——駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。
夜の静寂を僅かに破る足音や、自動販売機の低い機械音が遠くに響いている。
街路樹の影が淡い街灯の光に揺れ、ひんやりとした空気が頬を撫でて通り過ぎた。
霧島晴人が喫煙所の扉を開けると、甘坂るるの姿が見えた。彼女は灰皿のそばに立ち、軽く肩をすぼめながら煙草を指先に持っている。
「こんばんは、甘坂さん。」
霧島が静かに声をかけると、るるは振り返り、「おつかれー!」と元気な声で応えた。
「ねえ晴人くん、前よりこの喫煙所、少し静かになったと思わない?」
「……確かに。人通りが少ない時間が増えましたね。」
霧島は周囲を一瞥しながら煙草に火をつけた。
「なんか、ちょっと寂しい感じもするよね。」
「……そうかもしれませんが、落ち着いた空気で悪くないと思います。」
二人は並んで立ち、煙草をくわえながら一息つく。冷たい夜風に揺られた煙が、星空の下でかき消される。
「ねえ、晴人くんってさ、バレンタインにチョコとかもらったりするの?」
るるが少し悪戯っぽい笑顔を見せながら問いかける。
「……甘坂さん以外からは期待していません。」
霧島がさらりと言うと、るるは一瞬驚いた顔を見せ、それから照れ隠しのように笑った。
「そ、そういうこと言う!?なんかずるいなー。」
「……事実を言っただけです。」
淡々とした霧島の返答に、るるは「ほんとにもう」と小さく呟きながら笑った。
「でね、これ。」
るるはバッグからリボンで包まれた小さな箱を取り出し、霧島に手渡した。
「……ありがとうございます。」
霧島が受け取り、そっとリボンを指先で触れる。
「開けてもいいですか?」
「もちろん!」
彼が箱を開けると、中には丁寧に並べられた手作りのチョコレートがあった。どれも形が揃っていて、美味しそうな光沢がある。
「……綺麗ですね。」
「でしょー?これ、結構頑張ったんだから。」
るるが得意げに笑うと、霧島は箱をそっと閉じ、静かに礼を言った。
「ありがとうございます。大切にいただきます。」
「うん!でも……お返しとかは気にしなくて大丈夫だから!」
るるが少し控えめな笑みを浮かべながら口を開くと、霧島は短く息を吐いた。
「……いただいたものには、ちゃんとお返しをします。」
「ほんと?じゃあ……ちょっとだけ期待しちゃおうかな。」
るるが冗談めかして微笑むと、霧島は静かに頷いた。
二人はしばらく無言で煙草をくゆらせながら、淡い街灯の明かりに包まれる喫煙所で立ち続けていた。
「ねえ、晴人くん。チョコってタバコを吸った後に食べると、またちょっと違った感じしない?」
「……確かに。少し苦味が際立つ気がします。」
「でしょ?これも、いわゆる大人の楽しみってやつかな?」
るるが得意げに笑うと、霧島は軽く頷いた。
二人は煙草を静かにくゆらせながら、しばらくの間、冬の夜の空気を楽しんでいた。
「今年のバレンタイン、晴人くんの記憶に残るといいな。」
るるが小さく呟くように言うと、霧島は手元のチョコレートの箱に目を落としながら微かに笑みを浮かべた。
「……甘坂さんのチョコは、確実に記憶に残ります。」
白い煙が夜空にゆらりと溶けていく中、二人のたわいない話は、甘い香りとともに静かに心に刻まれていった。