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第32話 いつものルーティーン

 結局、改めて招待状をお出ししますね、というその方の言葉に、イザークはなんともあいまいに、ああ、とだけ答えていた。


 本当に私を、連れて行くつもりかしら?

 年に一度の、王族への新年の挨拶の為の、王宮でのパーティー以外で、イザークにエスコートしてもらったことなんてない。


 王族の誕生日パーティーには、侯爵家以上しか呼ばれることがないから、そうなると夫人同伴が必須のパーティーは、新年の挨拶時だけとなる。だけどそこでも踊らない。


 通常、夫人同伴のパーティーに呼ばれた場合は、夫婦で一度は踊るものだけれど。イザークは商売の話にばかり熱心で、踊らない人たちが集まるところで歓談ばかりしている。


 夫に放置されているから、私も壁の花になる。いつも少し美味しいものを食べたり、目立たないようにひっそりと過ごしていた。


 社交社交という割に、夫人同伴が必須のパーティーに連れて行くつもりがないからか、私はこの家に嫁いで来てからというもの、ダンスの練習をさせられたことがない。


 学生時代には、卒業ダンスパーティーで踊る必要があったから、一応それに向けて実家でダンスの練習をさせられていたので、まったく踊れない、というほどでもないけれど。


 正直ステップを忘れている気がするから、ただのお茶会ではなく、大人数が集まる、ダンスありきのパーティーだったら、私は踊らなくてはならないのかが心配だった。


 嫁いでしばらくの頃なら、イザークと一緒に踊りたかったから、正直ダンスの練習だって、させて欲しかったけれど。

 イザークはどうするつもりなのだろうか。


 個人が開くダンスパーティーは、人数が多いとはいえ、王宮のそれほどではない。

 一度も踊っていないカップルは、当然気付かれてしまうでしょうね。


 友人が開いたダンスパーティーで、踊らないなんてことがあるかしら?……イザークなら、あるかも知れないわね。


 主賓が招いた人たちと踊るのも、もてなしのひとつだから、当然私もずっと壁の花でいるというのは無理だろう。


 ……念の為に、ダンスを習わせて欲しいと言ってみようかしら?──そこまで考えて、どうせもうすぐこの家を出るのだから、私には関係がないということを思いだした。


 誘って下さった方には申し訳ないけれど、私はもうすぐロイエンタール伯爵夫人ではなくなるんだもの。招待には応じられないわ。


 それでも、話好きで話題を振って下さる、イザークの友人との会話は楽しかった。

 このくらい少人数なら、私も話がしやすいのだけれど。イザークが行かせたがるパーティーじゃ、私はうまく話せないから。


 もともとワインを一杯だけ、という約束だったから、それを飲み干したところで、

「君はそろそろ下がりなさい、1日中出かけていたのだから、疲れただろう。」


 と、もっともらしいことを言って、イザークが私を下がらせようとした。

 既に親しくなっている人との社交は、イザークにとって意味をなさないらしい。


 これ以上不機嫌にさせても面倒だわ。

「そうですね。今日は1日中外で絵を描いておりまして。疲れた気がいたします。」

 私は目を伏せてそう答えた。


「ほう?絵を?

 夫人も絵を描かれるのですね。

 よろしければ拝見させていただいても?」

「え……。」


 私とまだ話したそうに、引き止めるかのように話題を振ってくる、イザークの友人。

 チラリと、イザークの方に視線を走らせると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「どのような絵を描かれるのですか?」

「ええと……。その、魔法絵を……。」

 瞬間、余計なことを言うな、とでも言いたげな視線がイザークから飛んでくる。


「魔法絵を!?」

「それはますます見てみたいですね!」

「もういいだろう、妻は疲れているんだ。」


 なんとしても私を下がらせようとしてくるイザークは、せっかく盛り上がっている彼らに水をさすように、そうピシャリと言った。


「美しい妻を見せたくない君の気持ちはわかるが、そんなにすぐに下がらせなくてもいいだろう?夫人との話はとても楽しいんだ。」

「そうだぞ?嫉妬深い奴め。」


 冷たいイザークの言葉にも動じず、イザークが嫉妬で私を男性から隠したがっていると笑う、イザークの友人たち。


 ……正直、それだけはないと思うの。

 女性ばかりの集まりに行けと言われたこともないし、嫉妬するそぶりなんて見せられたこともない。そもそも感心がないから。


「申し訳ありません、本当に疲れていて。

 今度ゆっくり、ご招待いただいた際にでもお話させていただけたらと思いますわ。」


 後で何か言われても面倒だ。私は笑顔でそう、イザークの友人たちに告げると、残念そうにされたが、そこで私を開放してくれた。


 丁寧にカーテシーをして、その場を下がらせてもらうと、改めてお風呂をいただいて化粧を落とし、ゆっくりと休むことにした。


「本当に、何を考えているのか、よくわからないわ……。なぜいきなり機嫌が悪くなったのかしら。私、うまくやれていたと思うのだけれど……。はあ、気にしても無駄ね。」


 思わず独り言を呟いて、そのままベッドに潜り込んだ。深く眠りについていた私は、しばらくして突然誰かに起こされた。


 ベッドの上に、誰かがのしかかっている感触。──誰かが私をまたいでいる!!

