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第30話 トキトウ商店 ダンジョン支店

「なるほど……」


「たしかにボクがいれば半端なスパイなんていらないねえ」


「ですが、例の商店の店員としては、適正はあるかもしれません」


 四天王の判断はおおむね俺と同じだ。

 スパイはピルカヤがいればいいけど、魔族である俺たちが持て余していた商店を稼働させるには適切な人材でもある。


「転生者、なのですよね?」


「ええ! はい! 転生者です! 帰属意識とかないです!」


 フィオナ様の問いかけに、転生者である少女は断言した。

 ……前に会った転生者は、俺を経験値のために倒そうとしていた。

 だから俺も返り討ちにした。この少女は別なのか?

 それとも、あの転生者たちが例外であって、普通は種族のこととか気にしないのだろうか。


「レイ」


「はい」


 考えに没頭しかけているところを、フィオナ様の声で呼び戻される。

 フィオナ様は真剣な表情で、俺を見ながらゆっくりと口を開いた。


「信用しても裏切られます。魔族というだけで、私たちは他の種族とはあいいれません」


 ……まあ、そうだよな。

 国松もそうだったけど、なにも全員殺しつくせなんてことはない。

 この少女が俺たちに協力するというのなら、それを受け入れてもいい。

 だけど、いつ裏切られるかはわからない。今はそのことさえ忘れなければいいだろう。


「魔族と戦う意思があるから、このダンジョンに侵入したんじゃないのか?」


「い、いえ! 獣人の転生者として保護されてからは、あの戦闘大好き種族についていけなくて……。力試しとかで無理やり連れてこられたんです」


 なるほど……。まだ転生前の精神と転生後の肉体が馴染んでいないのか。

 だけど、彼女もいずれは獣人らしい思考に染まっていくはずだ。

 俺が魔族でいることに慣れているように。


「それにしては、やけに順調にダンジョンの中を進んでいたな」


「そ、そこは腐っても女神のスキルのおかげといいますか」


 やっぱりそれが理由か。

 国松のように直接の戦闘よりは、調査や索敵寄りのスキルを授かったのだろう。


「私のスキルは選択肢です」


「選択肢?」


 スキルを教えてもらったけれどピンとこない。

 向こうもそれを感じ取ったのか、スキルの説明を始めた。


「はい。なにかを選択するときに、視界に選択肢とその結果が出てくるんです。なので、獣人たちに逆らったら痛い目をみるのでダンジョンについてきましたし、迷路で安全な道を選ぶことができました」


 ……そんな大事なことまで話すってことは、本当にこちらに下るってことなんだろうか。

 ということは、落とし穴に自ら落ちたあの行動も、最善の選択だったってことか?


「落とし穴にはまったのは?」


「あれ以上進んだら、どの選択でも死んでましたから……唯一生き残る可能性があったのが、落とし穴に落ちた後に命乞いすることだったんです」


「ああ、それで急に商店で働くなんて提案したのか」


「いやあ……さすがに嘘みたいでしたけど、こうして生き延びているので、選択肢は正しかったみたいです」


 便利だな……。

 正解か間違いか、あらかじめすべてがわかるスキルってわけか。

 そんな彼女がこちらについたということは、この世界で最後に残るのは魔王軍ということになる?

