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第42話 腐っても勇者

「てめえ! あのときの魔族だな!!」


 全身土まみれのイドが、睨みつけながら忌々しげに叫んだ。

 生き埋めにしたはいいけれど、無理やり部屋まで土をかき分けて進んだのか。


 だとしても速すぎる。

 フィオナ様でさえ骨が折れるはずだが、俺が一度通路にしたせいか、中にイドがいたせいか、脱出できる程度の拘束力しかなかったということか。

 どうやら、いまだに勇者の力を侮っていたらしい。


「壁作成」


 イドの前に壁を作るも、イドは壁を作る前に突進してきた。

 くそ……。敏捷75のはずだろ。それでこんなに速いのか。


「今度こそ殺してやるよ!!」


 だめだ。やっぱり俺のスキルじゃ戦いになんてならない。

 便利なスキルで色々と役に立てたから、天狗になっていたのかもしれない。

 少なくとも、俺は前線に出てサポートなんて考えるべきではなかったんだ。


「させません」


 イドの攻撃をプリミラが受け止めてくれた。

 そしていつのまにか俺の周りを、銀色の液体のようなものが護ってくれている。

 これは……リグマの水銀の体か?


「なんだてめえら」


 プリミラは四天王で一番頑強の数値が高い。

 復活前のイドの筋力と互角なので、今のイドの力では突破することは困難なはずだ。


「魔王の前座どもが」


「……っ!」


 イドの爪を受け止めていたプリミラが、徐々に押されていく。

 力比べでは分が悪いってことか。いや、今のイドの筋力よりはプリミラの筋力ほうが高いはずだろ。

 なのに、目の前では確実にイドが優勢になっている。

 ……ステータス以外の能力。もしかして、獣人の勇者のようなものだから、なんらかの加護でステータスが底上げされている?


「ほんっと、君ってめんどくさいよねえ」


 ピルカヤが全方位を炎で囲むも、イドはそれより先に離脱した。

 まただ……。敏捷が劣っているはずなのに、ピルカヤの攻撃にも対応できている。


「……くそっ。今のままだと前座相手でも厳しいか」


 それでもさすがに四天王が三人もいるとなると、イドも戦況は自身に不利だと認めざるを得ないらしい。

 なんとか、このまま追い返すことができそうだな。

 できれば倒しておきたいけれど、どちらかというと転生者のほうが危険な可能性がある。

 今はイドにはさっさと退散してもらって、この転生者をどう対処するか話をつけないといけない。


「やっぱり転生者なんて役立たずの弱いやつだったな。戦わないどころか裏切ろうとしただろ。お前」


 イドの矛先が転生者に向かう。

 俺も一応転生者だけど、この様子だとイドが責めているのは猫獣人のほうだ。

 猫獣人がなにか反論しようとした瞬間に、イドが大きく振りかぶってから、なにかを切り裂くように爪を振り下ろす。


「裏切り者もムカつく魔族も死んじまえ」


 衝撃波!? いや、飛ぶ斬撃というか爪撃!?

