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第36話 白い商会

「──“白い商会”を使うのです。」

「“白い商会”?なんでしょうか?それは。」

「私も初めて聞く言葉ね。なんなの?」


「既に出来ている商会を、購入するというやり方ですよ。これならすぐです。」

「それは……。」

 私はそれを聞いてがっかりした。


「既に出来ている商会ですって?それを買い取るのにいったいいくらかかるというのよ。

 商会の在庫、今持っている販売網、それらをすべて含めた財産を買うわけでしょう?」


 私の感じたがっかりした気持ちの理由を、アデリナ嬢が代わりに説明してくれる。

「……生きている商会、ならね。」

 ヴィリがニコリと微笑んだ。


「どういうことなの?」

 アデリナ嬢も興味津々で尋ねている。

「商会というのは、まるで動かしていない商会というのがたくさんあるものなのですよ。

 それこそ星の数ほどね。」


「商売をしていない商会ということ?」

「ええ、そういうことです。」

「倒産したってことじゃないの?それなら負債が大量にある筈だわ!それごと買い取ることに代わりはないじゃないの。」


「もちろんそういった場合も往々にしてあります。なので帳簿や財産を事前に調べる必要はありますが、まったく一度も何も動かしていない、負債のない“白い商会”というのも、実はたくさんこの世に存在するのですよ。」


 人差し指を立ててヴィリが言う。

「なぜ、わざわざ商会を作ったのに、一度も商売をしていないのですか……?」

 私はその理由がわからなかった。


「もちろん様々な場合が存在します。商売を始めようとして、病気になってしまっただとか、穀物なんかを扱っていて、商会を作ったほうが優遇措置があるので作ったものの、結局面倒になって放置してしまっただとか。」


「そんなことがあるの?」

「ええ。色々な理由で、“白い商会”になってしまう商会が存在するのです。」

「知らなかったわ……。」


 アデリナ嬢が、“白い商会”の話題に食いついて、ヴィリに様々な質問を投げかける。

「それ以外にも、“白い商会”になる場合は存在するの?そもそも優遇措置って?」


「税金の優遇措置のことですね。個人として税金を収めるよりも、商会として収めるほうが税金が安い場合があるのです。ですが知識がない人たちがすることですから、優遇措置に必要な申請書類が作れずに、結果放置するはめになることが多いのですよ。」


「平民は文字の読めない人も多いというものね。よく知らずに優遇措置のことだけを知って、作ってしまったということかしらね。」


「おそらくは。──それと最も多いのは、もともと“白い商会”として、売り目的で商会を作るという場合ですね。」


「“白い商会”を販売目的で作るですって?フィリーネ嬢のように、“白い商会”を離婚目的で購入する女性がたくさんいるというの?

 まさかそんなわけじゃないでしょう?」


「ええ、もちろんです。大半は実績がある商会であると見せる為に、“白い商会”を必要とするのですよ。作った年数は記録されていますから、歴史ある商会に見えますからね。」

「実績が必要な場面があるの?」


「ごくまれな場合でいうなら、政府から補助金が出たことがあったのですが、その際に作られて2年以内の商会は対象外ということがありましたね。その為それ以前に作られた商会が売れたということがありました。」


「新しく商会を作るのではなく、既にあった商会の台帳に、自身の商売の実績を書き記したということね?それまでなかった売上が、突然発生したかのように。」


「まあそういうことですね。

 それ以外で“白い商会”を求める人は、──概ね詐欺に使用します。古くからある商会は信用されやすいので。」


「詐欺……ですか……。」

「詐欺師が購入するから、“白い商会”を売り目的で作っておく人たちが存在するということね?作り方がわかれば、あとは作って売れるのを待つだけですものね。」


「ええ。ただ、商会は15年経過してもなんの動きもなかった場合は、国がその存在を抹消させます。ですので、それまでに売り抜く必要がありますけどね。」


「……つまり、信用としては14年目が最も価値があるけれど、翌年になると存在そのものがなくなるから、買い叩ける可能性がある年数でもある、ということね?」


「そういうことです。さすが王立学園を首席で卒業されたというアデリナ嬢ですね。

 すぐに“白い商会”の仕組みや弱点を飲み込んでしまわれた。」


 丁々発止のようなヴィリとアデリナ嬢のやり取りに、私はただただ呆然として、成り行きを見守ることしか出来なかった。


「ですから僕ら商人は、大きな取引の際は、過去3年間の台帳と、税務申告履歴を見せてもらったりしますね。税務申告履歴は国が発行するので、ごまかしようがないので。」


「税金を国に多めに払ってしまったら、わからないんじゃない?あくまでも自己申告でしょう?実際に商売していなくても、それは可能だと思うけれど。」


「もちろん可能ですが、大きく税金を納めている商会の名が、商人の間で広まっていないわけがありませんからね。地域が違えばいざ知らず。他の領主の地域出身だと言うのであれば、そこに人をやって調べるまでです。」


「そこまでやらない人は、“白い商会”の登録年数と、たとえば見せ金として納められた税務申告履歴を見て、ここは信用出来る商会だと信じて騙されるというわけね。」


「まあ、そんなところですね。そういうわけで、“白い商会”はたくさん売りに出されているんです。僕にお任せいただければ、借金の有無も調べて、“白い商会”を購入するお手伝いをさせていただきますよ?」


