——駅前のゲームセンターにある喫煙所。
曇り空の下、冷たい風が街路樹を揺らし、遠くの街灯が微かに瞬いている。
通りを行き交う人々の吐く白い息が、冬の厳しさを静かに物語っていた。
霧島晴人は灰皿のそばに立ち、煙草に火をつけた。吐き出した煙が冷たい空気に溶けていく。そんな時、軽やかな足音が近づいてきた。
「晴人くん、おつー!」
甘坂るるが明るい声とともに現れる。コートの袖口を引っ張りながら、寒さに肩をすくめている。
「こんばんは、甘坂さん。」
「寒いねー!ほんと、冬は肌が乾燥してカサカサになるから困るよ!」
「……確かに、空気が乾燥していますね。」
二人は並んで煙草に火をつけ、吐き出した煙は、冷たい夜風にさらわれるように揺れながら消えていった。
「ねえ、晴人くんって乾燥対策とかしてる?」
「……特に何もしていません。」
「だよねー。絶対そうだと思った!」
るるが予想通りの答えに満足げに頷くと、ポケットから小さなチューブを取り出した。
「これ、ハンドクリーム!冬は必需品なんだよー。」
「……なるほど。」
「試してみてよ。いい香りだから!」
「……僕が使う必要はないと思います。」
「そんなこと言わないで!ほら、手出して。」
るるが強引に霧島の手を取り、チューブから少しだけクリームを絞り出す。
「こうやって手に馴染ませるんだよ。」
「……なるほど。」
霧島は少し戸惑いながらも、るるの動作に従った。甘く柔らかな香りが漂い、彼は軽く鼻を近づける。
「どう?いい匂いでしょ?」
「……悪くありません。」
霧島が静かに頷くと、るるは得意げに笑った。
「これね、友達に教えてもらったんだけど、本当にお気に入りなんだ!」
「……手入れが行き届いていますね。」
「でしょ?晴人くんもこれからは手元のケア大事だよ!」
霧島が淡々と答えると、るるは楽しそうに笑いながら煙草をくわえた。
「そういえば、タバコの味とか香りって、ライターで変わるってきいたことある?」
「……Zippoだとオイルの香りが混ざるって聞きますね。」
「そうそう!前に使ってたことがあるけど、独特だよね。」
るるが思い出したように笑うと、霧島も軽く頷いた。
「僕も少しだけ使っていました。オイルを補充する手間があって、途中でやめましたが。」
「わかるー!見た目はカッコいいけどね。あのカチッて音も好きだったなー。」
「……味や香りの違いを楽しむには良い道具だと思います。」
るるが自分のターボライターを取り出して見せながら、「でも普段はやっぱりこれだよね」と笑う。
「強風の時でも、安定してますからね。」
「でもさ、気分転換にたまには違うライターとか使ってみたくならない?」
「……最近は考えたことはありませんが。」
「じゃあ、次に私が面白いの見つけたらプレゼントしちゃおうかな!」
るるがいたずらっぽく笑うと、霧島は「……それは楽しみにしておきます」と静かに答えた。
「冬の夜にこうしてタバコ吸いながら話してると、なんか落ち着くよね。」
「……ええ。静かな時間が良いですね。」
二人はしばらく無言で煙草をくゆらせ、冬の冷たい空気に溶け込むように静かに立ち尽くしていた。
——冬の夜の冷たい風に包まれながら、二人のたわいない話は、甘いハンドクリームの香りとタバコの煙に彩られ、静かに続いていった。