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第51話:節分って楽しみますか?

 ——駅前のゲームセンターにある喫煙所。

 夜空には星が静かに輝き、微かに吹く冷たい風が街路樹の枝を揺らしていた。

 路面には乾いた冬の冷気が漂い、遠くで聞こえる電車の音が静寂を際立たせている。


 喫煙所には甘坂るるが一人、灰皿のそばで煙草に火をつけていた。吐き出された煙が白い息と混ざり、ゆっくりと夜空に溶けていく。


「……晴人くん、今日は来ないのかなぁ。」

 ぽつりと呟きながら、るるはスマホを取り出して時計を確認した。その時、背後から軽い足音が聞こえてきた。


「こんばんは、甘坂さん。」

 霧島晴人が少し肩をすぼめながら喫煙所に現れる。冷え切った空気の中、彼の吐く白い息が微かに揺れていた。


「お、やっと来たねー!」

 るるが明るい声で迎えると、霧島は軽く会釈しながら煙草を取り出した。


「今日も相変わらず寒いね!」

「……確かに、冷え込みが続いていますね。」

 二人は並んで煙草に火をつけ、薄い白煙が冷えた空気の中で揺れ、星空の影に紛れるように静かに消えた。


「そういえば、もうすぐ節分だよね。」

 るるが軽く微笑みながら切り出すと、霧島は「……そうですね」と短く頷いた。


「晴人くん、恵方巻きって食べる派?」

「……子供の頃に数回食べました。」

「えっ、そうなの!?それじゃ、今年は一緒に食べようよ!」

 るるが提案すると、霧島は少し考えるようにして頷いた。


「……わかりました。」

「やった!じゃあ、私の家で手作りしようよ!」

「……手作りですか。」

「そう!意外と楽しいんだよ!」

 るるの勢いに押され、霧島は静かに笑みを浮かべた。


 *


 当日、るるの家。部屋には節分らしい小さな飾りが控えめに置かれ、テーブルには巻き寿司の具材が並んでいた。


「じゃあ、早速始めようか!」

 るるがエプロンをつけてキッチンに立つと、霧島もエプロンを渡され、手伝いを始めた。


「晴人くん、きゅうりの薄切りお願い!」

「……これくらいで良いですか。」

 霧島がきれいに並べられた薄切りを見せると、るるは満足げに頷いた。


「完璧!次は卵焼き作るよ。やったことある?」

「……あまりないです。」

「じゃあ、私が教えるね!」

 るるが手際よく卵を巻く様子を見せると、霧島は真剣な表情でその動きを追った。


 二人で協力しながら具材を準備し、いよいよ巻き寿司を作り始める。


「これ、意外と難しいね!」

「……確かに、均一に巻くのはコツがいりますね。」

 霧島が少し苦戦しながら巻いた恵方巻きを見て、るるは「でも、ちゃんと形になってるよ!」と励ました。


 巻き終えた二人はリビングへ移動し、今年の恵方を確認した。


「じゃあ、今年の方角は……こっちだね!」

 るるがスマホで調べた方角を示し、二人はその方向を向いて座った。


 静かな時間が流れる中、無言で恵方巻きを食べる二人。霧島が一瞬、視線を動かすと、るるが慌てて目をそらす。


 すべて食べ終えた後、るるが満足げに息をついた。

「ふーっ、ご馳走様でした!無言なのになんか楽しかった!」

「……確かに、不思議な時間でした。」


「そういえば、子供の頃に豆まきとかした?」

「……家族で一度だけ。掃除が大変でした。」

「わかるー!うちは父が鬼役で、家中に豆が散らかってた。」


 二人は子供の頃の節分の思い出を語り合い、自然と笑顔がこぼれた。


「こういう行事って、なんかホッとするよね。」

「……ええ。少し非日常を感じます。」


 るるが「お茶淹れるね」と立ち上がり、台所で準備を始めた。香ばしいお茶の香りが部屋に広がり、温かな空気が二人を包み込む。


 ——節分の夜、二人のたわいない話は、静かな部屋の中で心地よい温もりを紡いでいった。

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