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第40話 虎の尾にストンピング

「あの女殺してやる!」


「ま、まあまあ落ち着いてください」


「はあ? 誰だてめえ」


 今にも攻撃してきそうな剣幕で、虎男が凄んでくる。

 私一応仲間のはずなんだけどなあ……。


「イド様。彼女は転生者のオクイです」


「ああ……外側だけ俺たちの真似してる雑魚か。ちっ、そんなやつがなんの役に立つっていうんだ」


 外側って……。一応生まれ変わったわけだから、完全に獣人のはずなのに。


「転生者には特別な力があります。魔王を倒したら他種族たちとの争いになりますので、我らも転生者を集めておくべきです」


「ああ、もういいもういい。そういうくだらないことはお前らで好きにしろ。所詮は魂が貧弱な雑魚のことなんて興味ねえよ」


 む……それを言われると辛い。

 たしかに、転生前は争いなんて無縁の平和な世界に生きていたし、力を授かったと言われても戦う覚悟なんてない。

 だからといって、せっかくの衣食住を確保できたので追い出されるのもまた厳しい。

 あ~あ、ほんと意味の分からない状況に巻き込まれてから散々だよ。


「それで、他のやつらは?」


 老いた獣人と話しているうちに、蘇生直後の激情も収まってきたらしく、獣人最強の戦士は比較的冷静に話ができるようになったみたいだ。

 この老人、なかなかやり手なのかもしれない。


「蘇生が完了したのはイド様だけでして、他の方々はまだ時間がかかるかと」


「はあ……? どれくらいだよ」


「蘇生の兆候がまだ見られません。おそらく、一月以上は必要でしょうな」


「ちっ……ならもういい。先に俺だけでも力を取り戻す」


 また機嫌が悪くなってきてるし……。

 ああ、嫌だなあ。癇癪持ちの虎なんて関わりたくもない。


「……さすがに、お一人で魔王を相手にするのは無謀です」


「……わかってる。少なくともあいつらが蘇生して、全員力を取り戻さないと勝ち目はない。……あの女。絶対に殺してやる」


「わかっていただいているのであれば問題ありません。それではモンスターたちの大量発生箇所をまとめましょう。そこで力を取り戻していただければ」


「いや。魔王とは戦わないが、腹の虫がおさまらねえ」


 えぇ……。魔王には勝てないから手出ししないって話だったじゃない。


「うちにも作られたんだろ? あのふざけた魔王のダンジョンが」


「それは……辺境にそのようなものができたと話はうかがっていますが」


「なら、そのダンジョンでモンスターを狩ればいい。力も取り戻せる。魔王の企みも邪魔できる。それでいいだろ」


「……しかし、かのダンジョンは、いまだに全貌が見えておりません。危険かもしれませんが」


「だから俺が潰してやるって言ってんだろ。おいそこのお前」


「は、はい!?」


 急にこちらにふられたので、緊張して声を上ずらせながら返事をしてしまった……。

 なんか……すごく嫌な予感が。


「転生者とかいったな。役に立つ力を持っているともいった」


 私は別になにも言ってないんだけどなあ……。


「なら、証明してみせろ。お前が俺についてこれるようなら、認めてやる」


 認めないでいいです……。

 認められたら認められたで、今回みたいな無茶な同行が増えそうだし……。

 だけど、向こうは獣人の勇者のような存在。

 たかだか居候のような私には、その発言を断ることなんてできなかった……。


    ◇


「めんどくせえな!」


 虎男が壁を殴る。恐ろしいことにこれまでいかなる攻撃も通用しなかった壁に、ほんのわずかとはいえひびが入った。

 何度も繰り返すがさすがに破壊にまでは至らず、虎男は舌打ちしながら諦めたみたい。


「くそが。こんなものも壊せないほど弱くなったっていうのかよ」


 その口ぶりからすると、どうやら生前はこの壁すら破壊できたらしい。

 本当に、力だけはすさまじい……。下手に逆らわないというか、関わらないのが正解なのに、どうしてこんな厄介な状況に……。


「おい、なんとかしろ」


「な、なんとかって……」


 うわあ……絡んでこないでほしいなあ。

 とはいえ、さすがの虎男も壁だらけの迷路をすべて破壊なんてできないたろうし、ここで野垂れ死ぬのは私だってごめんだ。

 しかたない……。迷路を解いてさっさと虎男を先に進めよう。

 あ~あ……せめて私が知っているダンジョンならなあ。覚えがないのはストーリーに関係ないダンジョンだからかな?