 どっちでもいい。問題はそれがこの場にいるイド以外の全員に襲いかかったことだ。


「やべっ!!」


 リグマの慌てる声とともに、目の前の銀色の壁が斬り裂かれる。

 プリミラには頑丈なので効いていない。ピルカヤも本体ではなく分体がやられただけだ。

 しかし、リグマは俺を防御しているためか、本体も防御壁もどちらも斬り裂かれた。

 爪撃はそれだけにとどまらず、リグマの防御壁の後ろにいた俺にまで到達する。


「――――っっ!!!」


 熱い。突如熱がこもったように腕が熱くなる。

 そんなに熱いのに水で濡れたような感触が腕を伝う。

 ああ、これって腕を斬られたのか。


 右腕で左腕を確認する。

 触れたことで痛みが襲うが、そんな痛みよりも腕がくっついていることに安堵あんどした。

 よかった……。左腕を斬り落とされたわけではないらしい。

 景気よく血が流れているため傷は深そうだけど、最悪の事態からは免れたようだ。


「なにしてんだお前!」


 自分の体も斬られたというのに、リグマは俺の姿を見てから目を見開きイドに叫ぶ。

 スライムの肉体だからか、派手に斬られた割には俺よりは元気そうだ。


「レイ様! すぐに退きましょう!」


 ああだめだ。完全に足手まといになっている。

 なにがスキルで逃げ道を作れるだ。

 俺のせいでリグマは無茶な突撃をして、プリミラは敵をそっちのけで俺に駆け寄っているじゃないか。

 そんな隙をイドは見逃しちゃくれない。


「なんだあ……? その雑魚がそれほど重要な魔族なのかよ」


 イドは俺を続けて攻撃しようとする。

 そうすれば四天王たちは自分に集中できなくなると、一目で理解したのだろう。

 その判断は正解で、プリミラもリグマも無防備に近い状態でイドの攻撃を受けてしまった。


 まずい。俺がいなければ倒せたというのに、俺のせいで負けるなんてなったら、自分自身が許せない。

 もはや腕の傷の痛みなんて頭の中にない。

 どうやってこの場を切り抜けるか。それ以外の情報はすべて邪魔なだけだ。


「壁作成」


 一度の四度のメニューを起動する。

 イドの四方を囲むように壁を作ると、イドは壁に囲まれる前に跳躍した。

 こいつの敏捷値はなにかおかしい。いや、ステータスすべてが記載されているより高い気がする。

 だから、当然こちらが壁を作る前にそうするとは思っていた。


 前に壁を作って邪魔をしたからな。

 知っているのなら、俺が壁作成と言ったことで回避行動に出るだろうとはわかっていた。


「な!? てめえ! ふざけたことばかりしやがって!!」


 だから、言葉にする作成方法と同時に、メニューを選択する作成方法もすませてある。

 選択したメニューは巨大な岩。魔力10で作成できる転がる岩の強化版だ。

 こんな場所でイドめがけて落ちるように作成したので、本来ならば当然俺たちごと潰されてしまう。

 だから、壁も同時に作ることで岩を支えるようにした。


「ぶっ殺す!!」


 跳躍したイドの頭は落ちてくる大きな岩に直撃したらしく、痛そうな音と地面に落下する音が聞こえた。

 どうやら狙いどおりに、壁から脱出しようとするイドを岩で叩き落せたみたいだ。

 壁の内側からガンガンと殴りつけるような音が聞こえるので、あのときのように壁を壊そうとしているんだろう。


「ピルカヤ。あの隙間から炎を入れられるか?」


「もちろん! えげつなくていいねえ!」


 そうでもしないと、見た目以上に本当にやばい相手だからな。

 えげつなかろうと卑怯だろうと、全力で仕留めないと勝てないのだから躊躇ちゅうちょは要らない。


「があああっっ!!!」


 四方を壁に天井を岩に囲まれたイドは、隙間から入ってくるピルカヤの炎に焼かれた。

 焼かれている。悲鳴だってあげている。

 ……だけど、壁を殴る音がぜんぜんやまない。というか、壁のヒビがどんどん広がっているし、そこから炎が漏れてきている。


「とりあえず撤退するぞ!」


「これ以上やったら、あの壁を壊すことになりそうだしね!」


「ほんっと! これだから獣人は嫌なんだよ! 生命力が高すぎる!」


「レイ様。この獣人はいかがいたしましょう」


 みんなが俺の言葉に従い撤退をしようとするが、プリミラが猫獣人のことを聞いてきた。

 今は一刻も早く逃げて体勢を立て直したほうがいいのだけど、時任ときとうのように魔族側に引き込めるかもしれない。

 そうでないとしても、イドと分断はさせておきたい。二人が組んで襲ってきたらかなり厄介だからな。


「あんた裏切者なんだろ! うちで働いてみないか!?」


「え!? ええ、それは願ってもないことですが」


「プリミラ、頼んだ!」


 幸いなことに向こうも獣人たちへの帰属意識はないらしいので、プリミラに頼んで猫獣人を運んでもらうことにした。


「リセット!」


 振り返ることもせずに、俺たちは地底魔界と獣人用ダンジョンを唯一つないでいた通路を走る。

 塞いでいた壁をリセットして、中を走り抜けてから今度は道そのものをリセットした。


「殺してやるっ!!!」


 遠くから壁が破壊された音と、怒気と殺意に満ちた叫び声が聞こえた。

 どうやらイドが脱出したらしいが、俺たちはすでに地底魔界のほうへと移動済みだ。

 隠し通路はすでに埋めたし、さすがに俺たちに追い付くことはできないだろう。

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