これまでの環境は、まあちょっと忙しすぎるときもあったけど、言ったらすぐに改善してくれたし、そう悪い労働環境ではなかったと思う。
選択肢には、毎日真面目に働けと言われているし、ここで働くことが、やっぱり私たちにとって一番だということなんだろうなあ。
「マギレマさん良い人だね~」
そんな環境は、最近さらに向上することになった。
その理由がマギレマさん。美人なのに下半身はタコみたいで、タコの足の代わりに犬が生えてるすごい人だ。
あの人はどんな料理も作ってくれるうえ、それらがすべてとても美味しい。
食堂を利用できる。それだけでもありがたいことだけど、なんとマギレマさんは私たちにお弁当まで用意してくれる。
これはもう、本当にすごいことだよ。
やっぱり人間にとって食って重要なんだなあ……。今は獣人だけど。
「味。栄養バランス。カロリー計算。……なんか、女子として完全に負けてる気がしなくもないわね」
「ま、まあ、相手は専門職だから?」
一流シェフに負けたと思えば、ショックを受けることさえおこがましいというやつだよ。きっと。
「
「いやあ、疲れるよそれ」
そして集中力が切れて散々な結果になることは、なんとなく想像できる。
1.選択肢で料理をする → 平凡な結果。
2.自分の力で料理をする → 食べられなくはない。
3.諦める → おすすめ。
うるさいな! なに、おすすめって!
無駄なことするなって言いたいの!?
「ど、どうしたのよ。箸を握りしめて」
「選択肢が生意気なんだよ~」
「仲良さそうね」
生意気だって言ったのに!?
まあ、色々できるぶん料理特化の人には勝てないかあ。
もしかしたら、料理の加護を女神様からもらった転生者もいるのかな。
「マギレマさんといえば」
江梨子ちゃんが、思い出したように言う。
「魔王軍の一員で魔族でもあるし、やっぱり戦えるのかしら?」
「あれ、ゲームではどうだったの?」
「あのゲーム。戦わずにすむことも多いし、かと思えばなにが条件なのか強制で戦闘になったり、フラグ管理がめちゃくちゃに面倒なのよ」
よくわからないけど、つまりマギレマさんと戦う場合と戦わない場合があるってことかな。
「私のときは、マギレマさんと戦闘にはならなかったし、よくわからないのよね」
「でも強そうじゃない? ほら、足がいっぱいあって犬だし」
「ええ、手数が多いのはそれだけで恐ろしいわ……。ピルカヤさんとか、リグマさんとか……」
ゲームでも強かったんだねえ……。
そんなとりとめのない会話をしていたら、なんだか人が入ってくる気配がした。
お客さんがきたみたいだね。
「やってるか?」
「はいはい、ただいま~」
お客さんは、何度かうちを利用したことのある獣人の男性だ。
特に問題も起こさない人だし、スムーズに接客を終えると、その人は私たちのお弁当を気にしているみたいだった。
「……それ、美味そうだな」
「美味しいですよ~。超一流シェフの特製お弁当ですから」
「それも、ここで買えるのか?」
「え? あ~……考えてませんでした」
「買えるようになったら教えてくれ」
そう言い残しながら獣人男性が去っていく。
そっか~。マギレマさんの料理美味しいからね。
言われてみれば、当然売り物としてやっていける代物だ。
「レイさんに相談してみる?」
「そうね。他のスタッフが昼休憩から戻ったら、伝えにいきましょう」
◇
「問題はマギレマの負担だけど」
「余裕だよ~。というか、今でも暇な時間のほうが多いし」
「なるほどなあ……」
弁当を作るのって大変そうだけど、そこはフィオナ様自慢の料理人。苦も無くやってのけるらしい。
「どうします? フィオナ様。マギレマの弁当も商店で売りますか?」
「美味しいですからね。マギレマの料理は」
経営者目線でなく、すでに夕食を考えてるなこの魔族。
お腹が鳴らなかっただけ、よしとするか……。
フィオナ様がこんななので、いつも通りプリミラに意見を聞くことにした。
その結果、とりあえず、弁当計画は数量限定販売ということで様子見をすることとなった。
「もっと作れるんだけどね~」
「どの程度売れるか様子を見ながら、
……もう、プリミラが魔王になればいいのでは?