「ちょっと、迷路を解いてきます」


 虎男の返事を待つつもりもないので、一方的にそれだけを伝えて先を目指す。

 女神からもらったスキル。物質透過。

 これのおかげで私は迷路の壁なんて無関係に前に進める。

 それどころか、罠だろうとモンスターの攻撃だろうと、あの虎男の攻撃さえ私には効かない。


 だからといって、虎男をここで置いていったり倒したりなんてことは考えない。

 だって、あいつの仲間に魔法を使えるやつだって当然いるし……。

 魔法やら火やら水やらにはこの力無力だからね……。

 たぶん、対象がある程度硬くないとだめなんだろうなあ。


「はあ……面倒なことになっちゃった。でも、ここで少しは役に立っておけば、あの街で安定した生活を送れるし、我慢しないとなあ」


 モンスターを倒してレベルを上げる? 魔王を倒して元の世界へ?

 冗談じゃない。私が何度死んでクリアを断念したと思っているんだか……。

 たかだか指を動かすだけでそれなんだから、実際にやれとか無茶ぶりにもほどがあるでしょ。


 そんな危険なことするくらいなら、私はこの世界での安定した生活を選ぶ。

 そりゃ、元の世界に未練はあるけれど、自分の命には代えられない。

 もう二度と、あんな怖い目にはあいたくない。


「げ……これは、思っていたより時間かかりそう。あの虎、怒りそうだなあ」


 壁をすり抜けようとして、すぐに顔を引っ込めた。

 この壁の向こうにバジリスクがいたからだ。

 絶対毒を吐いてくるじゃん。あれには透過も通用しない。

 それに、運良く起動前に見つけられたけれど、毒ガスの罠まである。


 ……なんなのよここ。あまりにも殺意に満ちている。

 獣人たちは、よくこんなダンジョンに足しげく通えるなと、皮肉半分尊敬半分の感想を抱いてしまう。


「あ~あ、がんばって安全な地図を作らないと」


 そうしないと、あの虎男がモンスターも罠も無視して突っ込みそうだ。

 本人は平気なのかもしれないけれど、そんなの私はついていけない。

 安全なルート以外は行き止まりだったって言っておこう。


    ◇


「なるほどな。ジジイどもが言うほどの便利さはあるらしい」


「ど、どうも……」


 私が作成した地図を使い、なんとか迷路エリアを抜けることができた。

 当然、罠もモンスターも遭遇しないように迂回した。


 だけどその直後に落とし穴と落石の罠が待ち受けていて、私は見事に引っかかったてしまった。

 ……本当に、このダンジョンひどくない? これほんとにあのゲームにあったダンジョンだよね?

 当時の私がここを攻略していたらコントローラー投げると思う。


「だが、あの罠から助けたから貸し借りはねえぞ」


「は、はい」


 この虎男。自分だけちゃっかり罠を回避した。

 まあ、そのおかげで落石をいともたやすく破壊して助けてくれたけれど、落とし穴のほうが死ぬような罠だったら見捨てられてたって事だよね。


 やっぱり、こいつを頼るわけにはいかない。

 あ~あ……人間の国に転生したかったなあ。

 あっちの勇者は、魔族以外の種族には別け隔てなく接するまさしく善人って感じらしいし、いっそのこと国から逃げ出そうか。


「おい、お前も少しは攻撃くらいしろ」


「い、いやあ……私戦闘苦手でして、こうして囮になってるのでそれで勘弁してください」


 石造りのモンスター、ガーゴイルが先ほどから私を延々と攻撃している。

 かなり怖いけど、幸いにことに物理攻撃しかしてこないので、私にとっては安全な相手だ。

 虎男が攻撃をするたびに石の体も破損していることだし、このモンスターはなんとかなりそう。


「やっぱり多少便利なだけだな。使えそうなら今後も連れて行ってやろうと思ったが、お前じゃだめだ」


 よかった~!

 ここで変に役立っていたら、この虎男に本格的に目をつけられて連れ回されるところだった。


 ほっと胸をなでおろしながら、私は虎男の後ろをついて行った。

 そうして私と虎男は生き埋めにされた。

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