目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第66話 伝言ゲームの一番後ろ

「おかえり~。どうだった?」


「だめだなあれは。まったく譲る気がなくて困ったものだ」


 世良せらあらた。僕の幼馴染でいつも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼女が出迎えてくれた。

 しかし、先のやりとりを思い出しただけで表情が歪んでしまう。

 国松くにまつめ……。どこまで利己的なやつなんだ。

 一人だけこの世界の知識というアドバンテージがあるからといって、僕たちの面倒を見るでもなく自分勝手な行動ばかり。


「ほんと勝手なやつよね」


 僕と同じように憤慨してくれる彼女は、はら友香ともか

 新と友香、僕たちは元の世界でもいつも三人で行動していた。

 クラス内でもまとめ役のようなものになっていたが、それは結局この世界にきてからも変わらない。

 本当なら、よりこの世界に詳しい国松がみんなをまとめて、世話をするべきなんだ。


「だけど、いい情報が聞けたかもしれない」


「さすが武巳たけみ。頼りになるわね」


「どんな情報? もしかして、魔王の倒し方とか?」


 たしかに、それが聞けたら一番よかったが、残念ながらそうではない。

 どうせ国松は魔王の倒し方だって知っているんだろう。

 それを僕らに教えることもせず、今までみたいに一人でこの国に取り入る魂胆なのは明らかだ。


「僕たちの評価を改めさせてやる情報さ」


「評価って、もしかしてこの城の人たちの?」


「あ~……腹立つわよね。転生したばかりのときは下手に出ていたくせに、今じゃ向こうから話しかけてくることさえしない」


「挨拶くらいならしてくれるんだけどねえ」


 これが国松が起こした問題だ。あいつは自分一人、首尾よく取り入って評価を上げた。

 それからは、僕たちはあいつと比較されて劣っていると判断され、もはや期待もされていない。

 モンスター相手に毎日戦っていることなど、まるでなかったことのように思われている。

 だから、僕たちだってあいつと同じことができると証明してやる。


「国松と兵士が話していたんだ。モンスターさえ出ない安全なダンジョンのことを。そこを制覇して、僕たちだってダンジョンを攻略できるって示してやろう」


「モンスターも出ないの? たしかに、それなら簡単そうね」


「で、でも……そのぶんなにか他に大変な要因があったりしないかな?」


 新の言うとおり、単に無人というだけではないらしい。

 だけど、あいつらが話していたかぎりでは、様々な種族が何人も訪れて無事らしい。

 きっと、僕たちなら問題ないはずだ。


「たしかに、罠はあると言っていた。だけど、モンスターと違って気をつけて進めばなにも怖くない」


「罠ねえ……。落とし穴とかかしら? 落ちて捻挫ねんざとかするかもしれないわね」


 友香が少し心配しているけれど問題ない。

 もしも、普通の人間が罠にかかったら、捻挫や下手したら骨折とかしていたかもしれない。

 だけど、僕たちには女神が転生の際に渡した力がある。


「そのときは、勇者である僕が前を進むさ」


「もしも武巳が怪我したら、私が治すね!」


 新の頼もしい言葉もあり、僕は改めてダンジョンへの挑戦が成功することを確信した。

 なんたって、僕の幼馴染は聖女なのだから、万が一が起きてなお問題ないということだ。


「回復なら私もできるけどね~」


「もちろん、友香だって頼らせてもらうさ。賢者である友香は僕たち以上にできることが多いからね」


「わかっているならいいけど」


 国松のやつは僕たちに力を教えることはなかった。

 だけど、あいつがどんな力だったとしても、僕たちだって劣っているものではない。

 勇者に聖女に賢者。この面々ならばダンジョンだって攻略してみせる。


「他の人たちはどうするの?」


 新が心配しているのは、僕たちに賛同してくれている転生者たちだろう。

 彼らは僕の指示を聞き、安全第一であるという意見に共感してくれている。

 だからこそ、いきなりダンジョンに挑むなんて言っても、不信感を抱かれてしまうだけだ。


「彼らはこれまでどおりでいい。僕たちだけでダンジョンを攻略し、国松も城のやつらも見返してやろう」


「そうね! 国松も城のやつらも見てなさいよ」


