「でも、ある意味よかったかもしれませんね」
「私の蘇生薬が消えたことが、そんなに喜ばしいと!?」
「いえ、そうじゃなくて……もしも、あの蘇生薬を使って誰かを生き返らせていたら、時間経過でどうなっていたと思います?」
「…………消滅したかもしれませんね」
使ってしまえばこっちのものかもしれないが、万が一時間経過で消滅するとしたら、生き返った方もフィオナ様もトラウマものだ。
そんな恐ろしい可能性を考えると、簡単に検証する気は起きない。
「じゃあ、次から私が検証しますか?」
この件はそれで終わりかと思っていたが、ふいにエピクレシが名乗りを上げた。
検証って……急に消滅する恐怖を誰に味わわせようっていうんだ。
「ふむ……たしかにあなたであれば、試してみるのも悪くはありませんね」
え……意外だな。
フィオナ様って、部下のこと大好きすぎて抱き枕にするくらいだから、消滅の恐怖なんて絶対に却下するかと思ったのに。
エピクレシの実験がそれだけ信頼されているってことか?
まあ、たしかに蘇生薬の出現確率を高める条件らしきものも、エピクレシが発見してくれたわけだし、優秀なんだろうけど……。
「自我のないアンデッドならいくらでもいますからね。最悪消滅しても問題ありません」
「アンデッド?」
「ええ、死に損なっている者たちとでもいいましょうか」
スケルトンとかゾンビとかその手の魔族ってことだよな?
そういえば、ヴァンパイアもアンデッドに分類されるんだっけ。
「エピクレシはアンデッドをぽこぽこと召喚できるので、ある意味ではレイに似た力を持っているのです」
「ぽこぽこ」
いちいち言動がかわいらしい魔王様だが、それは問題ではない。
俺にその部分を抜粋されて顔を赤らめて震えているけれど、今はエピクレシのことだ。
「これでも、ディキティスの軍団と張り合えるくらいはがんばれますよ。もっとも、ディキティスが強すぎてじり貧で負けますけどね」
だとしても、たった一人で軍団を形成できるって時点で大概すごいな。
そうか、アンデッドの召喚か。たしかに俺のモンスター作成と似ている能力だ。
そして、うちの子たちと違って自我がない存在も召喚できるので、最悪そいつが消えてもいいというわけか。
さて、ここまで考えて一つの疑問が思い浮かんだ。
「え……召喚して殺すってこと?」
「いえいえいえ! さすがに、そんな外道な実験するタイプではないです。私」
よかった……。
人権くそくらえタイプのマッドサイエンティストだったら、俺は今後エピクレシとどう付き合っていけばいいかわからなくなるところだった。
となると、過去に死んでしまったアンデッドを対象にするんだろうか?
「アンデッドなのに、死んだ部下がいるってこと?」
アンデッドってなんだっけ……。
「勇者や聖女は天敵ですからね……それだけでなく、聖なる力全般が本当に厄介で……あの力の前では、アンデッドも天に召されます」
ゲームとかでよく聞くやつだ。
こっちの世界だと、さぞ重宝されたんだろうな。
アンデッドの軍勢とか、倒しようがない兵士の軍隊だし、戦いにさえならないかもしれない。
それを打破できる聖女たちが、人々に尊敬され慕われるのもわかる気がする。
「まあ、そういうわけで私の軍勢もけっこう減っていることですし、蘇生できるのならその機会を棒に振りたくないのです」
「そういうことなら、まあ問題ない……のかな? というか、俺が出した蘇生薬どうしますか? フィオナ様」
「それなんですよねえ。う~ん……嬉しいことに、ここも魔族や従業員たちが増えてきましたし、お医者さんあたりがいいですかね?」
医者か……。そういえば、最近は怪我をしていないし、病気に至っては転生以来患っていない。
だけど、必要なのは間違いないな。いざというときに、いるといないとじゃ大違いだ。
「たしかに、回復薬は余りまくりですけど、その手のプロがいると安心ですからね」
「余りまくりとはなんですか!」
「いや、プリミラのおかげで量産できているので……ロペスが獣人たちに売る分の在庫とかもありますし」
「ああ、そっちでしたか」
絶対、自分のガシャのハズレ結果を想像したな。この魔族。
蘇生すべき魔族も決まったことだし、明日のフィオナ様の実験が終わったら、そのお医者さんとも会えそうだな。
「あの、予備として残しておいたりはしないのでしょうか? 特に、レイ様が万が一にでも死ぬような目にあったことを考えますと」
「日に日に、渡される不死鳥の羽が増えてきているんですけど、これでもまだ保険としては不十分ですかね?」
最終的に俺を不死鳥にしようとしているのでは?