 私は恐怖から悲鳴も出せないで震えた。


 ……誰かを、誰かを呼ばなくては。

 気付かれないように、そっと呼び鈴に手を伸ばした私の手を、その誰かがグッと掴んで止めた。思わず短く悲鳴が漏れる。


「……私だ。驚かせたか。」

 私のベッドの上にまたがっていたのは、なんとイザークだった。


 鍵はかけていたけれど、マスターキーは家令が預かっている。家令は主人であるイザークの言う事ならなんでもきく。マスターキーを渡すくらい、当然するだろう。


 つまりイザークは、家令からわざわざマスターキーを借りてまで、鍵のかかった私の部屋の鍵を開けて、入って来たということだ。

 ──なんの為に?


「なにを驚くことがある。今朝、明日は長期出張だと言っただろう。いつも通りだ。」

 まさか……、夜のお勤めのことを言って?

「ご、ご友人がいらして……。」


「だから私の部屋に呼び出さずに、こっちに来た。客間からは遠いからな。それより、私が呼び出すのがわかっていて、図々しく寝ているとはな。どういうつもりだ?」


 どういうつもりも、友人たちとお酒をめしあがって、そのまま寝ると思っていたから、私も寝たまでのことだ。


「お客様がいらしているのに、そんなことをなさるとは、思っておらず……。」

「そんなことで予定は崩さない。」


 ──予定。イザークにとって、この行為はただの予定の消費だということだ。いつものルーティーンを崩したくないのだろう。


「それより今日の態度はなんなんだ。君は随分と男性には愛想がいいんだな。本当はちゃんと社交が出来るのに、私がすすめた場所に行こうとしないのは、男がいないからか?」


「……なんですって?」

 私が社交を苦手としているのは、大人数と過ごすのも、派手で噂好きの人たちと話を合わせるのも苦手だからだ。


 少人数の集まりであったり、静かな読書会のような、私が行きたがる場所はすべて拒絶されて、私には友人を作る機会がない。


 社交パーティーでは、だいたい知り合い同士が固まるものだから、まずは少人数のサロンで友人を作らないと、居場所がないのに。


 おまけに義母から領地や家の管理を任せてもらえない私は、仮初の妻扱いで、それを馬鹿にされたり、話題が提供出来ない原因でもある。それなのに……。


 それをことごとく潰しておいて、男性であれば楽しくおしゃべりが出来る?

 この人は何を言っているの?


「まあいい。はやく服を脱ぎ給え。

 酔っているから、私も早く寝たい。」

 まるで寝る前にトイレを済ませたいとでも言うように、私を求めてきた。


「何をしている。まだ寝ぼけているのか?

 まったく、手間がかかるな……。」

 そう言って私の服を脱がそうとしてきた。


「い、嫌っ!!」

 思わず私はイザークを押しのけてしまい、それからハッとした。


 イザークが絶望したような、驚愕したような表情で、私にまたがったまま見下ろしていた。目は私を見ておらず、なんだか異様な雰囲気で、私は背筋に悪寒が走った。


「……君も・・……、私を馬鹿にするのか?」

 君も。イザークは王女殿下に相手にされなかったことで、たくさんの貴族に馬鹿にされ見下されてきた。それはイザークの逆鱗だ。


「そんなつもりは……!」

「違うと言うのななら、私を受け入れろ。

 それが君の、妻としての役目だろう。」


 イザークが私の服を脱がせるままにするのを、私は止めることが出来なかった。

 震えたまま、イザークを受け入れる。


 イザークとの行為は、いつも痛い。

 だけど、そう言うことも出来ない。

 それが貴族婦人というものだから。

 奥歯を噛み締めて、耐え抜いた。


 イザークが立ち去ると、私はよろよろと起き上がり、服を着て、嫁入り道具として持参した、祖母から貰ったタンスの扉を開けた。


 中に隠してあった、メルティドラゴンが描かれた絵を取り出すと、左から右に撫でた。

「アギャア。」


 するとメルティドラゴンの子どもが絵から飛び出し、可愛らしい表情で私を見上げ、体をスリスリと寄せてきた。


「いい子……。いい子ね……。」

 私はメルティドラゴンの子どもの背中を撫でると、一晩中ベッドの中で、メルティドラゴンの子どもを抱きしめて眠った。


 次の日、朝になると、イザークとその友人たちは既に出立していていなかった。これから静かな日々が続くことになる。


 今日はさすがに見送りの為に顔をあわせたくなかったから、いなくてホッとした。

 夫がいなくてホッとするなんて、どうして私たちはこうなってしまったのだろうか。


 朝食を取り終えると、魔塔からの呼び出しの手紙を家令が手渡しに来た。

 魔法絵の鑑定が終わったんだわ!


 この手紙を持参すれば、いつ魔塔に向かってもいいらしい。そして中に同封されていた手紙は魔法の手紙で、出せばその日のうちでも迎えの馬車が到着するとのことだった。


 イザークがいなければ、いちいち外出に許可を取る必要もない。私は家令に外出する旨を告げて、すぐに向かわせていただくと、魔法の手紙を使って返信を出した。


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