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第46話 諦観の先の商売繁盛

「……なあ、高くね?」


「だよなあ」


 とある獣人の街の商店で、商品を物色していた獣人たちがぽつりとつぶやく。

 たちの悪い客がいちゃもんをつけて、値切ろうというのか。

 店主は眉をひそめて声の主たちのほうを見ると、常日頃この店を利用していた常連たちだった。


「おいおい、変なこと言わないでくれよ。値上げした覚えはないぞ」


「それはそうなんだけどよお……」


「トキトウの店のほうが安いんだよなあ」


 トキトウ……。たしか転生者であり、戦うことを好まない兎の獣人だ。

 自分も同じく戦うよりも商売の道を選んだため、他の獣人たちよりは彼女のことが記憶に残っている。

 もっとも、ダンジョンから帰ってこないのでとうに死んだと思っていたが。


「勘弁してくれ。これ以上値下げしたら儲けにならない」


「う~ん……まあ、とりあえず今日はこれ買っていくか」


「向こうは売り切れだったしな。値段はともかく品質は変わらねえし、ここで揃えるか」


 ひとまずは納得してもらえたようだが、どうにも気になる。

 向こうは売り切れということは、それだけ繁盛しているということにほかならない。

 そして常連さえもが妥協のように買い物をしていくということは、他の顧客はおそらくトキトウの店に通っているということだろう。


「……一度見に行ってみるか」


    ◇


 見にきてよかった。

 同業への対抗意識やら嫉妬やらなんてものより先に、まず初めにそんな感想が浮かんだ。

 安すぎる。これでよくも儲けが出るというほどの値段設定だ。

 たしかに、品質が高いアイテムなどはそこそこ値が張るが、それも他よりも安い。

 一番の問題は安価で買える消耗品。特に回復薬と毒消しが原価より安いのではと思える値段で売られている。


「……あいつら、この店を知っていながらよくうちで買い物してくれたな」


 常連たちが妥協でも自分の店で買い物をしたことが、異常な行動だと思えるほどには値段の差があった。


「これは……競うべき相手ではないな」


 ならば自分の店も安くするかといわれたら無理だ。

 売るほどに赤字になる品物なんて置きたくはない。それも今後それがなにかの意味をなすということもないのなら、なおさらだ。

 同業とは言ったが、そもそも相手にならない。

 ならばおとなしく撤退するのが賢い獣人というものだ。


「幸い品揃えが丸々かぶっているわけじゃない。なら、他の品に重点的に力を入れるとするかな……」


 その日から、彼の店では回復薬と毒薬は申し訳程度の量しか取り扱われなかった。

 同じように噂を聞きつけてやってきた商人たちも同じような対応をする。

 そうして、獣人たちの行動範囲内の商店で回復薬と毒消しを取り扱うのは、獣人トキトウが働く店ただ一つとなるのだった。


    ◇


「なんで、毎日こんなに忙しくなってんの!?」


「ダンジョンに行かないお客さんまで増えてる気がするんだけど!」


 ……なんかすごいことになってきた。

 様子を見にきたはいいけど、忙しそうだし邪魔しないようにしよう。


「レイさん! キャパオーバーです!」


「人手を……人手を増やしてください。それにお店も広くしないとお客さんが入れなくなりそうです……」


 なりふりかまっていられない様子で懇願された。

 なんだか、ブラックな労働環境にしてしまったようで、さすがに反省する。

 せっかくフィオナ様が、部下のことを第一に考える魔王軍を作っているのに、俺がこんなことでは面目が立たない。


「とりあえず……獣人でもつかまえるか」


「お願いします~……」


 一応同種族を捕獲するって言ったんだけどいいのか……。

 興味ないのか、それとも疲れていてそこまで頭が回らないのか。

 まあ、どちらにせよリグマの宿屋のように商店の従業員用の人員を捕獲してもいいだろう。


    ◇


「しかし、獣人相手だと回復薬が一番の売れ筋だったんだよなあ」


 あの競合相手に戦いを挑むつもりはないが、だからといって代わりになるものはすぐに思いつかないのも事実。

 幸いまだダンジョン付近にいることだし、中の様子でも見てみるか。

 商売の道を選んだとはいえ、これでも獣人のはしくれだ。他の挑戦者を観察するくらいならば危険も少ないだろう。


「今の獣人たちの興味はこのダンジョンだ。ならば、このダンジョンで必要となるものを売ればいい」


 足を踏み入れる。すぐ近くに商店や宿屋まであるのはいったいなんなんだろうか。

 どおりでダンジョンに通っているやつらがなかなか戻ってこないわけだ。

 ……気のせいか? 昨日店の様子を見たときは、この場所はこんなに開けていなかった気がするんだが。


