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第70話 魔王に通用しない勇者の力

「あなたたちには」


「くそっ……魔族め。やるなら僕だけにしろ」


「いくつかの選択肢を」


「なに言ってるのよ武巳たけみ! 私たちだけで生き延びろっていうの!?」


「用意しています。選びなさい」


「みんなで生きて帰ろう! 諦めたらだめだよ!」


「このまま囚われの身となるか、それとも魔族のために働くか」


「魔王軍が相手なんだ! 僕たち全員が助かるなんて甘い考えは許されない!」


「……レイ~」


 うるせえな、こいつら。

 フィオナ様が思わず魔王モードを諦めて泣きついてきたが、芝居がかったやりとりに夢中で気づいてすらいないぞ。


「静かになさい。魔王様の御前です」


 プリミラが重そうな武器を地面に叩きつける。

 さすがに危機を感じたのか、三人の転生者たちは体をびくっとこわばらせると、ようやく黙ってくれた。

 プリミラ頼りになる……。

 ついでにフィオナ様もびくっとしていたことは触れないでおこう。


「どうぞ。魔王様」


「……レイ。任せます」


 あ、この魔族パニックになって俺に全部押しつけやがった。

 まあしょうがないか。かろうじて魔王っぽくふるまえただけよしとしよう。


「とりあえず、うちで働いてある程度自由にすごすか、監禁されるか選んで」


「…………働くというのは、魔族の仲間として人間を殺せということか?」


「いや、店番」


「そうか……店番?」


 獣人たちのほうは時任ときとう奥居おくいに任せるし、こいつらはドワーフのほうのダンジョンの店番をさせよう。

 転生者たちを集めすぎても結託して裏切りそうで面倒だからな。

 ……いや、その場合はまとめて対処できるから、むしろ楽なのか?


「なにを売るつもりだ。まさか……薬物とか」


「あ~、薬もあるな」


「くそっ! なんてやつらだ! そうやって人類が気づかないうちに蝕んでいたということか!」


 蝕むって、むしろ治療に貢献してるのになんて言い草だ。

 だけど、この様子だとこちらに引き込むのは難しそうだな。当てが外れたか。


「なんか勘違いしてるようだが、おじさんたち売ってる薬って回復薬よ?」


 ……ああ。そういうこと?

 違法薬物を売りさばいて、魔族が人類たちを疲弊させているとでも思っていたのか。

 なるほど、それなら従いにくいだろう。リグマが指摘してくれて助かった。


「回復薬……つまり普通の道具屋ってことか」


 心なしか、こちらへの警戒心が下がった気がする。

 俺が言うのもなんだが、敵であるリグマの言葉をそんな簡単に鵜呑みにしていいんだろうか。


「変な物なんて売ったら、まっとうな商売ができないだろ」


 だいたいフィオナ様が、そんな危険なアイテムなど作成できるものか。

 客層も偏ってしまうし、品物の供給もできないような店なんて魔力の無駄でしかない。


「それで、どうするんだ? 働くのが嫌なら別にかまわないが」


 フィオナ様が無駄な期待をしているので、倒しはしないけれど、しばらくは監禁だな。

 こいつらの場合、そっちを選んでも不思議ではない。


「……いや、悪事に手を貸すわけではないようなら、僕らだってただ飯を喰らうつもりはない」


「で、でも」


「いいんだ。状況はさして変わらない。人々のためにレベルを上げながら城で暮らすのが、魔族のために店番をしてダンジョンで暮らすようになっただけさ」


「たしかに……私たちを邪険にするやつらに義理はないからね」


「それに、僕は君たちがいるだけでどこでもやっていけるよ」


 わりと乗り気だな。

 というか、今の言葉を聞くに国松くにまつ以外の転生者の中には、不当な扱いを受けているやつらもいるのか?

 そういうやつらなら、条件さえよければこちらに引き込めるかもしれないな……。

 もっとも、最初のやつらみたいに、魔族はレベル上げ用の殺していい存在って意見もありそうなので、あくまでも慎重にしないといけないが。


「うちは働いてくれて成果を上げてくれたら、それなりに評価もするぞ」


 従業員用の宿舎となっている宿屋がいい部屋になったりする。

 フィオナ様は、そのあたりのことはちゃんとする魔族だからな。

 いずれ裏切るかもしれないとはいえ、今の働きに見合った待遇は用意してやらないといけない。


「まあ、期待しておこう……あの王たちも似たようなこと言っていたのに、あの様だったからね」


 この様子だと、どうやら前向きに働いてくれそうだな。

 疑われているが、それはこちらも同じことだし別に問題ない。


「働かせてもらおう。僕は風間かざま武巳たけみ。スキルは勇者だ」


「武巳がそういうなら……私は世良せらあらたといいます。スキルは聖女です」


「私ははら友香ともか。スキルは賢者よ。ちゃんと好待遇で雇ってよね」


 ……こいつら、そんな警戒心なくスキルまで明かしていいのか?

