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第55話:桜を見にいきませんか?

 ——駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。

 昼下がりの穏やかな日差しが街路樹の間から差し込み、地面に淡い影を作っている。

 空にはいくつかの雲が浮かび、微かな春風が頬を撫でていった。


 霧島晴人は、灰皿のそばで煙草をくわえ、ゆっくりと煙を吐き出した。

 白い煙が、やわらかな日差しに溶け込むように漂っていく。


「晴人くん、おつかれー!」

 軽やかな声とともに甘坂るるが現れた。カジュアルなジャケットを羽織り、足元にはスニーカー。いつも通り明るい笑顔を浮かべながら、隣に立つ。


「こんにちは、甘坂さん。」

「なんか、最近ぽかぽかしてきたよねー。」

 るるが軽く背伸びをしながら言うと、霧島は「……そうですね」と短く頷いた。


 二人は煙草に火をつけ、白い煙が春風に揺られながら空へと消えていく。


「もうすぐ桜が咲く頃だよね。今年の開花予想、見た?」

 るるが楽しげに話を切り出すと、霧島は少しだけ視線を遠くに向けて答えた。

「……ニュースで少しだけ見ました。今週中には咲き始めるらしいですね。」

「やっぱりそうだよね!なんかワクワクするなー。」


「ただ、甘坂さんがまた花粉症に苦しむ季節ですね。」

 霧島が淡々とした口調で言うと、るるは「あー、ほんとそれ!」と肩をすくめた。


「晴人くん、花粉症じゃなくていいよねー。羨ましい!」

「……春は好きですが、花粉症にはなりたくないです。」

「もう!共感してるようでしてないのがムカつく!」

 るるが冗談っぽく言いながら軽く笑い、霧島も微かに口元を緩めた。


 ふと、るるが近くにある自販機を指差した。

「そういえば、あそこの自販機、最近新しい飲み物が増えたの知ってる?」

「……いいえ、気づきませんでした。」

「私、昨日あそこで買ったんだけどね。桜味のジュースだったの!めっちゃ春っぽいと思わない?」

「……桜味、ですか。」

「そう!でも正直、桜の味って何って感じだけどね!」

 るるが笑いながら話すと、霧島は少し考え込むように眉を寄せた。

「……確かに、桜味というのは想像しづらいですね。」

「でしょ?でも、なんか飲んでると気分が春っぽくなってさ。晴人くんも試してみたら?」

「……考えておきます。」


「ねえ、晴人くん。今年は一緒に桜見に行こうよ!お花見!」

 るるが突然提案すると、霧島は少しだけ驚いたように目を向けた。

「……お花見、ですか。」

「そうそう!せっかくだからさ、今年はゆっくり桜を見ながら話そうよ。」

 霧島は短く考えるように目を伏せ、そして静かに頷いた。

「……それも良いですね。」


「やった!じゃあ、今週末とかどう?もう見頃になってるかもしれないし。」

「……天気次第ですが、問題ありません。」

「決まりね!場所とかはまた相談しよ。」

 るるが嬉しそうに笑いながら煙草をくゆらせると、霧島はその様子を静かに見守った。


 二人は並んで喫煙所を出る準備をしながら、次のお花見計画の話を続けた。


 ——柔らかな春風に包まれながら、二人のたわいない話は、桜の季節への期待を乗せて穏やかに続いていった。

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