そんなこと言ったらフィオナ様が泣きそうだから、俺は心の奥底にその意見をしまっておくことにする。
フィオナ様は、そんな俺の考えも知らずに夕飯を楽しみにしているようだった。
◇
「聞きましたか? クニマツ殿」
「どうしたんですか? 兵士長さん」
レベル上げを終えて帰ってくると、馴染みの兵士長さんが話しかけてくれた。
彼はこうしてたびたび有力な情報をくれるので、非常に頼りになる存在だ。
「例のダンジョンタウンの商店で、絶品と評判の弁当が販売されるようになったとか」
「弁当……?」
まあ、そういうこともあるか。
あそこは前に行ったときも、屋台料理やら腰を落ち着けられる軽食店があったくらいだ。
商店もそれに負けじと弁当くらい売っても不思議ではない。
「なんでも、あまりにも人気のため、販売して1時間以内に完売するとか」
「すごいですね……それほどの味なんでしょうか」
量次第ではあるけれど、この言い方ではそれなりの量が即座に売り切れているように感じる。
あの町というかダンジョンというか、日々発展を続けているんだろうな……。
だからこそ、今回のように腕に自信のある料理人が参戦することもあるってわけか。
「なにかの時限イベントとか、限定的に入手可能なアイテムとかありそうだな……」
あのダンジョンは、ゲームに存在しない。
なので、そこが発展したダンジョンタウンも当然知らない。
だけど、こうもトントン拍子で発展していると、どうしてもゲーム的な考えで、掘り出し物のアイテムとかを考えてしまう。
ジノと相談して、また潜ってみるか?
「クニマツ殿」
おっと、考え込んでしまっていた。
兵士長さんの言葉に反応すると、彼は小さな声で忠告するように言葉を続ける。
「今、あの場所に向かうのはおすすめしません」
「どうしてですか? あそこは、探索が進んでいるため、今は深層を除けば比較的安全なはずですが」
「……ええ。なので、ジェルミ王子が近衛とともに直接挑むという話が進んでいるのです」
「王子様が……」
ジェルミ王子。
王国の第二王子であり、ゲームにもたびたび登場してきたネームドキャラだ。
一言で表すのなら、良いところのないイド。
あるいはかわいげのないイドと言ったほうがいいか。
性格は傲慢。短気にして短慮。だけど実力差を見抜けないほど愚かではない。
そのためか、彼はゲーム中でやけにレベルが高いNPCとして登場していた。
努力はしっかりするタイプだったのかもしれない。
そのうえで性格が悪いというのだから、まあ不人気なキャラだったよ。
このゲームはとても自由度が高く、それも売りの一つだったけど、人間ルートではたまにこうしてジェルミ出陣イベントが発生して行動が制限されていた。
ゲームの売りを潰す男なんて言われ、プレイヤーも嫌っていたっけ……。
今回、それが現実に起きたってわけか。
まあいいや。別になにがなんでも行きたいというよりは、なんとなくもう一度行こうと思った程度だ。
それを邪魔されたってことは、縁がなかったと思って割り切ってしまおう。
本音を言えばドワーフのカールとか、優秀な魔石細工師だから仲間にしたい。
でも、ルフと違って戦闘好きではないから、次回ドワーフの国におもむくようなことがあれば、そのときに探してみるのがいいだろうね。
「教えてくれてありがとうございます。しばらくは、別の場所でレベル上げ……鍛えることにします」
兵士長さんはほっとした様子で、見るからに安心していた。
ジェルミと僕が衝突するようなことがあれば、立場的に彼は僕の敵になっていただろうし、そうならなかったことに安堵してくれたのだろうな。
◆
『どけ、そこは俺が狙っていたダンジョンだ』
『勇者? 王族より偉いのかそれは』
『はっ、所詮獣。しつけがなっていないと見える』
「うざくねえか!?」
「お邪魔キャラすぎる……」
「イド相手にも、この態度を一貫してるのはすごいけどな……」
「イドさんなだめてるリックくんが、一番すげえよ……」
ジェルミ第二王子。
それは作中キャラからもプレイヤーからも嫌われる不遇の王子であり、イドと仲良く人気投票の下位を争うキャラクターである。