「本当ですか……!?ヴィリはとても商人として頼りになるのですね。

 絵描きでなく、そのままお父さまの跡を継がれることは考えなかったのですか?」


「父に幼いころから仕込まれましたので、知識だけはなんとか。ですがやはり僕は絵を描きたかったので……。」


「そうなのですね、もったいない気もしますけど。でも、ヴィリの描く絵は素晴らしいですもの。優秀な商人を1人失うより、価値のある選択だったと言えますね。」


「そう言っていただけると。まさか今になって、昔の知識でロイエンタール伯爵夫人のお役に立てるとは思いませんでしたよ。」

 ヴィリは頭をかきながら少し照れた。


 私は“白い商会”を最短で手に入れてもらえるよう、ヴィリに一任することにした。

 あとは手に入れてもらった商会の代表を書き換え、規定額の手数料を支払って、役場に申請さえすれば、私のものになるそうだ。


 これで商会を作る目処はたった。私は思わずホッと胸をなでおろしたのだった。

「──さ、ついたわ!ここよ!」


 アデリナ嬢が案内してくれた場所は、花が咲き乱れる開けた丘だった。芝生のように草が生えている広い敷地もあって、シートを広げるにはピッタリの場所だった。


 明るいけれど、近くに林があるので、そこの背の高い木々の影のおかげで、そこまでまぶしくもない。私たちはちょうどいい場所にシートを広げると、バスケットを置いた。


「とても素敵な場所ですね!アデリナ嬢!」

「ええ、本当に!こんなところをご存知だなんて!やはり絵を描く場所を調べた際に、お知りになられたんですか?」


「ええ、あちこち巡っていたら、偶然見つけた場所のひとつなのよ。喜んでいただけて私も嬉しいわ。もういい時間ね、さっそくお昼にしましょう!お腹ペコペコよ!」


「そうしましょうか。」

 アデリナ嬢の従者が、バスケットからお弁当を出して広げてくれ、保温効果のついた魔道具からお茶を淹れてくれた。


「フィリーネ嬢のお弁当、なんだかとっても可愛らしいわね。美味しそうだわ。」

「確かに。艶やかですね!」


「……それは……その、アデリナ嬢とそのご友人と一緒だとお伝えしましたら、料理長が勘違いしてしまって、若い女性向けのお弁当をこしらえたと申しておりまして……。」


 アデリナ嬢は私をじっと見つめたあとで、同じく私をじっと見つめていたヴィリをチラリと見ると、口元に拳を当てて、思わず目を細めてプッと吹き出した。


「確かに女性2人に男性が1人まじるだなんて、普通は思わないわよね。こうなったら女3人ってことにして、私たちでヴィリを可愛らしく飾り付けしちゃわないこと?」


「えっ、ええっ!?」

「せっかくこんなに花があるんだもの。花遊びだってしたいわ。フィリーネ嬢、どちらがヴィリを美しく飾れるか、対決しません?」


「……ちょっと、面白そうですね。」

「ロイエンタール伯爵夫人まで!?」

「いいから大人しく私たちに遊ばれなさい?

 1度やってみたかったのよね!」


「……わかりましたよ。お嬢さま方のお好きなようになさってください。」

 ヴィリはシートの上に広げた足を曲げて、足首を両手でそれぞれ掴んで目を閉じた。


「ふふっ。いい心がけよ?ヴィリ。」

「せめて可愛くして差し上げますね?」

 私とアデリナ嬢は、花で作った冠やら首飾りやら、指輪などでヴィリを装飾していく。


「あら!案外見れたものね!そういう衣装みたいよ?花を飾って歓迎する国があったわよね。そんな風に見えるわ。」

 アデリナ嬢は嬉しそうに微笑んだ。


 私の鏡を貸してあげるわ、というアデリナ嬢に、ヴィリをは恐る恐る目を開けて、鏡に映った自分を見つめた。

「あれっ?本当ですね。」

 と感嘆の声を上げる。


「特にこの胸元の花飾りや、肩の花飾りなんて、エスコートする女性と合わせて、そういうデザインの服を仕立てたと言われても納得する感じに仕上がってますね。」


「あ、それは私が……。」

「あら、じゃあ私とフィリーネ嬢の装飾対決は、フィリーネ嬢の優勝かしら?ヴィリ?」

「そうですね!おめでとうございます。」


 そう言ってヴィリが微笑む。

「あ、ありがとうございます……。」

 対決なんてしていたつもりはなかったけれど、褒められると素直に嬉しいわね。


 それにしてもこんな扱いを受けても怒らないし、商会の件ではとても頼りになったし、ヴィリは大人しそうに見えて、意外と大人な男性なんだわ。頼りなさそうに思っていたけど、いい父親になってくれそうな男性かも。


 私は思わずヴィリと子どもたちが花あそびをしたり、一緒に走り回って笑っている姿を想像してしまって、変なことを考えてしまったわ……と1人恥ずかしくなったのだった。


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