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第37話 新しい友人と初めてのお客さま

 ひとしきりヴィリを飾り立てて遊んだあとは、ゆっくりとお茶とお弁当をいただく。

 3人3様の、タイプの違うお弁当だ。


 我が家のお弁当はフルーツが多めで、フルーツと生クリームのサンドイッチが見た目にも鮮やかで可愛らしくて、女性向きだ。


 アデリナ嬢の持ってきたお弁当は、さすが公爵家だけあって、珍しい食材をふんだんに使用した、海鮮が多めのお弁当だった。エビとアボカドのサンドイッチが特に美味しい。


 ヴィリの持ってきたお弁当は、高級商人御用達の人気のレストランに作ってもらったのだそうで、ローストビーフと玉ねぎスライスを挟んだサンドイッチがまあ美味しかった。


 我が家の料理長も頑張ってくれたけれど、どうしてもその2つに比べると見劣りがするのに、2人とも美味しい、美味しい、と食べてくれた。食べ慣れないものが珍しいのかしら?それとも気を使ってくれたのかしら。


「そういえば、商会を作ったあとは、年に1回税務申告が必要になりますが、そのあたりの知識はおありですか?」


 サンドイッチを頬張りながら、ヴィリが聞いてくる。私は眉間にシワを寄せて、

「そのあたりのことは……。」

 と応える他なかった。


「毎日何かを売るような、そういった商会ではないのですよね?」

「はい、私の絵の代金を入れるだけの商会ですので。夫に財産請求をされない為の、対策だけの商会になります。」


「でしたら、僕のほうでお手伝いしますよ。

 父に仕込まれて、そのあたりの知識はありますし。商会の口座も必要ですよね?

 商会印はもう作成されましたか?」


「商会印……?」

「個人はサインで構いませんが、商会はなににつけ印章が必要になります。

 貴族の荘園なども商会にしていますから、ご主人は商会印をお持ちの筈ですよ。」


「作っていないです。どこで作ればいいのかもわかりませんし……。」

 口座を作るのにそんなものが必要だなんてこと、教えてもらわなかったわ……。


「でしたら、近い内に一緒に作りにいきましょう。父の商会で贔屓にしている工房があるんです。商会印は、銀行印と、商会の決済に必要な印章との2つが必要ですので。」


「わかりました。そのあたりのことは詳しくありませんので、ぜひお願い致します。

 ちなみにおいくらくらいのものですか?」


「値段は素材によりけりですが、木製のものでもひとつ小金貨3枚はする筈ですね。

 2つなので小金貨6枚です。」

「そんなに……。」


 私が自由に使えるお金は、イザークが毎月渡してくれるお小遣いだけだ。

 画材を色々と購入してしまったから、正直そんなに現金が残ってはいない。


 当然伯爵夫人としての品質維持費は割り当てられているけれど、ドレスやアクセサリーを購入する代金にしか使えないものだから。


 購入後にイザークに請求書が行く形で、私の自由に使える現金がそもそも少ないのだ。

 私が思案していると、


「なあに?お金が心配なの?」

 アデリナ嬢が首をかしげながら、私に顔を寄せて覗き込んでくる。

「ええ、お恥ずかしいことですけれど。」


「──ということは、“白い商会”を購入する代金にも、あてがないということですか?」

「いえ、それは絵を売ろうと思って……。私の描いた絵は、特殊な魔法絵なんです。」


「フィリーネ嬢も魔法絵師だったの!?

 それは知らなかったわ!」

 アデリナ嬢が驚いたように目を丸くする。


 ここまできたら、すべてお2人には事情を話せるところまで話してしまおうかしら。こんなに本気で心配してくれているのだもの。


「はい。先日魔塔で鑑定を終えたばかりなのですけれど、私の描いた絵は召喚魔法のかかったもので、絵に描いたものを、実体として呼び出すことが可能なのです。」


「まあ!それは凄いわね!本来の魔法絵師のスキル持ちと、同じことが出来るのね!

 持っている魔力量が高いんだわ。」


「そんな魔法絵師は初めてお会いしますよ。

 それはかなり高く売れることでしょうね。

 僕もとても興味があります。」


「ただ……。絵に描いた物が壊れたり、生き物であれば死んだり、花であれば枯れたりすれば呼び出せなくなるので、そこは本来の魔法絵師のスキル持ちの方とは異なりますね。」


「ああ、魔法絵師のスキル持ちは、概念としてそのものを呼び出すから、そもそも実体がないんだったわね。召喚魔法使いと同じで、それを絵でおこなうだけだから。」


「はい。なのでその事情を理解した上で購入いただく必要がありますね。いつか呼び出せなくなってしまう可能性のあるものなので。

 半永久的、とでも申しますか。」


「でも、本来の魔法絵師のスキル持ちでなくとも、絵に描かれたものが呼び出せるのでしょう?それはとてもおもしろいわね!」


「そうですね、僕はペットを飼っているんですが、絵を描く旅行先に連れて行くことは難しいので、いつも寂しい思いをしているんですが、ロイエンタール伯爵夫人に僕のペットを絵に描いてもらえば、いつでも出先で僕のペットが呼び出せるということですよね。」


「あら!それはいいわね!我が家の馬車ならともかく、乗合馬車に乗るとなったら、動物を乗せられないもの。でも絵なら持ち運びが出来るわ。私、描いてもらおうかしら。」


「いいですね、僕も描いて欲しいです。

 これからはどこにでも一緒に行かれると思うと、ワクワクしますね。」

「え?お2人のペットをですか?」


「そうすれば、絵の代金が支払えるから、そのお金で“白い商会”を買うことも出来るでしょう?私はフィリーネ嬢の絵が欲しい、フィリーネ嬢は購入代金のお金が欲しい。互いにとって得のあることだとは思わない?」


「そう言っていただけるのであれば、私としてはぜひお願いしたいですが……。」

「決まりね!予定がなければ、さっそく明日にでも我が家に遊びに来てちょうだい!」


「あ……でも、私、実は絵の具の種類をそんなに持っていないので、正確な色合いの再現は難しいと思うのですが……。」

「そんなの、私の画材を貸すわよ。」


「僕も、僕の画材を貸しますから、ぜひ僕のペットの絵を描いていただけませんか?」

「お、お2人の画材をお借りするんですか?

