「それでは、未使用の魔法絵の鑑定書と、使用権利許諾書を、それぞれ2部ずつこちらで保管させていただく。あなたのほうで記入できる銀行口座が確定次第、改めて来訪いただき、署名ということにさせていただく。」
「わかりました、出来るだけ早く参りますので、よろしくお願いいたします。」
「それから、君の魔力量と波長が知りたいので、その測定をさせてもらいたいのだが。」
フェルディナンドさまがそう切り出した。
「それは構いませんが、どういった意図で測定をするのでしょうか?」
そんなもの、測りたいだなんて初めて言われたわ。何に使うものなのかしら。
「魔力量と波長を測定することで、個人を識別することが可能になるのだ。銀行で使われているのも、同様の仕組みになるな。
これをもって、時間を操作する時空間魔法の権利は、間違いなく君にあると、先に魔塔に申請しておいたほうがいいからな。」
とフェルディナンドさまが言う。
「使用権利許諾書のサインは後にするにしても、この絵の権利を間違いなくフィリーネさまが有していると、証明する為のものになります。これは個体識別の為のものですから、フィリーネさまの名字が変わっても、関係なくフィリーネさまを証明出来るのです。」
エイダさんがそう補足をしてくれた。
「なるほど、その為だったのですね。かしこまりました。わたくしはどのようにすれば?
血……とか必要でしょうか?」
「いや、血は必要ない。この水晶球の上に手を置いてみてくれるか?」
私は言われた通りに、フェルディナンドさまが差し出した水晶球の上に手を置いた。すると水晶球はまばゆく光を放ち始めた。
「では、次に魔法絵の権利登録を。先ほど測定した魔力量と波長に絵を紐づける。
今回は時間操作の魔法の絵だけだ。他は魔塔に申請を行わないので必要ない。」
「はい、承知しました。」
フェルディナンドさまはエイダさんから手渡された大きな布を受け取り、壁掛け時計の絵にかぶせると、その前に水晶球を置いた。
「別に直接絵の前に水晶球を置いてもいいんですけどね。そうすると水晶球の放つ光で絵がヤケてしまうことがあるんです。絵を保護する為の布ですね。他の物と紐づける際は、こうしたことはしないんですけどね。」
とエイダさんが教えてくれる。
すると水晶球はまばゆく光を放ちながら、布をかぶせられた絵を包みこんだ。
「これでこの絵にかけられた時空間魔法は、間違いなく君の所有物となったことを、魔塔が認識した。安心してくれたまえ。」
「はい、ありがとうございます。」
「では、権利使用料の振り込みは、フィリーネさまの商会と、商会の専用口座が出来て、改めて契約を交わしてから、ということで。
こちらで手続きを進めておきますから。魔法絵は預からせていただきますね。」
「それでは、これで魔塔での用件は済んだ。
気を付けて帰るがいい。」
フェルディナンドさまが退室を促される。
「ありがとうございました。」
私はフェルディナンドさまとエイダさんに挨拶をして、魔塔を退出した。
帰りも魔塔の馬車で送ってもらい、ロイエンタール伯爵家で降ろしてもらう。
帰宅すると、アデリナ・アーベレ嬢から手紙が届いていると家令から手渡された。
数日後の休日に、ヴィリとアデリナ嬢とのピクニックを実現させようとのお誘いだ。
私は喜んで参加の旨の手紙をさっそく書き上げると、家令に渡して差し出させた。
するとすぐに返事が届いて、当日はお迎えに上がらせていただきます、とあった。
アデリナ・アーベレ嬢とのピクニックは、イザークが出張に出る以前に、朝食という名の定例報告会で報告して了承を貰っているから、いつ出立しようとそれは自由だ。そうと決まれば、お茶とお弁当を準備させなくてはね。アデリナ嬢もヴィリも、それぞれお茶とお弁当を持ってくるでしょうから、種類をたくさんにして、量は少なめがいいわね。
家令に当日のお弁当を準備するよう伝えると、どなた様といらっしゃるのか、何人分必要かを尋ねられたので、アデリナ・アーベレ嬢とそのご友人との3人分であることを告げた。すると、アデリナ・アーベレ嬢の名を聞いた途端、一瞬飛び上がるかのようにビクッとし、ソワソワしながら、了解しましたと言った。彼もアデリナ嬢のファンなのね。
当日、料理長も心得たもので、1.5人前と思われる量のお茶とお弁当を、花柄の布を中にしいたバスケットに入れて準備してくれた。味が気に入られれれば、気に入った料理長の分をたくさん食べることになるものね。
自分の分が選ばれる前提で、少し多めにしているのだろう。
玄関で家令からメイドがバスケットを手渡されている最中に、アデリナ・アーベレ嬢がロイエンタール伯爵家に到着した。
「フィリーネ嬢!迎えに来ましたわ。」
馬車の中からアデリナ嬢が手を振った。
出迎えに行くと馬車の中にヴィリの姿はなかった。家令に手を差し出され、私が馬車に乗り込むと、メイドが家令にさっき受け取ったバスケットを手渡し、家令がバスケットをアデリナ・アーベレ嬢の従者へと手渡した。従者が馬車の中にバスケットを積み込む。
「料理長より、若いお嬢様方が好まれる料理や味付けのものばかりにいたしております、と申しつかっております。」
とバスケットを差し出す際に言われた。
ヴィリのことをはっきりと言わずに、アデリナ嬢の友人と伝えたから、てっきり女性3人だと思われたのね。まあ、男性を加えて出かけるには、奇数って珍しい人数だもの。
「お気をつけて。」
「行って参ります。」
家令とメイドに見送られて、アーベレ公爵家の馬車がスルスルと走り出した。
「──ヴィリは?」
私はアデリナ嬢に尋ねた。
「独身男性が既婚女性の家を訪ねて来たら、たとえ同伴者がいても驚かれるでしょう?
