「転生者にもまともな者がいるんですね」
「当然だ。そうでなければ、わざわざ囲い込むようなことはしない。それで、そのまともな転生者のことは調べはついたか?」
「はい。
「ほう。当たりを引いたか」
「例の転生者たちが地底魔界に向かう際に行動を止めたことで、臆病者扱いされて周囲から孤立しており、今は単独で自己の強化を続けているとのことです」
「愚かな……だが、こちらには都合がいいな。他の転生者よりもクニマツを優先するように」
「承知いたしました」
◇
「クニマツ様。本日の予定をお聞かせください」
「ええと、はい。レベル上げ……じゃなくて、鍛えるためにモンスターを狩りに行くつもりです」
あの日を境に、なんだか豪華な客室へと移ることになった。
しかも美人なメイドさんが、僕のお世話をするという破格の好待遇。
ゲームでは気にしていなかったけど、さすがに城に仕えるメイドさんなだけあって、一人一人がとてもきれいだ。
そんな人が世話を焼いてくれるなんて、どうにも落ち着かない……。
「お一人で、ですか?」
「ええ、まあ……。今はそのほうがやりやすいので」
「そうですか。それでは、護衛が必要となりましたら、いつでも申し付けください」
あまりぐいぐいとこないのは、正直助かる。
そうして今日もまた、僕は一人でモンスターを倒しに行くことにした。
仲間はいない。最初はクラスメイトたちとともに行動していたが、慎重に行動することを提案したため、徐々に僕は周囲からのけ者にされるようになった。
仕方がないので、女神からもらったスキルである鑑定をなんとか駆使している。
たかだかステータスを見るだけかと思ったけれど、これが存外便利なスキルだったのは良い意味で想定外だ。
まず、かなり遠くまでのあらゆる対象を鑑定できる。
おかげでモンスターたちを倒している際も、どこにどれだけのモンスターがいるか一目でわかる。
当然、そいつらの強さもわかるので、危険な目にあうことはない。
わかるのはステータスだけでなく、そのモンスターたちの攻撃手段やドロップ品、弱点までわかるので、思っていた以上の情報量だった。
事前にすべてわかっているので、無理なく着実にモンスターを倒すことができるし、レベルが上がったことで自分がどれだけ強くなったのかもわかる。
いつまでモンスターと戦えばいいかわからずに、やみくもに自身を鍛えていたときとは効率が全然違う。
「クニマツ様。先日は助言いただきありがとうございました」
「ああ、いえ……役に立てたのならうれしいです」
頭を下げてきたのは、城の兵士。
辺境の村の近くにダンジョンができたなんて噂をしていて、それがどうにも気になったので話しかけてしまった人だ。
この世界の地図を見せてもらい、大まかな場所とダンジョンの情報を教えてくれたが、その内容が少しまずかった。
それは洞窟などではなく、ダンジョンであることには間違いないらしい。
しかし、出現するのは弱いゴブリンばかり、どうせそのうち冒険者が踏破するだろうと、兵士たちは楽観的な考えを口にした。
だけど、そのダンジョンは、放っておいたらきっとまずい。
だって、ゲームにはそんな場所にダンジョンなんて存在しなかったのだから。
「クニマツ様の再三の忠告がなければ、我々はあの場所で全滅していたでしょう」
「いえ、撤退できたのは皆さんの実力ですから……」
すぐに、そのダンジョンは危険な可能性があると言って、兵士たちに調査を依頼した。
くれぐれも油断しないで、危険な場所であることを忘れるなと何度も念を押すと、怪訝な顔をしながらも調査は引き受けてもらったのだが……。
どうやら、僕の予想は当たってしまったようだ。
兵士たちは、ボスであるゴブリンキングをあと少しまで追い詰めたが、突然大量の岩が転がる罠が起動し、あわや全滅といった状況まで追い詰められたらしい。
結果として、その忠告がやけに過大な評価をされて、僕は他のクラスメイトとは違う待遇で迎えられることとなった。
なんでお前だけというやっかみも感じるが、今のところは直接的な被害はない。
だから、いいことではあるんだろうけど……それよりも、僕も知らないダンジョンが、そのままなのが心配だ……。
「……あの、お願いがあるんですけど」
「なんでしょうか? 可能なことであれば、いくらでも力になります」
ちょうどこの兵士に会えたことだし、今のうちに不安の種を摘みたい……。
一度この目で見て、そのダンジョンがどのくらい危険なのか確認した方がよさそうだ。
僕が知らないダンジョンということは、追加のコンテンツの可能性が高い。
そういうのって、大抵はゲーム本編以上の難易度なんだよね……。
このまま放置していると成長して、ラスボスである魔王以上の脅威になるとかはごめんだ。
多少無理してでも調べたほうがいい。
「例のダンジョン。僕と一緒に調査してもらえませんか?」
「……たしかに、あの場所は我々が想定していた以上に危険な場所でした。転生者であるクニマツ様のお力をお借りできるのであれば、もしかしたら踏破できるかもしれませんね」
「どこまで力になれるかはわかりませんが、僕もそのダンジョンは早めに対処したほうがいいと思っています」
「わかりました。では、兵長にすぐに話を伝えてきます!」
「すみません。よろしくお願いします……」
