「すご~い! 本当に賑わってるね」
ダンジョン周りに店ができた言われても、せいぜい小さな露店が少しだけと思っていた。
しかし、いざドワーフたちの国のダンジョンに到着すると、そこにはしっかりとした建物がいくつもある。
「僕たちの世界と違って、魔法ですぐに建物も作れるのかもしれないな」
だとしたら、この世界の住人たちはずいぶんと楽な生活を送っている。
この世界に残りたがるやつらは、そのあたりも理由の一つなんだろうな。
だけど、僕はそんなのごめんだ。
元いた世界に帰りたい。だから、やりたくもないモンスター退治なんてやっている。
女神の言うことが本当なら、僕たちにはチャンスがあるんだ。
必ずそれをものにしてみせる。魔王とやらを倒してみんなで帰ってやる。
「また一人で抱え込んでるでしょ?」
「え……まあ、決意を新たにしただけさ」
そんな内心を察してくれたのか、新が心配そうな顔をする。
新だけじゃない。
だめだな。二人を心配させているようじゃ、勇者失格だ。
「みんなで帰れたらいい。そう思ってね」
「足並みが揃わないのよね~。同じような境遇だから、みんなで協力し合えばいいのに」
思い浮かぶのは
しかし、彼だけじゃない。もう一人というか、もう一つの派閥も頭によぎる。
「国松はともかく、彼らも帰ることが目標で、魔王を倒そうと言っていたのだから、できれば協力したかった」
「……戻ってこないよね。やっぱり、どこかで魔王軍にやられちゃったのかなあ」
その可能性は高いだろう。
国松が言うには、僕たちはまだまだレベルが低い。
女神の力があるとはいえ、それだけでどうにかなるほど、この世界は甘くないらしい。
「生き物の動きを止めたり、大爆発を起こしたり、味方なら頼りになったでしょうけどね」
「説得にまるで応じなかった。所詮はゲームだと言っていたし、案外順調に魔王までの最短ルートを辿っているかもね」
まあ、そんなことはないだろう。
十中八九すでに死んでいる。だが、彼らのために新が心を痛める必要もない。
見ず知らずの人間たちだ。悪いが、このくらいは許してもらいたい。
「また抱え込んでるでしょ。ほら、せっかく露店があるんだし、気分転換するわよ」
そう言って手を引かれた先にあったのは、肉を薄いパン生地のようなもので挟んだ食べ物だった。
料理もおいしそうだし、生活水準も僕たちがいた世界となんら遜色ないんだよな……。
ただ一点、魔王に魔族にモンスターという脅威があり、戦うことが身近だというだけだ。
やっぱり、僕たちにような平和な世界の者に、それはあまりにも辛すぎる。
「はいはい、次行くわよ」
「せわしないな……」
そうして二人に連れられて、屋台を物色し続けることになった。
本当にダンジョンができた後に、これらが集まったとは思えないほどには盛況だ。
元々小さな村だった場所にダンジョンができたと言われた方が納得できる。
だけど、こうして様々な人が集まって商売ができる程度には危険ではないということだろう。
国松と兵士が言っていたとおり、ここは安全と見て間違いないだろう。
◇
「中もすごいな……」
「さすがに外ほどじゃないけど、ここもしっかりとお店ばかりね」
「このあたりまでは、観光のお客さんもくるのかな?」
たぶんそのとおりだし、ここまでの安全が担保されている裏付けでもある。
さて、ここからが本格的なダンジョンというわけだ。
正直なところ、これまで経験がないダンジョンの挑戦に物怖じしそうになる。
だけど、僕はこれでも勇者だからね。安全なダンジョンくらいは簡単に攻略してみせないといけない。
「静かだね……」
店や客でにぎわっていた入口から少し進むと、しんとした薄暗い洞窟が続いているだけだった。
遠くからかすかにカンカンと甲高い音だけが聞こえてくるが、それ以外は何の音もない。
冷たくて古ぼけた空気が頬をなでる。喧噪だけでなく、まるで空気までもが別物のように感じてしまう。
「なにもないとはいえ、油断しないで進もう」
来る前は、一般人なら怪我をするかもしれないなんて言った。
だけど、実際に訪れてみると、なんだか静かで不気味な場所は、僕たちも油断できないと思わせる。
それでも進む。進む。ひたすら奥を目指して進んでいく。
「……なにもないな。ここがダンジョンって本当なのか?」
「道を間違えたとか?」
「そういえば……最初の道ってかなりわかりにくい抜け道だったわね」
たしかに……。
今思うと当然のようにそこを進んでいたけれど、あの道以外にも大きな道があった気がする。
「引き返そうか。悪いが、僕が道を間違えた可能性が高くなってきた」
「あはは、しまらないわねえ」
「まあ、そういうこともあるよ。帰りも気をつけようね」
二人は嫌な顔一つしないで、僕を責めることもなかった。
やっぱり、三人で行動して正解だったな。
もしも、僕たちと同意見の誰かを連れてきていて、こんな空振りをしていたら……。
もう少ししっかりしないとな。
◇
「お、侵入者」
「む……? んん? う~む……」
何気なくピルカヤの力で侵入者を監視していたら、人間の侵入者が三人やってきた。
任せられる仕事がなかったため、リピアネムも同じく監視していたんだが、彼らを見てなにかうなっている。
「どうした? なにか気になることでも?」
「あの侵入者たちは弱い」
「そりゃそうだろうよ……」
魔王軍の中でも化け物みたいに強いやつが何を言っている。
あれか? 強者と戦いたいみたいな、そんな欲求が湧いてきたか?