 なんだかとても恐れ多いわ……。」


 この国1番の人気魔法絵師と、新進気鋭の魔法絵師の画材を借りるだなんて!

 絵師を志す者なら、みんな1度は触ってみたい憧れの画材だわ。


「こちらがお願いするのだもの、当たり前のことよ。ね?いいでしょう?私どうしてもあの子と一緒に旅行に行きたいの。

 お願いよ、フィリーネ嬢。」


「僕からも、ぜひお願いします。」

「わかりました、そこまでおっしゃられるのであれば……。やらせていただきます。」


「良かったわ!じゃあ、絵を描いてもらう順番は私が先ね!ふふ、楽しみだわ。」

「ええ、思いついたのは僕が先ですよ?」

「頼んだのは私が先だもの。譲らないわ。」


「アデリナ嬢にはかないませんね。

 わかりました。

 では僕はその次ということで。」

「わ、わかりました……。」


 うやむやのうちに、お客様が2人も出来てしまったわ。これは喜ぶべきことよね?

 それもこんな実力者のお2人が、私の絵に興味を持って買って下さると言うのだもの。


 お2人をきっかけにして、他にもたくさんの方が絵を買って下さるかも知れないわ。時空間魔法絵の権利使用料が入るとはいえ、それは偶然のような幸運な出来事だもの。


 魔法絵師として独立するのであれば、やっぱり普通の魔法絵を売っていかなくてはね。

 それに私の絵師としての名声が高まれば、イザークも少しは見直すんじゃないかしら。


 魔法絵師は、今この国でもっとも芸術家として地位の高い存在だもの。平民であってもヴィリのように世間から評価を受ける。


 ──地位、名声、名誉、財産。

 魔法絵師として成功するということは、それらが約束されているということだ。


 なんの役にも立たないと思っていた私が、魔法絵師として認められる。私がロイエンタール伯爵家にいれば、それはロイエンタール伯爵家の名声にもつながった筈だわ。


 それを自分たちのせいで失うことになるのですもの。親子揃って歯噛みすることになるでしょうね。それはかなり胸のすく出来事だわ。私は思わず、ふふ、と笑った。


「楽しそうね?フィリーネ嬢。」

「あ、はい、いえ、嬉しくて。これをきっかけに、世間から評価してもらえるかも知れないなと思ったら、思わず。」


「私もお友だちが評価してもらえるのは嬉しいわ。絵が完成したらぜひとも宣伝させてちょうだい。召喚絵が描けるなんて凄いことだもの。絵が動いて見えるのが物珍しいだけだと揶揄する人たちもまだまだ多いものね。」


「そうですね。まず絵の実力があってこそだというのに、奇抜さで世間の気を引いているだけだとする人たちも、やはり多いです。」

 ヴィリがうなずくようにそう言った。


「そこに本物の召喚絵が描ける魔法絵師が現れたら、世間の魔法絵師に対する見方が変わるきっかけにもなるでしょうね。」

 そう言って目を輝かせた。

「わ、私はそんな大層な存在では……。」


「あなたは自分の価値も魅力もわかっていないのね。あなたはあなたが思うよりも、ずっと美しい人だし、それ以上に才能のある人だわ。この私が保証する。──それとも、私の言葉が信じられないかしら?」


 絵の実力人気ともに5本の指に入り、ナンバーワンの呼び声も高いアデリナ・アーベレ嬢。そんな彼女にそう言われたら、とてもむず痒いけれど、本当なのだという気がする。


「ありがとうございます……。アデリナ嬢。

 少しだけ自信がわいてくる気がしますわ。

 まだまだ足元にも及びませんけれど。」


「絵の実力はね。今はそうでしょうけど、あなたはすぐに私に追いつくし追い越すわ。

 それだけの才能と、新しいものを吸収する力を、あなたは持っているのよ。」


「僕もそう思います。絵を描いている時のあなたの眼差しは、寝食を忘れて絵にのめり込む人特有の目をしていますから。そういう人は、いつか必ず大成するんですよ。」


「ヴィリまで……。恥ずかしいけれど、とても嬉しいわ。2人の期待に答えられる絵を描けるよう、がんばりますね。」


「既存のやり方にとらわれずに描けるのがあなたのいいところだけれど、もしも煮詰まったり、聞きたいことがあれば、いつでも聞いてちょうだい。なんでも答えるわ。」


「僕もぜひ聞いて下さい。お役に立てることがあるのであれば、ぜひたちたいので。」

「2人とも……。本当にありがとう。

 私、絵を描き始めて良かったです。」


 こんな風に素敵なお友だちが2人も出来るだなんて、家に引きこもるばかりで、あまり社交の場にも出ず、絵を描く以前の私には、想像も出来ないことだった。


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