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第54話:ホワイトデーですね?

 ——駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。

 夜空には薄い雲が広がり、街灯が淡い光を足元に落としている。

 静かな空間に、自販機の低い音や、遠くを行き交う車の音が微かに混じるだけ。


 霧島晴人が喫煙所の扉を押し開けると、甘坂るるの姿が目に入った。

 彼女は灰皿のそばで煙草を指先に持ち、軽く息を吐いている。吐き出された白い煙が、夜の空気に揺れながら消えていく。


「こんばんは、甘坂さん。」

「晴人くん、おつかれ!」

 るるがいつもの明るい声で返す。軽くストールを直しながら、隣の位置に少し体を寄せてきた。


「今日は、日中はちょっと暖かかったけど、夜はまだ冷えるね。」

「……そうですね。昼と夜の気温差が大きいです。」

 二人は並んで煙草に火をつける。霧島が吐き出した白い煙が静かに揺れ、街灯の光を淡く通り抜けた。


 ふと、るるの視線が霧島の手元へ向けられる。霧島が右手で軽く持ち直した小さな紙袋が、街灯の光を受けて控えめに揺れていた。


「ねえ、それ、何持ってるの?」

 るるが軽い調子で問いかける。霧島はその声に少しだけ動きを止め、袋を右手から左手に持ち替えた。


「……少し甘坂さんと話したかったことがあります。」

 彼は言葉を探すように視線を横に流し、間を置いてからゆっくりと続けた。

「これを……。」

 小さな紙袋をそっと差し出す。その動きには、どこかぎこちなさが混ざっていた。


「えっ、これ私に?」

 るるが一瞬驚いたように目を見開き、それから袋を慎重に受け取った。


「……先月のお礼です。」

「先月……あ、バレンタインのお返しってこと?」

 るるが嬉しそうに笑うと、霧島は静かに頷いた。


「ありがとう!開けてみてもいい?」

「……どうぞ。」

 彼が短く答えると、るるは袋の中身を覗き込んだ。


「わあ、マカロン!それに紅茶のセットまで!」

 驚きと喜びが混じった声を上げるるるに、霧島は静かに息を吐いた。


「甘坂さんが喜んでくれるなら、それで良いです。」

「うん、すごく嬉しいよ!でも、こんなにちゃんとしたお返しを用意してくれるなんて、なんか意外。」

 るるが嬉しそうに袋を抱えながら、霧島の顔を覗き込むようにして笑った。


「……いただいたものには、きちんとお返しするべきだと思っています。」

「そっか。でも、ほんとにありがとう!これ、家に帰ったら早速紅茶淹れてマカロン食べるね。」


 二人はしばらく無言で煙草をくゆらせた。静かな夜の空気が二人の間を通り抜け、街灯の下でそれぞれの影が揺れる。


「そうだ、紅茶って甘いお菓子と一緒だともっと美味しいよね。晴人くんもそう思うでしょ?」

「……そうですね。組み合わせることで味の印象が変わります。」

「晴人くんらしい言い方だね。なんか、こだわりありそう。」


 るるが小さく笑うと、霧島は控えめに肩をすくめた。

「……甘坂さんの感想を楽しみにしています。」

「もちろん!ちゃんと報告するね!」


 るるは満足そうに微笑みながら袋を大事そうに抱えた。


「こういう贈り物って、ほんとに特別だよね。」

「……そう思っていただけるなら、準備した甲斐があります。」


 二人は静かに笑い合い、吐き出された煙が夜風に揺れながら消えていく。

 ——ホワイトデーの夜、二人のたわいない話は、小さな贈り物とともに温かく心に残る時間となった。

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