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第110話 徹底的に穴をふさがれている宝箱

「どうしよう……」


「二度の検証で一つですか……私たち三人を蘇生したことを考えると、確率はもっと高いのでは?」


「いや、もっと低確率のはずなんだけどなあ……フィオナ様は何度もはずしていたし」


「レイ様だけが高確率で……運の違い? いや、元はレイ様の力だから? あるいは……注いだ魔力量の差?」


 エピクレシが、おそらく無意識にひとり言をつぶやく。

 運は……俺は悪いと思う。

 今世はフィオナ様に拾われたのは運が良いけれど、開幕からして女神に捨てられ、下手したら殺されていたしな。

 前世だって、まあ運が良いとは言えないだろう。


 俺の力だから、宝箱が俺を優遇してくれた?

 どうだろう……。たしかに、俺のスキルは俺のためにとても役立ってくれている。

 だけど、さすがに宝箱ガシャの結果を操作なんてことはできないと思う。


 だから、一番可能性が高いのは、注入した魔力の量だ。

 フィオナ様は、ふだんから9000ほどの魔力でガシャに挑んでいる。

 俺は前回からキリよく10000の魔力でガシャを行うようにした。

 実は、10000というラインで結果が大きく変わるんじゃないか?


「10000が大台だから、そのおかげで蘇生薬の確率が上がっているのかもしれないな」


「ええ。ええ、そうですとも。やはり、その可能性が非常に高いと思います!」


「フィオナ様に報告してみるか」


「あくまでも可能性ですけどね」


 それでも、今の爆死ばかりの結果が少しでも向上するのであれば、きっと喜んでくれるだろう。


    ◇


「なるほど! ついに攻略法が判明したわけですね!」


「可能性があるってだけですよ」


「で、あれば私の魔力を10000でしたっけ? 注ぐことにしましょう」


「あ~……フィオナ様」


 意気揚々と宝箱に向かっているところ悪いのだが、それにはちょっと言っておきたいことがある。

 邪魔されたというのに、フィオナ様は嫌な顔一つ浮かべずに俺のほうへと振り返った。


「1足りません」


「1? 魔力がですか?」


「ええ、フィオナ様の魔力は9999なので、10000は注げません。注ごうとしたらぶっ倒れます」


「そんな……1。あと1だというのに、どこかに落ちてませんかね?」


 そんな、自販機の下を探すような真似はやめてもらいたい。

 だけど、たったの1というのであれば、別にどうにでもなるだろう。

 フィオナ様が9900ほど注いだ後に、ピルカヤに100注いでもらえばいいわけだし。

 一人で行いたいというのであれば、1くらい少し寝たらすぐに回復する。

 二回に分けて魔力を注げば、すぐに10000に到達するだろう。


「と、思います」


 なので、俺はその二つの案をフィオナ様に伝えると、フィオナ様は笑顔で俺の頭をなでた。


「さすがは私のレイです。では、まずはエピクレシ。足りない分はあなたが補うのです」


「かしこまりました」


 その場にいたためか、フィオナ様はエピクレシと協力して10000の魔力を注ぐことにしたようだ。

 とはいっても、彼女たちには注いだ魔力の量はわからないだろう。

