——駅前のゲームセンターにある喫煙所。
夜空には星が静かに輝き、微かに吹く冷たい風が街路樹の枝を揺らしていた。
路面には乾いた冬の冷気が漂い、遠くで聞こえる電車の音が静寂を際立たせている。
喫煙所には甘坂るるが一人、灰皿のそばで煙草に火をつけていた。吐き出された煙が白い息と混ざり、ゆっくりと夜空に溶けていく。
「……晴人くん、今日は来ないのかなぁ。」
ぽつりと呟きながら、るるはスマホを取り出して時計を確認した。その時、背後から軽い足音が聞こえてきた。
「こんばんは、甘坂さん。」
霧島晴人が少し肩をすぼめながら喫煙所に現れる。冷え切った空気の中、彼の吐く白い息が微かに揺れていた。
「お、やっと来たねー!」
るるが明るい声で迎えると、霧島は軽く会釈しながら煙草を取り出した。
「今日も相変わらず寒いね!」
「……確かに、冷え込みが続いていますね。」
二人は並んで煙草に火をつけ、薄い白煙が冷えた空気の中で揺れ、星空の影に紛れるように静かに消えた。
「そういえば、もうすぐ節分だよね。」
るるが軽く微笑みながら切り出すと、霧島は「……そうですね」と短く頷いた。
「晴人くん、恵方巻きって食べる派?」
「……子供の頃に数回食べました。」
「えっ、そうなの!?それじゃ、今年は一緒に食べようよ!」
るるが提案すると、霧島は少し考えるようにして頷いた。
「……わかりました。」
「やった!じゃあ、私の家で手作りしようよ!」
「……手作りですか。」
「そう!意外と楽しいんだよ!」
るるの勢いに押され、霧島は静かに笑みを浮かべた。
*
当日、るるの家。部屋には節分らしい小さな飾りが控えめに置かれ、テーブルには巻き寿司の具材が並んでいた。
「じゃあ、早速始めようか!」
るるがエプロンをつけてキッチンに立つと、霧島もエプロンを渡され、手伝いを始めた。
「晴人くん、きゅうりの薄切りお願い!」
「……これくらいで良いですか。」
霧島がきれいに並べられた薄切りを見せると、るるは満足げに頷いた。
「完璧!次は卵焼き作るよ。やったことある?」
「……あまりないです。」
「じゃあ、私が教えるね!」
るるが手際よく卵を巻く様子を見せると、霧島は真剣な表情でその動きを追った。
二人で協力しながら具材を準備し、いよいよ巻き寿司を作り始める。
「これ、意外と難しいね!」
「……確かに、均一に巻くのはコツがいりますね。」
霧島が少し苦戦しながら巻いた恵方巻きを見て、るるは「でも、ちゃんと形になってるよ!」と励ました。
巻き終えた二人はリビングへ移動し、今年の恵方を確認した。
「じゃあ、今年の方角は……こっちだね!」
るるがスマホで調べた方角を示し、二人はその方向を向いて座った。
静かな時間が流れる中、無言で恵方巻きを食べる二人。霧島が一瞬、視線を動かすと、るるが慌てて目をそらす。
すべて食べ終えた後、るるが満足げに息をついた。
「ふーっ、ご馳走様でした!無言なのになんか楽しかった!」
「……確かに、不思議な時間でした。」
「そういえば、子供の頃に豆まきとかした?」
「……家族で一度だけ。掃除が大変でした。」
「わかるー!うちは父が鬼役で、家中に豆が散らかってた。」
二人は子供の頃の節分の思い出を語り合い、自然と笑顔がこぼれた。
「こういう行事って、なんかホッとするよね。」
「……ええ。少し非日常を感じます。」
るるが「お茶淹れるね」と立ち上がり、台所で準備を始めた。香ばしいお茶の香りが部屋に広がり、温かな空気が二人を包み込む。
——節分の夜、二人のたわいない話は、静かな部屋の中で心地よい温もりを紡いでいった。