——駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。
夜空には薄い雲が広がり、街灯が淡い光を足元に落としている。
静かな空間に、自販機の低い音や、遠くを行き交う車の音が微かに混じるだけ。
霧島晴人が喫煙所の扉を押し開けると、甘坂るるの姿が目に入った。
彼女は灰皿のそばで煙草を指先に持ち、軽く息を吐いている。吐き出された白い煙が、夜の空気に揺れながら消えていく。
「こんばんは、甘坂さん。」
「晴人くん、おつかれ!」
るるがいつもの明るい声で返す。軽くストールを直しながら、隣の位置に少し体を寄せてきた。
「今日は、日中はちょっと暖かかったけど、夜はまだ冷えるね。」
「……そうですね。昼と夜の気温差が大きいです。」
二人は並んで煙草に火をつける。霧島が吐き出した白い煙が静かに揺れ、街灯の光を淡く通り抜けた。
ふと、るるの視線が霧島の手元へ向けられる。霧島が右手で軽く持ち直した小さな紙袋が、街灯の光を受けて控えめに揺れていた。
「ねえ、それ、何持ってるの?」
るるが軽い調子で問いかける。霧島はその声に少しだけ動きを止め、袋を右手から左手に持ち替えた。
「……少し甘坂さんと話したかったことがあります。」
彼は言葉を探すように視線を横に流し、間を置いてからゆっくりと続けた。
「これを……。」
小さな紙袋をそっと差し出す。その動きには、どこかぎこちなさが混ざっていた。
「えっ、これ私に?」
るるが一瞬驚いたように目を見開き、それから袋を慎重に受け取った。
「……先月のお礼です。」
「先月……あ、バレンタインのお返しってこと?」
るるが嬉しそうに笑うと、霧島は静かに頷いた。
「ありがとう!開けてみてもいい?」
「……どうぞ。」
彼が短く答えると、るるは袋の中身を覗き込んだ。
「わあ、マカロン!それに紅茶のセットまで!」
驚きと喜びが混じった声を上げるるるに、霧島は静かに息を吐いた。
「甘坂さんが喜んでくれるなら、それで良いです。」
「うん、すごく嬉しいよ!でも、こんなにちゃんとしたお返しを用意してくれるなんて、なんか意外。」
るるが嬉しそうに袋を抱えながら、霧島の顔を覗き込むようにして笑った。
「……いただいたものには、きちんとお返しするべきだと思っています。」
「そっか。でも、ほんとにありがとう!これ、家に帰ったら早速紅茶淹れてマカロン食べるね。」
二人はしばらく無言で煙草をくゆらせた。静かな夜の空気が二人の間を通り抜け、街灯の下でそれぞれの影が揺れる。
「そうだ、紅茶って甘いお菓子と一緒だともっと美味しいよね。晴人くんもそう思うでしょ?」
「……そうですね。組み合わせることで味の印象が変わります。」
「晴人くんらしい言い方だね。なんか、こだわりありそう。」
るるが小さく笑うと、霧島は控えめに肩をすくめた。
「……甘坂さんの感想を楽しみにしています。」
「もちろん!ちゃんと報告するね!」
るるは満足そうに微笑みながら袋を大事そうに抱えた。
「こういう贈り物って、ほんとに特別だよね。」
「……そう思っていただけるなら、準備した甲斐があります。」
二人は静かに笑い合い、吐き出された煙が夜風に揺れながら消えていく。
——ホワイトデーの夜、二人のたわいない話は、小さな贈り物とともに温かく心に残る時間となった。