 なんだか、俺のほうが心配になってきた。

 なんにせよ、やる気を出してくれているのはいいことだ。


「俺はレイ。見てのとおり魔族だ」


 まずは自分を、そして四天王とフィオナ様を紹介していくが、特に大きな反応はない。

 ということは、こいつらはたぶんゲーム未経験者だな。


「監視してるから、変な事したら燃やしちゃうよ。気をつけてね」


「物騒だな……その変なことというのを聞いておきたい」


「魔王様を裏切る行為すべて」


「なるほど……理解した」


 最後にピルカヤがしっかりと釘を刺し、互いの紹介は終わった。

 どこまで理解してくれたかはわからないが、ぜひとも時任たちのように、変な気を起こさずに働いてほしいものだ。


「まずは、所属していた国の情報を聞きたいんだけど」


「聞いてくれ! 僕たちがいかに不当な扱いを受けていたか!」


 ……なんか、すごい食いついてくるじゃん。

 その後、やたらと詳細にこれまでの境遇を話されたが、主に国松以外の脅威がいないことと、他の転生者たちはやる気がないことだけがわかった。


 なるほど。どうやら国王とやらはこいつらの使い方を間違えているな。

 当然ながら、この世界にいきなり転生して戦える人物なんてごく少数だろ。

 それよりは、元の世界と同じように安全な場所での労働力にするほうが効率がいい。

 ちょうどうちは商店の店員が不足しているわけだし、そこの労働力となってもらうのが最適だろう。


「それじゃあ、ドワーフの店長に話は通しておくから、そこで働いてくれ」


「ああ。あの店長か」


 わりとトラップダンジョンに通っていたため、風間もあの店を利用していたみたいだな。

 顔見知りというのであれば、お互いにやりやすいだろう。


「待ちなさい」


 さっそく三人を店に案内しようとすると、フィオナ様に止められた。

 ……あ、宝箱持ってる。


「カザマ。あなたは勇者といいましたね」


「あ、ああ……言いました」


 真剣な表情のフィオナ様って、なまじ顔が整っているせいもあり、気圧けおされるんだよな。

 さすがの風間も途中から敬語になってしまった。

 だが騙されるな。今のフィオナ様の思考は絶対にポンコツだぞ。


「あなたの勇者としての力とは?」


「……それは、残念なことに僕自身わかっていない。いません」


「いいえ。あなたにはすでに力があるはずです」


 悔しそうにする風間に、フィオナ様はそう断言した。

 風間自身も驚いた顔で、フィオナ様の言葉を聞いている。


「ダンジョンは本来あなたたちが思う以上に危険なもの。それを、今日まで無傷でいられたのは間違いなくあなたの勇者としての力によるもの」


「ぼ、僕に勇者の力が……」


「そして、その力とは運命をも塗り替えるものとみています。現にあなたたちは罠にかかる未来を変えてみせましたからね」


 要するに主人公補正というか、運がいいってことだよな。物は言いようだ。


「そこで、あなたにはこの宝箱を開けると強く念じてもらいます」


「? ま、まあ別にかまわない……ですけど」


 ほら、急に変なこと言い出すから困ってる。

 それでも風間は言われたとおり宝箱を開けようとした。

 開けてくれではなく、開けようとしてくれと頼まれたため、実際には開けていない。

 なんとも変な命令に律儀に従うものだ。


「今です。レイ!」


「はいはい……」


 まるでだまし討ちをするような号令だったので、風間達はぎょっとするが、俺は無視して宝箱を開けた。

 そこには……不死鳥の羽。


「……それでは行きなさい。今後も私の力になることを期待しています」


 崩れかけたフィオナ様が、なんとか力を振り絞ってそう告げた。

 風間たちは、なんだかその言葉に感銘を受けたようにして、プリミラの案内でこの場を去っていった。


「レイ~!」


「残念でしたね」


 魔王モードが終了し、フィオナ様が泣きついてきたのですぐになぐさめる。

 というか、抱きつかないでほしい。あなた中身は残念だけど見た目はすごく美人なんだから。


「まあ、そううまくはいきませんよ。風間の能力が運の良さかどうかもわからないですし」


「おのれレイ以外の転生者……私に期待させるだけさせて、なんてひどい」


 濡れ衣だ。さすがにこればかりは転生者を擁護するぞ。

 ……転生者だし、あいつらも宝箱開けられるはずだよな。


「フィオナ様。なんで風間に直接宝箱を開けさせなかったんですか?」


 もしかしたら、そのほうが蘇生薬の可能性も上がったんじゃないか?


「そんなことしたら、蘇生させた部下にレイの手柄だと自慢できなくなるじゃないですか。私は部下全員にレイを自慢したいのです」


「……それはどうも」


 手柄っていうのなら、全部フィオナ様の手柄なんだけどなあ……。

 まあ、それだけ重宝されているのだと、その言葉はありがたく受け取っておこう。


「カザマたちといい、魔王様たちといい、そこらでいちゃついてばかりだねえ」


 うるさいピルカヤ。フィオナ様に限ってそんな色気ある話などあるものか。

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