——駅前のゲームセンターにある喫煙所。夜風が心地よく、街灯の明かりが微かに揺れ、地面に映る影が静かに踊っているようだった。
遠くからは電車の音と虫の声が微かに聞こえ、穏やかな夏の夜が流れている。
霧島晴人は灰皿のそばに立ち、煙草に火をつけた。吐き出した煙がふわりと漂い、ゆっくりと夜空に消えていく。
その時、サンダルのソールが軽く地面を叩く音が近づいてきた。
「晴人くん、おつー!」
振り返ると、甘坂るるが明るい笑顔を浮かべて立っていた。白のノースリーブにショートパンツという涼しげな格好で、肩に掛けた小さなバッグを軽く揺らしている。
「こんばんは、甘坂さん。」
「いい夜だね!風が気持ちいい!」
「……そうですね。今日は過ごしやすい夜です。」
二人はいつものように並んで煙草に火をつけた。しばらくの間、るるは視線を夜空に向けたまま静かにしていたが、ふと霧島の方に顔を向けた。
「ねえ、晴人くん、最近ゲームの調子どう?」
「……相変わらずです。昨日も少しだけやりましたが、そこまで進展はありませんでした。」
「そうなんだ。私もね、配信でホラーゲームやってたんだけど、めっちゃ怖かった!」
「……一人でやったんですか?」
「うん、リスナーさんと一緒だけど、一人の空間だから余計怖くてさ!」
るるが少しオーバーに身振りを交えながら話すのを見て、霧島は小さく笑った。
「甘坂さんが怖がる姿、ホラー映画のこともあるので少し想像できます。」
「えっ、それどういう意味!?」
るるが笑いながら言うと、霧島は短く首を振った。
少し雑談が続いた後、霧島は鞄から小さな袋を取り出した。
「そういえば、甘坂さん。誕生日ですよね。」
「おっ、覚えててくれた!嬉しい!」
「これ、約束していたものです。実用的で形に残るものを考えました。」
「えっ、プレゼント!?開けてもいい?」
「どうぞ。」
るるが袋を開けると、中からキーケースと小さなアロマキャンドルが現れた。キーケースはシンプルなデザインで、どんな場面にも馴染む落ち着いた色合いだった。
「晴人くん、すごくセンスいい!これ、めっちゃ好き!」
「……気に入っていただけたなら、良かったです。」
「このキャンドルもいい匂い……!ありがとう、大事に使うね!」
るるはキーケースをそっと撫でながら、霧島の顔を見て微笑んだ。
「そうだ、9月の晴人くんの誕生日もちゃんとお祝いするからね!」
「……甘坂さんが気を遣わなくてもいいですよ。」
「だめ!今度は私の家でおもてなしするから!前にホラー映画の時に借りたお礼も兼ねて!」
るるが得意げに胸を張って言うと、霧島は小さく笑って頷いた。
「……では、その時はよろしくお願いします。」
「というかこれ、アロマにキーケースって本当に五千円未満!?高かったんじゃない?」
るるがじっとキーケースとアロマキャンドルを見比べながら言うと、霧島は少しだけ肩をすくめた。
「実は最初、良い匂いのアロマキャンドルだなと思って、それに決めていました。でも、形に残るものって約束を思い出して、キーケースを見つけたんです。そしたら、どちらか選べなくて……結局、二つ買いました。」
「えっ、じゃあ、五千円は超えてるってこと?」
「……そうですね。お会計の時に気づきましたが、気にしないでください。」
霧島が淡々と話す様子を見て、るるは少し言葉を詰まらせたあと、小さく笑った。
「いやいや、気にするって!これ、私が何かお返ししないと帳尻合わなくなるじゃん!……でも、本当にありがとう。大事にするね、どっちも。」
るるはキーケースをそっと握りしめ、霧島の目を真っ直ぐに見つめた。霧島は少し視線を外しながら、静かに頷いた。
二人はしばらく黙って煙草を吸い、夜の静けさを楽しんだ。煙草の先が赤く光り、煙が風に揺れながら消えていく。
「晴人くん、こうやって話してると落ち着くよね。」
「……ええ。甘坂さんといると、不思議とリラックスできます。」
「ふふ、じゃあ私も晴人くんを癒してるってことだね!」
「……かもしれません。」
霧島が微笑むと、るるは満足そうに笑顔を返した。
駅前の喧騒が少しずつ静まり、夜空には星がぽつりぽつりと浮かんでいた。二人の間に流れる空気は、いつもの喫煙所とは少しだけ違っていた。
——夏の夜にそっと溶け込みながら、二人のたわいない話が小さな思い出として刻まれていった。