 しっかりと、俺が二人の魔力の減少値から数値を計測しなければ。

 ……失敗したら泣きそうだしな。


「食料です」


「なぜ!?」


 その日、フィオナ様はマギレマさんのレストランに大量の差し入れをした。

 マギレマさんは喜んでいたが、浮かない表情のフィオナ様を見て、あらかたを察したようだ。


    ◇


「やはり、一人でやらないとだめなのかもしれません。任せてください。孤独な戦いには慣れています」


 ガシャのことなのか、魔王軍が全滅した後に勇者を倒したことなのか。

 フィオナ様のことだから、どうせ前者だろうな。


「9900注げました」


「レイ様があまりにも簡単に言うので忘れそうですが、その正確な測定値すごいですね……実験の協力者になってほしいです」


 なんの実験かによるけれど、暇なときはそれもいいかもな。

 さて、フィオナ様は魔力回復のために睡眠をとるようだ。

 ……あ、はい。俺も行くんですね。わかりました。


「100回復したら起こしてくださいね」


「はい、わかりました」


 なるほど。そういえば、魔力を測るには俺が必要だ。

 フィオナ様は、そのために俺を寝室に連れてきただけのようだ。

 ……この魔王。普通に抱きついてきたぞ。

 なるほど。結局は抱き枕扱いのために呼ばれたようだ……。


「早く、100回復してくれないかなあ……」


 と思っていたのもつかの間。

 さすがはフィオナ様だ。最大値が高いためか、100の魔力をものの15分程度で回復させた。

 ピルカヤの魔力をそれだけの時間で回復と考えると、改めて規格外だなこの魔族。


「フィオナ様。100溜まりましたよ」


 寝てる……。

 そうだった。この方は寝起きが悪いんだった。

 下手に声をかけようものなら……ほら、きたぞ。体を締め付けるような感覚が。

 痛みや苦しみはないのだが、先ほど以上にフィオナ様が密着している……。

 近い……というか柔らかいし、匂いがその……。

 ああ、普段はポンコツのくせに、寝てるときはその要素がないせいで、フィオナ様ごときにこんなに緊張することになるとは……。


    ◇


「さあ、続きです!」


「大丈夫ですか? レイ様。なんだか疲れているような……」


 一緒に休んでいたはずなのに部屋を出る前よりも疲れている俺を見て、エピクレシが不思議そうな顔をしていた。

 ごめん。説明できないというかしたくない。


「大丈夫だから、続きをやろう」


「そうですか? ああ、たしかに、魔王様がそわそわされていますね」


 さっきまで、俺を抱き枕にしていた美しい人はどこかに消えたらしい。

 よかった……。いつものフィオナ様だ。


「では、あと100の測定頼みましたよ! レイ!」


「はい、任せてください」


 計測は間違っていない。

 ちゃんと魔力注入前の値と、注入して減少した値を計算できている。

 だから、一度目の注入では9900を、二度目の注入では100をしっかりと注ぎ込んだはずなんだ。


「な、なぜこのような仕打ちを……」


「お~……すごい数の薬草ですね。プリミラ様がお喜びになるのでは?」


「喜ぶでしょうけど!」


 やっぱり、10000というのが間違っていた?


