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第39話 強制住み込み従業員

「しかし魔王も馬鹿ですね~」


 いかにも素人丸出しの、俺から見たら子供と変わらないような年齢の青年が呑気に言った。


「そう言うなって。おかげで俺は儲けさせてもらっているんだからな」


「それもそうでしたね。まあ、俺にとってはどうでもいいことですけど」


 ああ、こいつはたぶん駄目だな。

 魔王を見下し、こんな仕事をしている俺を見下し、自分以外のすべては馬鹿だと思っているタイプのやつだ。

 いくら情報があっても、こんな心構えで挑戦するのではどこかで絶対ヘマをする。

 ヘマをするということは、命を落とすということだ。


「それはそれでいいけどな。色々と回収もできるし」


「え、何か言いました?」


「いいや、なんでもない」


 危ない危ない。俺まで気を緩めてどうする。

 こいつが馬鹿かどうかはいずれわかる。

 俺の案内でダンジョンを見事に攻略できるやつなのか、それとも俺の予想どおりに死体になるやつなのか。

 どちらにせよ事前に報酬はもらえていることだし、どちらでもかまいやしない。


「おっと、ついたぞ。ここがゴブリンダンジョンだ」


「はいはい。俺たちにモンスターを狩られて宝箱も回収されても、いまだに魔王が無駄に魔力を消費し続けて維持しているダンジョンですね」


「おかげで手ごろなモンスターとの戦闘で強くなれるし、未回収のアイテムも運が良ければ手に入る。良いことづくめだろ」


 そして、俺はこんな冒険者を案内することで金をもらう。

 本当に良いことづくめだ。


「何度も言ったが、俺は」


「案内だけですね。ええ、わかってますよ。罠も敵の情報も道もすべてわかっているのなら、俺一人で十分です」


「わかっているならいいさ」


 さっさとダンジョンに入りたいのか、言葉を遮るようにして答えられた。

 わかっているようだし、それじゃあ今日も案内の仕事をがんばるとしようかねえ。


「一応ゴブリン程度は倒せるんだな」


「馬鹿にしてます? たしかに普通のゴブリンより強かったですけど、事前に知っていれば油断して負けることもありませんよ」


「集団で強化しあってからがこいつらの真骨頂だぞ」


「それも聞いたので大丈夫です。俺、ゴブリンなんかより強いんで」


 たしかに、言うだけの実力はある。

 態度からしてダンジョンを甘く見ていた馬鹿かと思ったが、なかなかどうして実力は高いじゃないか。

 だけど、俺の評価はたいして変わらない。なまじ実力があるぶん慢心していることは間違いないのだから。

 ここは俺の案内で攻略できるかもしれないが、いずれ死ぬんだろうな。それも馬鹿な理由で。


「ほんじゃ、まずは左の道だな。宝箱があるとしたらそこだ」


「いいものが入っているといいんですけどね~」


「期待するだけ損だぞ。ここの宝箱は他のやつらも頻繁に回収しちまうからな。しょぼいもんしか入ってねえよ」


 言ったとおりだ。

 中身は低位の回復薬が数本だけ。

 それでも、宝箱があっただけましというものだが、こいつは満足してなさそうだな。


「この先、岩が転がってくるぞ」


「ああ、ここが何人も殺された坂ですか」


「そういうことだ。罠が起動したら引き返してやり過ごすぞ」


「は~い」


 何人も死んだ場所と知っていてもその態度か。

 ほんと、馬鹿なやつだな。そんなんじゃあ、絶対に他の場所で惨めな最期を迎えるぞ。

 まあ、俺には関係ないことだし、それをわざわざ教えてやる義理もない。


 転がる岩を確認し、このときばかりはさすがに全力で走る。

 隣を見ると、罠を馬鹿にしていた青年も真剣に逃げていた。

 ダンジョンの中でくらい常にその態度でいればいいものを、愚かなやつだよなあ。


「は?」


「え?」


 道を曲がり、岩が俺たちの横を転がるのは確認できた。

 これで当面は大丈夫だと一息つこうとした。

 その瞬間、俺たちの頭上からなにかが勢いよく落ちてきたらしい。


「な、なんだよこれ」


「ちょ、ちょっと! おっさん! 聞いてないぞこんなの!」


 案内してた小僧がやかましくわめくが、俺だって知らねえよこんなの!

 そもそも知ってたら、自分が檻の中に閉じ込められるなんて馬鹿なことするはずないだろうが!


