目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第33話:海水浴いきませんか?

 ——快晴の空が広がり、照りつける陽射しが真夏を実感させる昼下がり。

 霧島晴人と甘坂るるは、目的地の海水浴場を目指して電車に揺られていた。

 窓から見える景色は徐々に都会のビル群から田園風景へと移り変わり、遠くには青い海がちらりと見え隠れする。

 るるは電車の座席で窓に顔を寄せ、キラキラとした海を見つけては声を弾ませていた。

「晴人くん、見て!海だよ!もうすぐ到着だね!」

「ええ、良い天気で何よりです。」

 霧島は手元のペットボトルのお茶を軽く傾けながら答える。

 その落ち着いた態度に、るるは軽く頬を膨らませた。

「晴人くんってさ、そういうとこクールすぎない?もっとテンション上げていこうよ!」

「……これでも十分楽しみにしているつもりなんですが。」

 車内に漂うエアコンの冷気が心地よい中、二人の会話が小さな笑い声とともに響いた。


 *


 ——海水浴場に到着すると、一面に広がる白い砂浜と青い海が目の前に広がった。

 波の音が穏やかに響き、海風が髪を揺らしていく。

 るるは手早く荷物を置くと、タオルを肩にかけながら霧島に振り返った。

「晴人くん、準備できた?」

「ええ、これで大丈夫です。」

 霧島がゆっくりと顔を上げると、目の前にはるるの姿があった。

 黒と白を基調としたビキニに、薄手のパーカーを羽織った姿は大人っぽさと軽やかさを感じさせる。

 霧島は少し視線をさまよわせたあと、小さく呟いた。

「……似合っていますね。」

「本当?ありがとう!」

 るるもまた、買い物の時に自分が選んだ水着を身にまとった霧島を見て満足げに頷いた。

「うん、やっぱり私の選んだの間違いない!」

「……そうですか。それなら何よりです。」

 霧島は少しだけ肩をすくめながら微笑んだ。


 二人はビーチパラソルの下で日焼け止めを手に取った。

「じゃあ、先に晴人くんの背中から塗ってあげるね。」

「……!いや僕は結構ですよ。」

「ちゃんと塗っておかないと後で大変なことになるんだから遠慮しないで!」

「……じゃあ、背中だけでいいのでよろしくお願いします……。あとは自分で塗れます。」

 るるは霧島の背中に日焼け止めを手で伸ばしながら、指先を慎重に動かす。

「なんかさ、こういうのって変な感じだよね。」

「……そう……ですね。」

 霧島は少し戸惑いながら照れたように頷いた。るるも同じように照れながら、手を止めて言った。

「はい、できた!じゃあ次、私お願いね!」

「……了解しました。」

 霧島がるるの背中に日焼け止めを塗り始めると、指先がほんのり冷たい感触に彼の動きはぎこちなくなった。

「……すみません、こういうの本当に慣れていないので。」

「大丈夫だって!ほら、優しく丁寧にね。」

 霧島は真剣な顔つきで指先を動かしながらも、なんとも言えない気恥ずかしさを内心抱いていた。

「これで良いですか?」

「うん、バッチリ!」

 二人はどこかほっとした表情を浮かべながら笑い合った。


 その後、二人は海の家で食事をすることにした。

「やっぱりこういう場所ではカレーでしょ!」

「……僕は焼きそばにします。」

「晴人くん、かき氷も頼もうよ!」

「甘坂さんは何味ですか?」

「いちごミルク!晴人くんは?」

「……ブルーハワイですかね。」

 二人はテーブルを囲みながら食事を楽しんだ。

 カレーの香りや焼きそばの匂い、そしてかき氷の冷たさが夏を楽しむスパイスとなった。


 食事を終え、砂浜の端にある堤防へと歩いていくと、小さな灰皿が設置されているのを見つけた。

「ここで吸えるんだね!晴人くん、一本吸おうよ!」

「……分かりました。ではお付き合いします。」

 二人は灰皿のそばに腰を下ろし、それぞれ煙草に火をつけた。

 霧島は一口吸い込み、静かに煙を吐き出す。

「……漣海の香りが混ざると、普段と少し違う味がしますね。」

「ね、なんか特別感あるよね。」

 るるは軽く笑いながら、波音に耳を澄ませていた。

「泳がなくても、こうやって波の音を聞いてるだけでもの凄く気持ちが落ち着くね。」

「……確かに。贅沢な時間ですね。」

 二人はしばらくの間、波音を聞きながら煙草を吸い終えた。


「せっかくだし、ひと泳ぎしようよ!」

「……そうですね。いい機会ですし。」

 二人は砂浜から水際へと駆け出し、波間に足を浸した。冷たい水が心地よく、るるは笑顔で霧島に水をかける。

「晴人くん、えいっ!」

「……急に攻撃的ですね。」

 霧島は一瞬驚いたが、小さく笑いながら水を返した。

「これでお返しです。」

 軽やかな笑い声が波間に響き、夏の日差しの下、二人の姿が砂浜に映えていた。


 帰り道、電車に揺られながらるるがふと口を開いた。

「今日、すっごく楽しかったね!」

「ええ、いい一日でした。」

「晴人くんと行けてよかったなー。また一緒にどっか行こうね!」

「……そうですね。また機会があれば。」

 外には夜の闇が広がり、車内は静けさに包まれていた。

 ——真夏の海で過ごしたたわいない一日が、二人の記憶に細波のように刻まれていった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?