目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話:夏祭りって行きますか?

 ――夏の昼下がり、駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。

 明るい陽射しがアクリル板を照らし、床に映る影が微かに揺れている。

 外から聞こえるセミの鳴き声が、季節の到来を告げていた。

 霧島晴人は、冷たい缶コーヒーを片手に持ち、煙草に火をつけて静かに煙を吸い込む。

 喫煙所の壁には、鮮やかな色使いのポスターが貼られていた。

「晴人くん、それ見た?」

 背後から明るい声が響き、振り返ると甘坂るるが立っていた。

 今日の彼女は、白地に紺のストライプが入ったシャツワンピースを着こなし、涼しげなサンダルを履いている。

 髪は軽くまとめられ、ほんのり光る汗が首筋に輝いていた。

「どれのことですか?」

 霧島が少し首をかしげながら問うと、るるは指差して言った。

「ほら、この夏祭りのポスター!晴人くん、夏祭りって行ったことある?」

 霧島はポスターを見上げた。

 鮮やかな花火が夜空に打ち上げられる絵と、屋台の提灯が描かれている。

「昔は家族と行っていましたけど、それ以来は……。子供の頃が最後ですね。」

「えー!じゃあ今年行こうよ!絶対楽しいって!」

 るるは楽しげに笑いながら、隣に立って霧島の顔を覗き込んだ。

「僕ですか?特に行きたいと思ったことは……。」

「だーめ!一緒に行くって決まりだから!それにさ、夏祭りって屋台もでるし、何より花火だよ!楽しそうじゃない?」

 霧島はため息をつきつつ、少しだけ笑みを浮かべた。

「屋台ですか。どれも高いイメージしかありませんけど……。」

「まあ、確かにね!でもさ、リンゴ飴とか焼きそばとか、買っちゃうんだよねー。」

 るるは小さく肩をすくめて、軽く煙を吐き出した。

「確かに、祭りの雰囲気がそうさせるんでしょうね。高いとは思いながらも。」

「あとさ、射的とか金魚すくい!晴人くん、やったことある?」

「射的はあります。でも、あの景品が本当に取れるとは思えないですね。」

「わかる!でもそれがまた楽しいんだよ。金魚すくいとかも、結局持って帰っても仕方ないのにさ!」

 二人は笑い合いながら、夏祭りの話で盛り上がる。

 るるがふと視線を落とし、少し照れくさそうに言った。

「ねえ、晴人くん。浴衣ってどう思う?」

「どうって……。浴衣ですか?」

「そう!夏祭りといえば浴衣じゃない?せっかくだから、私も着て行こうかなって思って。」

「似合うと思います。きっと目立つでしょうね。」

「えっ、ほんと?じゃあ、晴人くんも甚平とか着てみてよ!絶対似合うと思うよ!」

「僕に甚平は……。どうなんでしょうね。」

「大丈夫、大丈夫!私が選んであげるから!」

 るるは得意げに笑いながら、霧島の肩を軽く叩いた。

「……なんか水着の時と同じ流れになってません?」

「お姉さんに任せなさいって!両方私がアドバイスしてあげるから!」

 しばらく会話を楽しんだ後、るるがふと空を見上げて言った。

「でもさ、花火ってやっぱり特別だよね。夜空に上がるたびにさ、『わー!』ってなるの、毎年変わらないんだよね。」

「そうですね。確かに花火は不思議な魅力があります。子供の頃に見た花火の情景がまだ記憶に残ってますよ。」

「じゃあ、決まりだね!今年の夏祭り、一緒に行こう!」

 るるは嬉しそうに煙草を吸い終え、灰皿に押し付けた。

 霧島もそれに続き、軽く煙を吐き出してから頷いた。

「……わかりました。では、その時はよろしくお願いします。」

 るるは満足げに微笑み、次の約束が待ち遠しいような表情を浮かべていた。

 ――喫煙所で交わされた夏祭りの計画が、二人の心に小さな期待を灯していった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?