「あはは……友香ちゃん、もうちょっと力抜こうよ」


 何も問題はない。

 安全が約束されたダンジョン。

 そんなものは勇者パーティである僕らにとってはクリアできて当然なんだ。


    ◇


「レイ! 見てください。りんご飴です!」


「どうしたんですかそれ?」


 フィオナ様が子供のように見せてきたのは、言葉どおりのりんご飴だった。祭とかで見かけるあれだ。

 どこでそんなものを……そういえば、ダンジョンの外の屋台の一つにそんなものがあったような……。


「魔王様。まさか意味もなく外に出たのですか?」


 プリミラがすでにお説教寸前の状態になっている。

 それに気づいたのか、少し焦った様子でフィオナ様が言い訳を口にした。


「違います。私だってさすがに無意味に外になんか出ません! これは、トキトウに頼んで買ってきてもらったのです」


「魔王様。あの子忙しいんだから邪魔しちゃだめですよ」


 そうか、時任ときとうなら獣人だし、外で買い物している姿を見られても大丈夫か。

 リグマにも軽くたしなめられて、フィオナ様がちょっとかわいそうだし、助け舟を出すとしよう。


「まあまあ、うかつな行動もしていないし、さすがに時任の手が空いたときに頼んだんだろうし、そのくらいにしてあげてくれ」


「あの子らわりと便利だからなあ。使いつぶさなければおじさんは別にかまわないよ」


「……仕方ありません。りんごが食べたいのであれば、私が栽培することにしましょう」


「え、りんごって畑で作れるの?」


 もちろん、そんなことは無理だと思うけれど、もしかしたらこの世界ではそれが普通なのかもしれない。

 そう思って聞いてみたが、プリミラは首を横に振って否定した。


「普通無理ですが、レイ様が用意してくださった畑は、畑を名乗るなにか別のものなので、果樹園みたいなものもできそうです」


「そうなのか……まあ、育てられるものが多い分には悪いことじゃないよな?」


「もちろんです。育てがいがあるというものです」


 小さく拳を握ってやる気を見せるプリミラ。

 どうやら、彼女は趣味と実益を兼ねてうまく気分転換をしてくれているらしい。


「大丈夫ですよフィオナ様。そのうち、地底魔界もあの活気に負けない場所にしますから」


「ええ、そうしたいですね」


 よし、機嫌が直った。

 しかし、本当にいつかはそうしたいものだ。

 フィオナ様だけでなく、四天王のみんなも住んでる場所が活気づいている方が嬉しいだろうしな。


「では、そんな活気を増やすためにも、私は宝箱ガシャをがんばります!」


「ええ……当たるといいですね」


 本当にな。

 そろそろ当たってもいいくらいにはがんばってるし、報われてほしいものだ。

 ……無理だろうけど。


「よし! 俺もフィオナ様のためにがんばって魔力を増やそう」


「私のため……ええ! さすがはレイです! 二人で魔王軍を復活させましょう!」


 なんか感極まって手を握ってきたけど、これってガシャ沼に引きずり込もうとしてないだろうな……。

 美女に手を握られるという状況なのに、これっぽっちも照れくさくならないのはさすがフィオナ様だ。


「ボクたちのこと忘れられてない? う~ん。このままじゃレイの活躍に負けちゃうし、ボクも魔力注いだ方がいいかなあ?」


「やめとけ。あの二人はもうだめだ」


「リグマ。魔王様に無礼だぞ」


「いいえ、魔王様がわりと手遅れなのは否定しようがない事実です」


「プ、プリミラまで……」


 聞こえてる。聞こえてるぞ君たち。

 そういうのはせめて聞こえないように言ってくれないと。

 だって、俺に聞こえているってことは当然……。


「レイ」


「はい」


 これっぽっちも色気のない理由で目を潤ませるフィオナ様を、俺はただ慰め続けることとなった。


    ◆


「くだらない……」


「くだらなくなんてありません。魔王を倒し、平和な世界でりんご飴どころか、様々な食べ物を堪能します」


「私がそんな簡単に倒せる相手に見えるということか」


「勇者だけじゃないわ。私たち全員であなたを倒す」


「不愉快だ。ありもしない希望を夢見て、力量差さえも理解できていないお前たちが」


「希望を夢見るのは当然です。勇者こそ人類の希望なのですから」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?