――夏の昼下がり、駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。
明るい陽射しがアクリル板を照らし、床に映る影が微かに揺れている。
外から聞こえるセミの鳴き声が、季節の到来を告げていた。
霧島晴人は、冷たい缶コーヒーを片手に持ち、煙草に火をつけて静かに煙を吸い込む。
喫煙所の壁には、鮮やかな色使いのポスターが貼られていた。
「晴人くん、それ見た?」
背後から明るい声が響き、振り返ると甘坂るるが立っていた。
今日の彼女は、白地に紺のストライプが入ったシャツワンピースを着こなし、涼しげなサンダルを履いている。
髪は軽くまとめられ、ほんのり光る汗が首筋に輝いていた。
「どれのことですか?」
霧島が少し首をかしげながら問うと、るるは指差して言った。
「ほら、この夏祭りのポスター!晴人くん、夏祭りって行ったことある?」
霧島はポスターを見上げた。
鮮やかな花火が夜空に打ち上げられる絵と、屋台の提灯が描かれている。
「昔は家族と行っていましたけど、それ以来は……。子供の頃が最後ですね。」
「えー!じゃあ今年行こうよ!絶対楽しいって!」
るるは楽しげに笑いながら、隣に立って霧島の顔を覗き込んだ。
「僕ですか?特に行きたいと思ったことは……。」
「だーめ!一緒に行くって決まりだから!それにさ、夏祭りって屋台もでるし、何より花火だよ!楽しそうじゃない?」
霧島はため息をつきつつ、少しだけ笑みを浮かべた。
「屋台ですか。どれも高いイメージしかありませんけど……。」
「まあ、確かにね!でもさ、リンゴ飴とか焼きそばとか、買っちゃうんだよねー。」
るるは小さく肩をすくめて、軽く煙を吐き出した。
「確かに、祭りの雰囲気がそうさせるんでしょうね。高いとは思いながらも。」
「あとさ、射的とか金魚すくい!晴人くん、やったことある?」
「射的はあります。でも、あの景品が本当に取れるとは思えないですね。」
「わかる!でもそれがまた楽しいんだよ。金魚すくいとかも、結局持って帰っても仕方ないのにさ!」
二人は笑い合いながら、夏祭りの話で盛り上がる。
るるがふと視線を落とし、少し照れくさそうに言った。
「ねえ、晴人くん。浴衣ってどう思う?」
「どうって……。浴衣ですか?」
「そう!夏祭りといえば浴衣じゃない?せっかくだから、私も着て行こうかなって思って。」
「似合うと思います。きっと目立つでしょうね。」
「えっ、ほんと?じゃあ、晴人くんも甚平とか着てみてよ!絶対似合うと思うよ!」
「僕に甚平は……。どうなんでしょうね。」
「大丈夫、大丈夫!私が選んであげるから!」
るるは得意げに笑いながら、霧島の肩を軽く叩いた。
「……なんか水着の時と同じ流れになってません?」
「お姉さんに任せなさいって!両方私がアドバイスしてあげるから!」
しばらく会話を楽しんだ後、るるがふと空を見上げて言った。
「でもさ、花火ってやっぱり特別だよね。夜空に上がるたびにさ、『わー!』ってなるの、毎年変わらないんだよね。」
「そうですね。確かに花火は不思議な魅力があります。子供の頃に見た花火の情景がまだ記憶に残ってますよ。」
「じゃあ、決まりだね!今年の夏祭り、一緒に行こう!」
るるは嬉しそうに煙草を吸い終え、灰皿に押し付けた。
霧島もそれに続き、軽く煙を吐き出してから頷いた。
「……わかりました。では、その時はよろしくお願いします。」
るるは満足げに微笑み、次の約束が待ち遠しいような表情を浮かべていた。
――喫煙所で交わされた夏祭りの計画が、二人の心に小さな期待を灯していった。