さあ、これでもう後戻りはできない。
いや、危険だったら兵士も含めて、すぐに全員で撤退するけどね。
ともかく、僕が知らないダンジョンに足を踏み入れることにはなってしまった。
「序盤は雑魚魔族とかならいいんだけどなあ……。なんか赤ん坊とかがいて、成長する前に殺せばいいとかなら楽なのに」
◇
「奥の部屋にゴブリンソルジャーが三匹と、ゴブリンが十匹います」
「承知しました! 聞こえたな! まだメイジすらいない! 確実に倒すぞ!」
今のところは順調。
道はたまに分かれているけれど、そんなに迷うような構造ではない。
それに、律儀に部屋の中にしかモンスターがいないため、事前に敵の戦力はすべて分析できる。
あとは兵士たちがすべて倒してくれるので、僕が戦う必要すらなかった。
「宝箱の中身は……回復薬みたいですね」
「なんと……開ける前からわかるのですか」
「それだけが取り柄ですから」
宝箱の中にあるのは序盤に入手可能な消耗品のアイテム。
……おかしいな。追加コンテンツなのに、モンスターは普通だし、アイテムも大したことない。
てっきり、見つけにくい場所にレアモンスターや、レアアイテムでもあるかと思ったけど、その期待はできなさそうだ。
ということは、やっぱり物語の進行とともに、徐々に成長していくダンジョンとかかな。
「クニマツ様、この先が……」
「ええ、ボス部屋みたいですね。ゴブリンキングが一匹。メイジが十匹。ソルジャーが十匹。キングとメイジは、他のゴブリンを強化します。まずはメイジから確実に減らすべきです」
「前回倒したはずですが、道中と同じくやはり復活していますか……」
「ですが、一匹の力は皆さんに劣ります。例の罠さえ気をつければ、全滅させることも可能かと思います」
というか、正直なところもう踏破したようなものだと思う。
だって、話で聞いていたボス部屋のモンスターたちと、今回のモンスターたちは種類も数も同じだ。
前回は罠のせいで撤退したそうだけど、それがなければモンスターたちは倒しきれていた。
なら、今回は確実に踏破できる……。
「罠はもうありません。どうやら、皆さんが前回起動させたことで、罠がすべて消費されたのでしょう」
「おお……そんなことまでわかるのですね。であれば、今度は後れを取らずにすみそうです!」
ボス部屋の中をくまなく鑑定したが、あるのはモンスターと宝箱だけだ。
ここに来る前に、試しにモンスター用の罠を見せてもらったが、それは鑑定できたと考えると、ボス部屋の中に罠はきっとない。
「準備はできたな。突入するぞ!」
兵長さんの号令にあわせて、兵士たちがボス部屋になだれ込む。
事前に役割は決めてあるのだろう。ソルジャーの攻撃をしのぐ兵士たちと、メイジに向かっていく兵士たちで分かれた。
キングは兵長さんが相手をしているが、あくまでも時間を稼ぐために防戦している。
僕は僕で自分にしかできないことをしないと……。
部屋の中をきょろきょろと見渡すけれど、やっぱり罠らしきものは確認できない。
天井を見ても岩なんかないし、壁や床も鑑定でなにも表示されない。
これなら本当にこの部屋のモンスターたちを倒すだけでいいはずだ。
「部屋の中をもう一度鑑定しました! 罠はないので、モンスターだけに集中してください!」
「助かります! キングは私に任せておけ! メイジを複数人で撃破し、その後ソルジャーを倒すんだ!」
そう言っているうちに、兵士たちは次々とメイジの数を減らしていく。
数が減れば減るほどに、次のメイジはより簡単に倒すことができる。
最初はキングを抑え込むのに苦労していた兵長さんも、今ではわりと余裕をもって対応できている。
「兵長! あとはそいつだけです!」
「ああ、みんなよくやった!」
そして最後に残ったゴブリンキングは、あっけなく倒された。
……終わった。あれ、終わってしまった?
追加コンテンツなのに? まだゴブリンとしか戦ってないのに?
ラスボス以上の敵とか、今後脅威となる敵なんてどこにもいなかったな……。
ここが行き止まりのようだし、奥には道中よりは質がよさそうな宝箱が置いてあるだけだ。
中身は……銀の剣か。まあ、こんなものか。
ゲームの中盤で手に入る武器だけど、特別強いというわけでもない。
鍛えれば最後まで使えるけど、これがあるからボスを倒せるとかいう付与効果も別にない装備だ。
う~ん……考えすぎだったのかな。
追加コンテンツのダンジョンだけど、もしかして初心者救済用のダンジョンだったとか?
ゴブリンだらけだし、罠も一度起動したらそれっきりって、なんか初心者に戦い方や探索を教えるためのダンジョンみたいだ。
そして踏破したら、それなりの武器が手に入る。それだけのダンジョンだったみたいだな……。
「クニマツ様。ありがとうございました! あなたがいたおかげで、全員無事にダンジョンを踏破できました!」
「ああ、いえ。みなさんが強かったからです」
「王から許可は得ています。その宝箱の中身はクニマツ様が持ち帰ってください」
「あ、ありがとうございます」
いいのかなあ。僕は戦ってすらいないんだけど。
でも、せっかくそれなりの武器が入手できるチャンスだし、ここはお言葉に甘えるとしよう。
こうして、懸念していた見知らぬダンジョン探索は、僕たちにとって大成功で終わることとなった。