彼とは噴水広場で待ち合わせよ。」
とアデリナ嬢は言った。
これで私もイザークを伴っていれば別だけれど、私一人となると少し違ってくる。
2人がそこに気を使ってくれたのだろう。
馬車はヴィリとの約束の場所である、町の噴水広場に向かったのだった。
「おはようございます、アデリナ嬢、ロイエンタール伯爵夫人。」
ヴィリは手にバスケットを下げていた。
やっぱりヴィリもお茶とお弁当を準備してくれたのね。アデリナ嬢のバスケットも馬車の中に置いてあったし。
量を減らして正解だったわ。
馬車に乗り込んだヴィリは、私が席をあける為に膝の上に抱えたバスケットを見て、
「……ひょっとしてロイエンタール伯爵夫人の手作りですか?」
と、期待を込めた眼差しを浮かべた。
「いえ、当家の料理長が……。」
「貴族は令嬢も夫人も、厨房に入ることは基本許されないものなのよ。だから私もまったく料理は出来ないわ。」
とアデリナ嬢が肩をすくめてみせた。ヴィリはそれを聞いて露骨にがっかりする。
「私は貧乏子爵家の出だったので……。昔は料理もさせてもらっていたんですよ。」
と言うと、
「それはぜひ食べてみたいですね!お願いできますか?ロイエンタール伯爵夫人!」
と再び喜色満面な笑顔になった。
「そうですね、いつか……。」
私が離婚したあとなら、ね。
「ロイエンタール伯爵夫人、あれからお元気でしたか?先日の写生大会ではありがとうございました。とても楽しかったですよ!」
「こちらこそありがとうございます、お2人から色々と教われて、こちらこそ楽しかったですわ。お天気もよくて、今日は本当に気持ちのいいピクニック日和ですね。」
「ええ、本当に。」
「本当ですね。こんなに気分が晴れたのは久しぶりです。」
「アデリナ嬢も、誘ってくださって本当にありがとうございます!」
「お気になさらないで、ヴィリの我が儘みたいなものですから。」
「──我がまま?」
「ちょっ……アデリナ嬢!」
「ふふ……ごめんなさい。」
ヴィリもアデリナ嬢も、以前会ったときよりも顔色が良くて、どこか幼い表情をしていた。やはり2人ともピクニックを楽しみにしてくれていたのだろう。
目的地に向かうまで、他愛もないおしゃべりをする中で、ヴィリに頼みたいことがあったことを思いだした。
「ヴィリ、……実は私、あなたに聞きたいことと、お願いしたいことがあるんです。」
「僕にお願いしたいことと、聞きたいこと、ですか?はい、なんでしょうか?」
「私、商会を作りたいと思っていて。」
「──商会?また、なにゆえですか?商いでもされたいのですか?ご夫人には難しいと思いますが……。まあそういうご夫人もいらっしゃるにはいらっしゃいますが。」
ヴィリが不思議そうに首をかしげる。
「実は最近魔塔へ行ったのですが……。」
そこで私は事情を話したのだった。
「……というわけで、急遽商会を作る必要が出てまいりまして……。
なにか伝手はありますでしょうか?」
「そうなのですか、ご主人と離婚を……。
苦労なさってるんですね。」
ヴィリが眉を下げる。心做しか、ヴィリが嬉しそうに見えるのはなぜなのかしら。
「商会が出来るまでは、財産分与の問題で離婚に踏み切ることが出来なくて……。」
「フィリーネ嬢……。まさかそんなことになっていたなんて。私に協力出来ることがあれば、なんでも言ってちょうだいね?」
「ありがとうございます。アデリナ嬢。」
心配そうに眉を下げてそう言ってくれるアデリナ嬢に心が暖かいもので包まれていく。
「そうですね……。まず商人以外が商会を作ろうと思うと、とりあえずはどこかの商会に見習いとして入ることを勧めたいかな……。
それと、独身の女性は商会を作ることが難しいですね。独身の女性には、色々と権利がないのはご存知ですよね?
かなり大変だと聞いたことがあります。」
「そうなのですか……。」
だけどそんな時間は私にはないわ。
どうしたらいいのかしら……。
私があからさまに落ち込んでいると、
「まあでも、まったく手がないわけでもないですよ。商人に見習いなんてせずに、商会を手に入れている人たちもいますからね。」
「本当ですか!?
それはいったいどんな方法なのですか?」
「それはですね……。」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
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