたナイフは、レオンハルトさまの手の中にスポッと収まってしまった。
「や、野郎!」
もう1人の男が、そのナイフを奪おうとしたのか、レオンハルトさまに斬りつける。
「ぐあっ!?」
だけどレオンハルトさまが、男の手首にナイフを握った拳を打ち付けて、男が痛みでナイフを手放したところを、手首を掴んで捻り上げ、グルリと反対を向かせて捕縛した。
「──形勢逆転、かな?」
男の喉元にナイフを突き立てる。
月明かりに照らしだされたレオンハルトさまは、とても格好良かった。
「ち、ちくしょう!そいつを離しやがれ!」
ナイフを奪われてしまったので、御者の男が私のお腹を抱き寄せてまだ抵抗している。
「そっちが彼女を離すのが先だ。」
「そっちが先だ!俺の仲間を離せ!
こっちにも人質がいるんだぞ!」
「まあ、どっちでもいいさ。
──結果は同じことだからな!」
レオンハルトさまは、捻り上げていた男を放り投げると、地面に叩きつけて気絶させてしまった。御者の男が呆然としていると、
「お嬢ちゃん、頭を下げろ!」
と私に叫んできた。私は慌てて上半身をお辞儀するように倒した。すると頭の上に風を感じた。レオンハルトさまの回し蹴りが、御者の男の頭にきまって、御者の男はグラリとゆっくりと床の上に倒れ込んだ。
「やれやれ。だいじょうぶだったか?
災難だったな、何度も狙われるとは。
お嬢ちゃん、怪我はないかい?」
「手首を少し痛めたかも知れません。
他は問題ないと思います。レオンハルトさまが助けに来て下さって助かりました。」
男から奪ったナイフを使って、ロープに縛られていた私を解放してくれる。レオンハルトさまは、そのロープの残りを使って、2人の男を背中合わせに縛り上げた。
「今日はこの家で寝られそうもないな。」
ひっくり返されたベッドやら、タンスやらを見つつ、レオンハルトさまが言う。
「明日、掃除が大変そうですね……。」
私はうんざりしながら言った。男たちが好き勝手荒らしてくれたものだから、家中がめちゃくちゃになってしまっている。
「もう1つロープを持って来て、こいつらが万が一にも逃げられないよう、ベッドにでもに縛り付けておこう。家からロープを取ってくるから少し待っていてくれ。」
そう言って家からロープを取ってくると、男たちにひっくり返されたベッドの本体に、グルリと男たちを縛り付けた。ベッドを背負いながらじゃないと逃げられないだろう。
「どうする?今日は俺の家に来るか?少し狭いが、ベッドくらい貸してやれるぜ?」
「え?レオンハルトさまの家に?」
私は突然の申し出にポカンと口を開けた。
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