「あれ、ついにお前までダンジョンにきたのか。店はいいのか?」


「ああ。ちょっと気になって様子を見にきた」


「安かっただろ? トキトウの店は」


「安すぎるだろ……あれじゃあ客をとられてもしかたない」


 常連の男たちと運よく出会ったので、ついでにここのことも聞いてみるか。


「ここはどんなダンジョンなんだ? 単刀直入に聞くが、攻略するときになにが必要となる?」


「主に毒がきつい。それと罠やモンスターとの戦闘で怪我もするから、それを治すアイテムだな」


「ってことは、結局は回復薬と毒消しか……」


 まあそうだろう。だからここの商店でも安価で売っているのだろうし、うちで競うのを諦めることになったのだから。

 そう簡単に有意義な情報が手に入るとは思っていないさ。

 常連たちに礼を言い、俺自身の足で探すことにした。


「え……?」


 そして俺は間抜けにもダンジョンにとらわれることとなった。


    ◇


「はじめまして! 獣人の時任ときとう芹香せりかです!」


「獣人の奥居おくい江梨子えりこです」


 ……目を覚ましたら、ダンジョンで商店を出すなんていう無謀なことをして成功した獣人たちがいた。

 ここは……この二人の店。いや違うな。内装は似ているが明らかに以前訪れたときよりも広くなっている。

 もしかして、ダンジョンに店を構えるなんて奇特なやつらが他にもいるというのか?


「と、突然なんですけど、あなたも魔王軍にとらえられました」


「は?」


「なので、これからは私たちと一緒にダンジョンで働きましょう。働けばいつかは解放されるみたいです」


 理解が追い付かない。

 たしかに俺はダンジョンの罠によりとらえられた。

 そして、それは俺だけではなくこいつらも同じ境遇だった……?


 そうだよな。ダンジョンで店を出すなんて、いくらなんでも発想がぶっ飛んでいる。

 こいつらも好き好んでここで働いているわけではなく、魔王たちに働かされていたのか。

 ……なんのために? 意味が分からん。


「ちなみに拒否したらどうなるんだ?」


「死にます」


「……わかった。なにをすればいいか教えてくれ」


「真面目に働いているうちは危害は加えられませんし、いつかは自由になれますからがんばりましょう」


 魔王がなにを考えているかはわからない。

 だけど、殺されるくらいならば大人しく従ってやるとしよう。

 ……まさか自分が魔族なんかのために働くことになるとはな。

 はなはだ不本意だし不快ではあるが、こうなった以上はしかたないだろう。


 ……まてよ。俺はこの店と競うのは無理だからと、回復薬と毒消しの取り扱いを諦めた。

 他の店のやつらも同じようにここにきては諦めた様子だった。

 つまり、獣人たちが回復薬と毒消しを買う場合は、この魔王が経営している商店を利用するしかないということか?


 消耗アイテムが魔王に独占されている。

 いや、俺たちが勝手に諦めただけなのだが、結果的にはそうなってしまっている。

 ならば割高であっても他種族から購入するか? いや、近場にこんなに安く購入できる店があるのに誰がそんなことを好き好んでするものか。

 事態の深刻さに気付いたものの、当然それを外部に伝えるすべもない。


「気づいた? 余計なこと言おうとしたら燃やすから」


「!!?」


 冷や汗さえも蒸発させるような熱の塊がすぐ隣に現れた。

 なん……だ。こいつは。


「あれ? ピルカヤさんどうしたんですか?」


「いやあ、ちょっと警告をね。だめだよ? ちゃんと新入りが変なことを考えないように教育しないと」


「え……さっきがんばりましょうって説明したんですけど」


「ボクが見張ってるって言った?」


「あ……ごめんなさい」


「次から気をつけようね~」


 そう言いながら炎の塊は消えてしまった。

 いや、今の発言が本当のことならば今も俺たちを見張っているということか……?

 そもそもこいつらはなんなんだ。なぜ、あの見るからに危険な相手と会話なんてできる。

 やはり……転生者なんて信用してはいけなかったんじゃないか。


 もはや自身に残された道は魔王のために働くことだけ……。

 きっと獣人を裏切った俺には、いずれふさわしい惨めな最期が待っていることだろう。


    ◇


「なんかあの人すごい手際いいな」


「獣人たちとの会話を聞く限りでは元々商人だったみたいだねえ」


「そうなのか。掘り出し物を見つけられてラッキーだったな」


「店舗を大きくしたけど、これなら順調に回すことができそうですね」


 大商店作成:消費魔力 25


 魔力を25も使ったからな。ぜひとも商店のメンバーにはこれからもがんばってもらいたいものだ。

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