 馬鹿なこと……そうか、俺も馬鹿で愚かな人間だったってことか……。

 ダンジョンの情報はもはや隅々まで理解していた。

 これだけ何度も攻略されたダンジョンだ。攻略者も隠すことなく教えてくれるので、それを集めることで誰よりも詳しくなったはずだったのに……。

 どうやら、俺にはまだまだ理解が及んでいない仕掛けもあったらしい。


 それに気づいたところでもはや手遅れだ。

 見るからに頑丈な鉄の檻は、破壊することも持ち上げることもできやしない。

 鍵を開けて逃げ出すなんてことも不可能だ。

 あとはこのままゴブリンどもに殺されるってわけかよ……。


「…………」


「うおっ!! な、なんだお前!!」


 自分の最期を悟った俺の前に現れたのは、予想していたようなゴブリンではなかった。

 ゴーレムか? でかくて頑丈そうな体をした石の人形。

 まさか、檻ごと俺たちを叩き潰そうってわけじゃないだろうな……。


 嫌な予感に目を閉じようとしたが、どうやら予感ははずれてくれたらしい。

 ゴーレムは俺たちが入った檻を引きずるように運び出した。

 ……まだ安心はできない。ゴブリンどもの巣に放り出されて殺される可能性だって十分にあるからな。

 そもそも、あとはどうやって死ぬかが変わるだけで、俺たちが生きてここから出られるはずもないんだけどな……。


    ◇


「はい。ということで、今日も一日元気に働きましょう!」


「はい!!」


 周囲の連中にあわせて思わず大声で返事をしてしまう……。

 いや、なんでだよ。


 ゴーレムたちに連れていかれた先には、なんと大勢の人間がいた。

 その中でリーダーのような中年の男に、俺たちの状況を説明してもらって頭を抱えそうになった。


 どうやら、俺たちは魔族に捕らえられたらしい。

 あの檻の罠と似たようなものは他にも存在するらしく、そんな罠にかかった俺みたいな間抜けたちがこいつらというわけだ。

 リーダーの男も同じ経緯でここで働くことになったらしいが、まさか魔族の畑づくりを手伝う羽目になるとは……。


「おいおいどうした? 体調が悪いなら休めよ? 無理してもいいことないぞ」


「ダートルさん……いえ、自分の状況がわけわからなくなってきて」


「ああ、わかるぞ。俺だってまさか魔族の畑作りなんて意味がわからないからな。だけど、とりあえずは殺されないみたいだし、もしも約束が本当なら外に出られるかもしれない。せいぜい魔族様のために働いてやろうじゃねえか」


「ええ。どのみちそれしかない。なら、魔族どものためだろうが働いてでも生き延びてやりますよ」


「その意気だ。だけどなあ。無理はすんなよ?」


「はい!」


 幸いなのは、リーダーの男がいいやつだったということか。

 いや、周りもそれに感化されてかわりと気遣ってくれるし、なんなら外にいたときよりもいい環境……。

 いやいやいや。陽の光も当たらない地下だし、魔族のための労働だぞ?

 さすがに、前より良い環境とは言いたくねえ……。


「はあ……」


 しかたない。せいぜいまじめに働くか。

 リーダーであるダートルさんしかあったことがないが、俺たちを捕らえた魔族は人手を欲している。

 だが、いつまでも捕らえたままというつもりはないらしいので、まじめに働いていればいつかは解放してくれるそうだ。

 どのみちそれしかないことだし、暇つぶしと体がなまらないためと、ほんのわずかな期待を抱きながら、せいぜい畑を耕すとしよう。


    ◇


「リグマって、演技できるし気遣いもできるんだよなあ」


「いやあ、もう疲れた! おじさん働きすぎよ。そろそろ倒れちゃうよ?」


「なんかごめんな。リグマの負担が相変わらず大きくて」


「まあ、おじさんいろいろできるからなあ。あの人間どもがそれなりに使えるようになったら、しっかりサボらせてもらうさ」


 そう言いつつも、この感じだと世話を焼くんだろうな。

 自称やる気のないサボりたがりは、なんだかずいぶんな働き者なんじゃないかと気づいてきた。


「ところで、ダートルっていう名前は?」


「ん? ああ、なんというかインスピレーション?」


「要するに適当な名前ってことか」


「適当で十分だろ。偽物の姿に偽物の肩書なんだから、いちいち気にかけるのも面倒だ」


 そう言いながら畑を監視するリグマは、いちいち人間たちを気にかけているように見えるのだが……。

 素直じゃないおっさんだなあ……。

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