そんなことを考えてしまうほど、いくつも渡された不死鳥の羽をエピクレシに見せると、彼女は苦笑した。
「それだけあれば、不慮の事故とかどうとでも対処できそうですね……」
「まだ不安なので、もうちょっと持っておきます?」
「いえ、俺が持てる羽にも限度がありますので……」
結局無理やり追加の羽を渡された。
今の俺の残機いくつあるんだよ……。
◇
「さあ、魔力も回復しました! プリミラに、こいつ毎日毎日魔力回復薬をねだりにきやがってなにしてんだみたいな顔をされましたが、ちゃんと魔力回復薬も準備済みです!」
プリミラ……表情の変化にとぼしいはずなのに、それがわかるほど懐疑的な視線を向けたのか、フィオナ様なら無表情の中から感情を読み取れるのか。
たぶん、プリミラに迷惑をかけている負い目から、フィオナ様がそう被害妄想を浮かべただけだな。
「では、計測頼みましたよ。レイ!」
「はい」
さて、蘇生薬を引くまでに何週間かかるかな。
減っていくフィオナ様の魔力を見つめながら、それが絶望に変わる瞬間を待つ。
「10000です」
「では、開けましょう!」
「うそ……」
蘇生薬だと? フィオナ様なにかずるしてないか?
いや、落ち着け。これは過剰魔力も使って生成した蘇生薬だ。うろたえてる暇があったらすぐにエピクレシに渡さないと、消えてしまう。
「エピクレシ頼んだ」
「は、はい! 蘇生薬がこんなにも簡単に……えっと、それではキングスケルトンよ。蘇りなさい!」
エピクレシが魔法陣のようなものを空中に描きあげると、その中に蘇生薬を持った腕を突っ込んだ。
なるほど、エピクレシの軍団は、あの魔法陣の中とつながった空間にいるわけか。
そういえば、フィオナ様は自分の体内に、魔王軍の魂だけ退避させているって言ってたもんな。
それがエピクレシにとっては、あの魔法陣の先の空間だったというわけだろう。
「蘇生成功です!」
「おお……これなら、私も蘇生薬の大量生産が……」
「…………シ……サマ」
「!!」
中から動く骸骨が現れた。ただし色は白ではなく、黒を基調に所々がタトゥーのような金色模様だ。
どことなくおしゃれな骸骨は、キングというだけあって装備もしっかりと強そうで、見た目もどこか気品がある。
「すみません」
エピクレシが一言そう呟くと、キングスケルトンは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
え……なんだ? なにか不具合があったか? やっぱり、過剰魔力で蘇生させたことで体に異常が?
「あ……体が消えていく」
やはり、不完全な蘇生薬だったのか。
キングスケルトンは、徐々に体の端から消滅していってしまった。
やっぱり、だめだったか。自我のある魔王軍に使用しなくてよかった……。
……これ、他の種族にばらまいたら、えげつないことになりそうだな。
せっかく蘇らせた相手が、わずかな時間で消えてしまう。
精神的にかなりのダメージが期待できるが……さすがに、俺が魔族でもそこまで非人道的なことをするのはどうだろう……。
「どうやら、キングスケルトンは完全に消滅したのでなく、再び死んだ状態になったようです。仲間にも、できれば敵にも使用はおすすめできませんね」
「ええ、この蘇生薬の製造方法は残念ながら諦めましょう」
ああ、やっぱり魔族的にもそういう意見なんだ。
敵を容赦なく殺すことと、その死をもてあそぶことは話が違うからな。
「では、今後も地道にガシャるとしますか!」
へこたれないなあ……。
まあ、そういうところがフィオナ様のいいところの一つだからな。
エピクレシは、魔法陣の内部をもう少し調べるらしく、俺とフィオナ様だけが彼女の自室を後にすることになった。
◇
「……自我がなかったはずなのですが、あのときたしかにエピクレシ様と呼んだ……。自我が芽生えた……?」
だとしたら、その原因は?
魔王様の魔力? レイ様の蘇生薬? いや、そもそも私たちは以前から、こうだったか?
「……やめておきましょう。深淵に近づきすぎる趣味はないので」
あのときのキングスケルトンは、確実に自我があった。
魔王様とレイ様が、余計な罪悪感を背負ってしまう前に、彼の魔力を奪い去り体の自由を奪った。
だけど、それはあくまでも動けなくなるだけで、消滅することはあり得ない。
であれば、やはりあの方法で生成した蘇生薬は、短時間しか対象を蘇生できないのだろう。
そして……蘇生薬で復活したものは、自我が芽生える、あるいは強化されるのだろう。
「とんでもない方ですね……」
その言葉は、魔王様に向けたものだったのか、あるいはレイ様に向けたものだったのか。
……私にも、よくわからなかった。