「いや、レイ殿。話はまだ途中だ。その呆れた目は、私を傷つけるぞ」
「そうか。ごめん」
「うむ。それで、彼らは弱い。しかし、それと同時に勇者のような気配を感じる」
「勇者……?」
ためしにステータスを確認してみる。
そこに表示された内容では、さすがに勇者かどうかはわからなかった。
しかし、それと同じくらいに興味深い情報を得られることとなる。
全員ステータスはそこそこといったところ。
だけど、名前がどう見ても日本人のそれだ。
「リピアネム」
「どうした?」
「お手柄かもしれない」
「なに!? 私が戦闘以外で役に立つだと!?」
自分でそれを言うのか……。
ともあれ、転生者を知ることができたのはお手柄だ。
そして、そうなると先のリピアネムの発言も気になってくる。
勇者のような気配か……。
もしかして、女神から授かった力がその関連か?
勇者のような剣技。あるいは蘇生システム。あるいは属性。あるいは人徳。
なんらかの力が勇者と同等のタイプなのかもしれない。
だとしたら、わりと厄介な転生者の可能性が高い。
勇者はまだゲームの世界の住人だからいい。強くても、ゲームそのものの知識はない。
だけど、転生者が勇者の力を所持しているとなると、下手したら勇者の力に転生者の知識が混ざることとなる。
本物の勇者以上の脅威となる恐れがある。
「すぐにフィオナ様に伝え……」
言葉の途中で、彼らの行動に思わず止まってしまった。
それは、トラップダンジョンを作るときに没にした道だったはずだ。
あのダンジョンは、実は今生きている道以上に、複雑で様々な罠をしかけて没にしていた。
プリミラに、さすがに殺戮がすぎると忠言されたため、なくなく諦めた仕掛けの数々だ。
それらの部屋は残しており、道だけをすべてリセットしたはずだった。
はずだったのだが……奇しくもマップからも、現場からも見えにくい道が残っていたようだ。
ああ……なんという失態を。あとで絶対塞いでおかないと。
「どうした。フィオナ様に伝えるのでは」
「レイが私を呼んでいるような気がしました!」
「さすがは魔王様です」
え、怖い。
フィオナ様もしかして、ピルカヤみたいに俺を監視でもしてるの?
「魔王様。まだお説教は終わっていません」
そして、なんでまだプリミラに怒られているの……?
まあ、いいか。とりあえずは、フィオナ様にも報告だけはしておこう。
「フィオナ様。転生者が侵入しました。リピアネムが言うには、なんだか勇者っぽいと」
「なんですって!?」
「あの三人です。男一人に女二人、全員が転生者です」
「う~ん……? たしかに、勇者っぽい力の片鱗みたいなのは感じます。でも、たぶんクニマツより脅威にはなりませんよ?」
まだまだ成長途中ってことか?
ならば、ここで対処しておくべきか。
「ところで、あの道はなんですか? 私、知らないんですけど」
「ああ、あれは……」
フィオナ様に俺の失態を説明すると、頭をなでながら失敗は誰にでもあるとなぐさめられた。
部下に甘いからなあ。この魔族。
これに甘えずに、次回からは気をつけないと。
「没にした場所……。たしか、あそこは他のダンジョンに入りきらなくなったモンスターを、一時的に待機させている場所でしたね?」
「ああ。このまま進むと、その部屋に入ることに……」
もしかして、なにかするまでもなく倒せるんじゃないか?
そう期待していたが、三人組のリーダーらしき男が足を止めた。
どうやら、今になって道を間違えたなどと言っており、このまま引き返すようだ。
惜しいな。もう少しでモンスター部屋に入ってくれそうだったのに。
そして今から罠を設置というわけにもいかないか……。
ただでさえ狭い道だ。こんな遠隔から設置しようものなら、下手したら壁の中に埋まって終わる。
かといって、広い場所で迎え撃とうにも、次の広場はダンジョンの入口。
せっかく安全な場所としてにぎわって、魔力を稼いでくれる侵入者が行き来している場所だ。
勇者もどきを倒すのと、安定した魔力供給の確保。
今後のダンジョンを強化するためにも、ここはやっぱり魔力のほうだよなあ……。
「普通に帰っちゃいましたね。案外、ただの観光だったんじゃないですか?」
「なんというか、国松みたいに慎重に進んでるわけでもなかったので、そうかもしれませんね」
こうして、勇者もどき一行はなにごともなかったかのようにダンジョンから去っていった。