 いや、あくまでも当面の危機を乗り越えるためだろうし、そこまで過信するわけにはいかないか。


「もしかして、俺たちの行動が良い方向に向かうかどうかも、選択肢ならわかるってこと?」


「あ~……残念ながら、私の行動限定っぽい能力みたいでして、はい」


 そこまで万能ってわけでもないか。

 ダンジョンを作るときに、どういう構造でどこになにを設置するか、その正解がわかったら便利だったんだけどな。

 もしも彼女がダンジョンを作るとしたらという前提でも、きっと選択肢はうまく働かないだろう。

 彼女にはダンジョンマスターのスキルがないから、どの選択肢も実行不可能として返ってきて終わりそうだ。


「それで、レイはどうしたいですか?」


「……こちらに敵意がないのであれば、商店を任せていいと思いますが、そのためにずっと監視するというのも……」


 店を任せるのはいいけれど、こちらを裏切られても面白くない。

 見張りでもつけるか? でも、見張りのモンスターがやられたら意味ないしなあ。

 悩んでいるとピルカヤが自分を指さした。


「ボク、わりとどこでも見通せるよ」


「たしかに……」


「なんか裏切るそぶりでも見せたらすぐ焼けるよ」


「なるほど、それなら安心だな。ピルカヤ、監視頼めるか?」


 たしかに、ピルカヤであれば申し分ない。

 なにか行動を起こしたとしても、四天王なのでそう簡単には倒せない。

 そして万が一倒されたとしても、あくまでも分体なのですぐに本体が情報を共有してくれる。

 うん、安心できるな。


「さすがはピルカヤですね。頼りになります」


「いやあ、ボク優秀ですからねえ。というわけでよろしく~。なにかあったら焼くから気をつけてね~」


「あ、ありがとうございます!」


「裏切るなとはいいません。私たちは魔族ですから、他の種族に裏切られること前提で動きます」


「そ、そんなことは……」


 仲間でも配下でもない。いずれ裏切るであろう人員として、フィオナ様は獣人の転生者を受け入れた。


「そんで名前は? これから、仕事仲間になるのなら、名前くらい知らないと不便じゃない?」


「あ、はい! 時任ときとう芹香せりかと申します!」


「ボク、ピルカヤ」


「プリミラです」


「俺は、和泉いずみれい


 名前だけの簡素な自己紹介をしていくが、フィオナ様は自らの名前を名乗ることはなかった。


「魔王です」


 そこに浮かべた感情は、いつもの俺が知るフィオナ様ではない。

 ピルカヤはフィオナ様が変わったと言っていたが、この側面がこれまでの魔王としてのフィオナ様なのかもしれない。


「それじゃあ、まずは商店を見てもらおうか」


 それぞれの思惑はともかくとして、時任も魔王軍になったことは間違いない。

 とりあえず、今後の仕事場に案内することにしよう。


    ◇


「商品は一応並べてあるけど、安定した供給は難しいかもしれない」


「つまり、補充できない商品もあるということですね」


「食料とか、低位の消耗品なら、比較的安定するんだけどね」


 案内されたのは入口のすぐ近く。

 私が侵入したときは、なにやら不自然だった壁があると思っていた。

 脳筋どもは気付かなったみたいだし、伝えたところでどうでもいいと返ってくることは、選択肢を使わなくても明らかだった。

 なので、少しだけ気にして先に進んだのだけど、まさかその中にこんなお店があったなんてね。


 魔族の男の人。たぶん同年代くらいなうえ同郷であろう男の子に説明を受ける。

 食料やアイテムは多いけれど、わざわざダンジョンの中という怪しい場所で購入する人はいるのかな?

 ……選択肢。私のこの店での働きかたについて。


 1.売り上げを出すよう働く → 魔王軍に重宝される。

 2.売り上げを出さないよう働く → 不用品の処分役として店番は継続するが、心象は変化なし。

 3.不真面目に働く → 魔王軍から追い出される。

 4.侵入者たちに全面的に協力する → 丸焼けになって死ぬ。


 そっか。案外平和的な結果ばかりで一安心した。

 働いているかぎりは、魔王軍の一員として扱われる。

 それどころか、不真面目だったとしても追い出されるだけで、命までとられない。

 魔王軍というくらいだから、奴隷みたいに働かされるかと思ったけど、これなら比較的まともに生活できそう。


 ……まあ、最後のはそりゃそうだよね。

 店番をしながら、侵入者と内通したり、ダンジョンを攻略するために有利なものを売ったらいけないってことでしょ。

 その時点で裏切とみなされ、きっとあの魔王が炎かなにかで私を殺すんだろうなあ……。


 うん。せいぜい気をつけよう。

 とりあえず、和泉さんにここで売っていいものといけないものを聞いておくとしよう。


    ◇


「い、いらっしゃいませ~……」


「あれ、弱虫じゃん」


「本当だ。なにしてんだこんなところで」


 時任に売っていい商品を尋ねられたので、とりあえず強力すぎないアイテムや装備を売ることにした。

 自分たちが売ったものでダンジョンの攻略が簡単になったら、本末転倒すぎるからな。

 とりあえず、仕掛けやモンスターの対処と無縁のものだけを売ってもらおうと決めて開店をしたのだが。

 さっそく獣人たち相手に店番をしていた。


「い、いやあ……私はこの先に行くのが恐ろしいので、ここでみなさんのためになるものを売ろうかと思いまして」


「ふ~ん。相変わらず弱っちいな」


「お、食い物あるじゃん。回復薬とかもここで売ってるなら準備しなくていいな」


 ……なんの疑いもなく、獣人たちは怪しげな店での買い物をすませる。

 顔見知りだったから、疑われなかっただけか?

 だとしたら、獣人の村の関係者である転生者を引き込めたのは、わりと運がよかったのかもしれないな。


 意気揚々いきようようとダンジョンの奥へと進んでいった獣人たちは、必死な形相で逃げ帰っていった。

 彼らがなんとか生きて外に出られたのは、商店で買った回復薬のおかげのようだ。

 きっと彼らは次回もあの商店を利用するだろうな。


 倒すことはできなかったので、ダンジョンの魔力の増加量はいつもより若干低い。

 だけど、下手に全員倒そうとして、これまでと異なる罠やモンスターを増やしすぎると、また厄介な侵入者を呼び寄せることになるだろう。


「相変わらず、さじ加減が難しいな……」

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