——駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。
昼の陽射しが穏やかに降り注ぎ、アスファルトに淡い影を落としている。
春風がそよぎ、遠くの木々には新緑が混じり始めていた。
霧島晴人は灰皿のそばに立ち、煙草をくわえ、ゆっくりと煙を吐き出した。
春の匂いが微かに混じる空気の中、遠くで聞こえる電車の音と、人々の足音が心地よい音を奏でている。
軽やかな足音が近づき、明るい声がその場の空気を少し弾ませた。
「晴人くん、おつかれー!」
振り向くと、甘坂るるが笑顔を浮かべながらこちらへ歩いてきた。
今日はスプリングコートに、足元は新しそうなスニーカーを履いている。
「こんにちは、甘坂さん。」
霧島が軽く会釈すると、るるは隣に立ち、煙草を取り出した。
「桜も散っちゃったし、いよいよ春もって感じだね~!」
「……そうですね。かなり暖かくなりました。」
二人は煙草に火をつけ、吐き出された白い煙が春風に揺れて消えていく。
「そうそう、見て見て、新しい靴買ったんだー!」
るるが足元を軽く揺らしながら、満足げに言った。
「……気に入っているんですか?」
「うん!めっちゃ歩きやすいし、色も可愛くてさ。」
霧島はちらりとるるの足元に目を向けた。
白を基調にしたスニーカーは、まだ新品のように綺麗だった。
「前の靴も気に入っていたようですが?」
「それはそれ!前のも履き心地よかったけど、やっぱり新しい靴ってワクワクするんだよね。」
二人はゆっくりと煙草をくゆらせながら歩く。
「晴人くんは靴とかこだわるほう?」
「……特にこだわりはありません。同じタイプのものか似た形の靴を買います。」
「えー、それじゃ気分転換にならないじゃん!」
「……履き慣れたもののほうが落ち着きます。」
るるが小さく肩をすくめながら、ふと思い出したように話題を変えた。
「でもさ、思い出の靴ってあったりする?」
「……思い出の靴?」
「ほら、修理までしてずっと履いてた靴とか、何か特別な場所に履いて行ったやつとか。」
霧島は少し考え込むように目を細めた。
「……強いて言えば、部活のシューズですかね。」
「お、バドミントン部の?」
「ええ。結構長く履いていました。」
「そういうのって、捨てる時ちょっと寂しくならなかった?」
「……そうですね。少しだけ。」
霧島が淡々と答えると、るるは「そうだよね~」と満足そうに頷いた。
「私もね、学生の頃のスニーカー、なんか捨てられなかったんだよね。ライブやった時とか、遊びに行った時とか、いろんな思い出が詰まっててさ。」
「……今も持っているんですか?」
「ううん、さすがに処分しちゃった。でも、写真には残ってたりするかな。」
るるは懐かしそうに笑い、煙草を口元に運ぶ。
「ねえ、晴人くん、新しい靴買うタイミングって決めてる?」
「……決めてはいませんが、気づいたらそろそろ買い替え時だなと思うくらいですね。」
「そっか。でもさ、新しい靴ってなんか気持ちも新しくなる気がしない?」
「……そういう考え方もあるかもしれません。」
るるが少し得意げに頷いた後、足元のスニーカーを軽く揺らしながら霧島の靴をちらりと見た。
「ねえ、晴人くんもそろそろ新しい靴、買ってみたら?」
「……まだ履けます。」
「いやいや、もう結構くたびれてない?」
「……使えるうちは問題ありません。」
るるが小さくため息をつきながら、ふと笑った。
「せっかくだし、春だし、新しい一歩踏み出してみるのもいいんじゃない?」
「……靴を新しくすることで、一歩踏み出したことになるんですか?」
「うん、そう思う!新しい靴履くと、どこか遠くに行きたくならない?」
「……遠出をする予定は特にありませんが。」
るるは小さく笑いながら「じゃあ、次に新しい靴買う時は、一緒に選んであげるよ!」と明るく言った。
霧島は少し考えるように目を細め、それから静かに「……考えておきます」とだけ答えた。
二人はゆっくりと煙草を消し、喫煙所を後にする。
——春のぬくもりが広がる中、二人のたわいない話は、穏やかな風に乗って静かに続いていった。