「まだです! まだ諦めるには早い!」


 心を読まれた? それとも、たまたま同じようなことを考えてしまったんだろうか。


「あれです。きっと、時間をおいたのがまずかったのでしょう」


「たしかに、二度目の魔力注入までに間が空いてしまいましたけど」


 主にあなたの寝起きの悪さのせいですとは言えない。

 藪蛇になりかねない。


「ならば、私にはプリミラの魔力回復薬という心強い味方がいるではありませんか!」


「あ~……たしかにそれがありましたね」


 以前ならば、フィオナ様の馬鹿げた魔力を全快にできないということもあり、フィオナ様が使用することはなかった。

 だけど、今回必要なのは不足分のたった1だけだ。

 魔力を注いで、回復をしてからすぐに不足分を埋めてしまう。

 理論上はそれで10000の魔力を注げるはずだな。


    ◇


 翌日、魔力がすっかり全快したフィオナ様は、片手に宝箱、片手に魔力回復薬という万全の構えで待っていた。

 言葉にはしないが、現時点でエピクレシもようやく思い知ったのだろう。フィオナ様の運の悪さを。

 きっと今回もだめなんだろうなと思うけど、本人がやる気ならそれを削ぐようなことは言うまい。


「レイ。プリミラ。エピクレシ。私に力を貸してください……!」


「なんか、俺たち死んだみたいな扱いですね」


「嘘でもそんなこと言わないでください!!」


 フィオナ様が注いだ魔力が8000を超える。9000を通過し、そのまま絶妙な量まで注いでいく。

 ……この魔族、この行為に慣れすぎだろ。目測で9900ぴったりで止めやがったぞ。


「9900です……」


「今です!」


 魔力回復薬を使用し、そのまま残りの100も埋めていく。


「10000になりました」


「レイ、今です!」


「はい」


 まあ、ぶっちゃけてしまうとやる前から想像できていた。

 それにしても、なんとも皮肉なものじゃないか。

 魔力回復薬の材料となる魔力の実の詰め合わせを引き当てるとは。


「なんで~……!?」


「仮定が間違えていましたかね? やはり、レイ様であることに意味がある? いや、途中で魔力を補給することが許されない?」


「それです!」


 え、まだ諦めないの?

 なんという不屈の魔族だ。こんな魔王様だから、たった一人でも魔王軍を守り続けていたんだと思うと尊敬する。

 だから、良い感じでまとめたので、そろそろガシャ沼から抜け出してくれないかなあ……。


「大丈夫です。とっておきの作戦がありますので、明日を楽しみにしていてください」


「魔王軍に指示するときよりも、頭を回転させていますね」


「魔王ですから!」


 だめだ。皮肉が通じない。俺たちの魔王様が無敵すぎる。


    ◇


「途中で補給が許されないのであれば、上限値を超えればいいのです!」


 初めて見た。

 ガシャで当たりを引くために自分の限界を超えようとする者を。

 ん? そうは言いながらも、フィオナ様は昨日と同じく片手には魔力回復薬を……。


「先に飲めばいい。こんな簡単なことだったのです!」


 あ、そういうことか。

 プリミラの魔力回復薬は上限値を超えて回復してくれるもんな……。

 あれ、これってまさか。


「さあ、10000を一気に注ぎましょう」


 ……もう手遅れだな。

 俺にできることは、10000を正確に測定することだけだ。


「フィオナ様。10000です」


「そうですか! では、お願いします!」


 宝箱を開ける。

 そこには、念願の虹色の液体がしっかりと格納されていた。

 うん。誰がどう見ても蘇生薬だ。それはいい。それはいいんだけど……。


「やりました! レイ、エピクレシ。あなたたちの協力のおかげです!」


「お~……さすがは魔王様。こうなれば、もはや魔王軍の復興など容易いですね」


 ごめん。

 たぶんそれは無理なんだ。エピクレシ。

 君は知らないかもしれないが、過剰分の魔力で作った物は……。


「ああ!? き、消えていく……私の蘇生薬が……」


 まあ、予想していたとおりだ。やっぱり時間経過で消えるんだな。

 途中の補給もだめ、事前のブーストもだめか。


「あ、玉座の魔力……」


「だ、だめですよ? 私も使いたいのを毎日我慢していますが、二度目はプリミラが本気で怒りそうですから……」


「といいますか、玉座の魔力なら10000なんて簡単に超えているんじゃないですか?」


「なるほど! ならば、プリミラに話してちゃんとした理由で使うと説得を」


「あの~」


 今すぐにでもプリミラのところに向かおうとしたフィオナ様を、エピクレシが引き止める。


「玉座はあくまでも魔力を溜め込んで、有事の際に魔王様が吸収する魔力と記憶しています」


「ですが、今回は正当な理由があるので、使っても怒られる確率は低いと思うんです!」


「いえ、そういうことではなく……玉座から直接出力することってできましたっけ?」


「あ……」


 なるほど。あくまでもフィオナ様にフィードバックするだけであり、他の用途として直接の利用はできないのか。


「ちなみに、魔力を溜め込んでおけて、直接出力できる道具ってないの?」


「聞いたことはありませんね……」


 恐ろしいな宝箱。徹底してあの手この手を潰してくる。

 結局、一度に魔力を注ぐ以外の方法はなさそうだな……。

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