この子と一緒に暮らせたらいいのにね。そうすれば、私もこの子も、独りぼっちではなくなるもの。この子が本当に私を気に入っていて、家までついて来てくれるならだけど。
「……レオンハルト様、町中で魔物を飼っている方というのはいらっしゃいますか?」
専門家のレオンハルト様に尋ねてみる。
「いるぞ。まずテイマーだな。テイムしている魔物を連れて一緒に行動している。それと貴族の一部で魔物を飼うことが流行っているそうだ。当然敷地内で飼っちゃいるがな。」
と言ってくれた。
「テイマーの方しか、魔物は町中を連れ歩けないのですか?」
「テイマーはテイムした魔物に言うことを聞かせられるが、貴族は飼っているだけで、言うことを聞かせられるわけじゃないからな。
そんなものを町中に放たれたら困るだろ。
基本巨大な檻の中で飼うのさ。」
なるほどね。
「ですが、テイムしている魔物かどうか、見ていて分かるものですか?私は見たことがありませんけど、魔物が町中にいては、皆さん怯えられるのでは……?」
「テイムしている魔物は、専門の首輪を付ける決まりがあるのさ。必ずそれをしてる。
──というか、なぜそれを聞く?」
レオンハルト様が不思議そうに首を傾げて私を見下ろしてくる。
「その……。いずれこの子を飼えたらいいなと思いまして……。
レオンハルト様も、特にこの子を飼っているわけではないとのことでしたので……。」
と言うと、レオンハルト様は驚いた表情で私を見つめてあんぐりと口を開けた。
「驚いたな……。メルティドラゴンを飼おうってのか?確かに大人しい方ではあるが。
貴族の令嬢の考えることは分からんな。」
「……駄目でしょうか?」
不安になって尋ねると、レオンハルト様は少し考えて答えた。
「……家に閉じ込めるつもりなら構わんだろうが、あんたは町中を連れ歩きたいんだろ?だったら駄目だな。あんたがテイマーならいざ知らず、この子を操れないんだから、連れ歩くなんてのは不可能さ。」
「……出来たとしたらどうですか?」
「──何?」
じっと見上げる私を見つめてくる。
「私、召喚の力を持つ魔法絵師なんです。
絵に描いたものを呼び出して操ることが可能です。既に猫で試しました。今回魔物の絵を描きたいと思ったのは、それが魔物であっても可能であると、証明する為なのです。」
「描いたものを呼び出して操るだって?」
「先日既に魔塔でそのことを証明いただいております。魔物を描いた絵を売れば、その魔物を呼び出して操ることが可能です。絵を高く買い取って貰えるだろうと思い、それで魔物の絵を描くことにしたのです。」
胸に手を当ててそのことを告げる。
「そんなことが本当に……?だが、確かに、昔の魔法絵師のスキル持ちの中には、魔物を呼び出して操れるほどの存在がいたと聞く。
お嬢ちゃんが、その力を持つと言うのか?
……だが、もし本当だとしたら、この子を飼うことは構わないが、絵を売ることは認められないな。」
レオンハルト様が、腕組みしながら、少し厳しい目線をこちらに向けてくる。それはかなり私にとって、予想外の言葉だった。
「なぜですか?魔物を使役出来るということは、殺すだけでなく、役に立てることも出来る魔法だと思うのですが……。」
だけどレオンハルト様は首を横に振った。
「考えてもみろ。絵は誰でも買うことが出来る。あんたのその、魔物を操る力を持つ絵を1番手にしたいのは誰だ?」
「冒険者ですとか、騎士団とか、あとは護衛代わりにしたい貴族ですとか……。」
「ちがうな。──犯罪者だ。」
「犯罪……者……。」
「その絵を大量に集めれば、王家に反逆だって企てられるかも知れん。そんなものを売るなんてことは認められない。
王家で購入することは、ひょっとしたらあるかも知れないが、元第一騎士団、団長として、誰彼構わず販売するのは認められん。
恐らく販売を続けたら、そのうちあんたが芋づる式に反逆罪で捕まりかねんぞ。」
「そんな……。」
そういうことであれば、確かにそうなってしまうのかも知れなかった。だとするとすぐにでも絵を売って家を出る計画が台無しだ。
私は絶望に打ちひしがれた。
……あら?でも、ちょっと待って?
「レオンハルト様、私の絵は、時間を操ることも可能なのですが、先程の理屈で言うのであれば、その絵も売ったらまずいですよね?
犯罪者が時間を操って色々したら……。」
「そうだな、まずいと思う。」
レオンハルト様は、軽く握った拳の人差し指の背を顎に当てながらそう言った。
「ですが私、魔塔から、魔法使用権の権利証を作成いただいて、その使用権利料を毎月支払っていただけることになっているのです。
それなのに、私の魔法が使えないということなのでしょうか?」
と尋ねた。だってそのお金を、私は離婚後の生活費としてあてにしているんだもの。お金が入らなれば困ってしまう。
「ああ、そうなのか。
それはもちろん支払われるだろうな。」
「そうでしたか。良かったわ……。」
「魔塔は魔法を管理している。公表されない魔法も含めてな。もしも公表されない魔法や特別な許可のいる魔法を勝手に使用する者がいた場合、罰則とともに罰金を課すために、利用料を定めているのさ。」
「え?ど、どういうことでしょうか?
つまり、勝手に私の魔法を使用する方がいらして、その方から罰金としてお金を徴収しない限りは、私にお金が支払われない性質のものということてしょうか?」
それならば、支払われるとは言っても、いつお金が手に入るか、わからないじゃない!
私はサーッと青ざめた。
「──いや、そうじゃない。
罰金の金額の基準にするものではあるが、使用権利料自体は、固定で魔法作成者に毎月支払われる性質のものだからな。」
私の心配を悟ってか、レオンハルト様が優しく微笑みながら教えてくれる。
「そうなんですか?」
「公開されない、または使用制限のある魔法の場合は、公開した場合を想定して、支払われるであろう金額を、毎月支払うことで、魔法が非公開になることを、作成者に了承して貰うのさ。新しい有効な魔法も、その作成者も、大切な国の財産だ。本来得られる筈の既得権利を侵害するのは、国や魔塔の本意ではないということだな。──安心したか?」
「はい……。レオンハルト様は、魔塔の決まりに関してお詳しいのですね。」
「まあ、取り締まる側の立場にいたからな。
魔塔と協力して、魔法犯罪者を捕獲するのも、騎士団の大事なつとめのひとつさ。
多少は知っている、というところだ。」
なるほどね。お仕事で関わるのであれば、対象者がどのようなことに違反して、自分たちが捕まえなくてはならないのか、理解しておく必要があるものね。
下の人たちは指示があれば、理解していなくても動くでしょうけど、騎士団長ともなると、そうもいかないのね。
私はレオンハルト様から聞いた魔法が非公開にされる件について、ふと思うことがあった。ひょっとしたら、作成者である私も、使うことは出来ないのかしら、と。
もしもそうであれば、この子を描いた絵を私が持っていてはまずいのかも知れないわ。
「あの……、その……、魔法が非公開になった場合、私自身がその魔法を使うことも出来なくなるのでしょうか?」
「いや?そんな話は聞いたことがないな。
もちろん犯罪に使用するようなことがあれば別だろうが。そこいらへんは、魔塔に詳しく聞いてみたらいいんじゃないか?」
「そうですね。この子の絵を持って行って、詳しく聞いてみたいと思います。」
「──なんだ、もう描けたのか?」
「はい。動かないでいてくれたので、とても描きやすかったですわ。ただ、まだ乾いていないので、私がこの子を使役でるかどうかまでは、この場で確認出来ませんが。」
「そうか、なら、暗くなる前に戻ろうか。この辺りも、暗くなると、あまり大人しくない魔物がたくさん出るからな。」
「わかりました。」
私は広げてあった道具を片付けて、絵の具がくっつかないように、木箱の中に慎重にしまい、袋の中に入れた。
レオンハルト様が馬に荷物をくくりつけようとした時、急に馬がヒヒィーン!と鳴いて暴れ出してしまった。
「どう、どう、落ち着け。
どうしたんだ?」
レオンハルト様に手綱を掴まれたまま、馬は前足で飛び跳ねたりしてもがいている。
メルティドラゴンの子どもが、ガバっと立ち上がると、私の前に立ちふさがるかのようにして、森の方向に向けて、アギャア!と威嚇のような声を放った。レオンハルト様が、ハッとしたように森に視線を向けた。
「……きやがったか。クロスウルフだ。」
目の部分が赤い十字傷のようなものに塞がれた、灰色の犬のような魔物の群れが、森の中からゆっくりとこちらに歩いてくるではないか。可愛らしいメルティドラゴンの子どもとは、こちらに対する敵意がまるで異なるのが、肌に伝わってくるような気がするわ。
「下がってな。護衛の出番だ。」
レオンハルト様はそう言うと、馬が逃げ出さないように、荷物を馬ごと、マジックバッグの中へと吸い込んだ。──あんなに大きな物が入る大きさだったのね!!
レオンハルト様は、ジリジリと距離を詰めてくるクロスウルフに向けて剣を抜いた。
「グルル……、ガウッ!!!」
恐らくは群れのボスなのであろう、ひときわ大きなクロスウルフが吠えたのを合図に、群れが一斉にレオンハルト様に襲いかかる。
「レオンハルト様!!」
「──ギャン!!!」
レオンハルト様に襲いかかったクロスウルフが、その剣で真っ二つ寸前の深さまで体を切りつられ、悲鳴をあげて地面に落ちる。
──凄いわ!さすが元第一騎士団長ね!
それを見たクロスウルフのボスが、再びガウッ!ガウッ!と吠えた。
仲間がやられて、レオンハルト様にたどり着く前に尻込みしていたクロスウルフが、レオンハルト様と、──私の二手に別れて襲いかかってきた。
「くっ……こいつら……!!」
レオンハルト様に8体、私に2体のクロスウルフが襲いかかる。
「アギャア!!」
メルティドラゴンが戦闘態勢を取ろうとしたので、「だいじょうぶよ。」と言って、メルティドラゴンの子どもを脇で軽く抱くようにして、その行動を静止しながら、手にしていた絵を、左から右へと撫でた。